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78. ご縁があれば、どこかで

 カランコロンと、酒場入り口のドアに結ばれたベルが鳴る。

 新しい客が入ってきたのだ。


「あ、意外と早く追いつかれてしまったでありますな」


 入り口に目をやったキューブが、声を漏らす。

 それだけで十分だった。


 二息つく間に吾輝人は残りのから揚げを頬張り、それを蜂蜜ジュースで流し込んだ。

 ゆらぎ姫もパクっとドーナツを口にくわえ、慌ただしく立ち上がる。

 吾輝人はダンっと、音を立て勘定をテーブルに乗せた。


「ごちそうさん。マスター、裏口を借りるよ」


 言うが早いか、3人はヒラリとカウンターを飛び越え、店を出て行った。

 そして、その5秒後。

 その客はまっすぐに、翼たちのテーブルへとやってきた。


「よう」


 短い挨拶。

 北川の変装は、効果をあげなかったらしい。

 彼は、ポンと北川の肩に手を置いた。

 その手を北川は払いのける。


「俺に構ってる場合かよ。早く行け。今ならまだ追いつける」


 にっこりと彼――二条桜木が微笑んだ。

 主である姫を守るのは、仕える騎士の役目だ。

 彼ははるばる帝都から、城を抜け出した姫を追ってきたのだ。


「いいんだ。外には、某さんが待機してるから」


 間もなく店の外で、何かが爆ぜる音が響いた。

 先制攻撃は、たぶんゆらぎ姫だ。

 某が応戦する音が続く。


「あーあ、やっぱり俺もゆっくりしている場合じゃなさそうだ」


 ため息をつく桜木。しかし慌てた様子はない。

 多少のじゃれ合いは、彼らの仲間内では日常茶飯事なのだ。


「それじゃあ、また近いうちに。帝都で会おう」

「ああ」


 むっつりと北川が頷く。

 そして桜木は戯れに北川の顔に手を伸ばすと、付け髭を剥がし取った。

 それを自分の顔に貼り付け、片目をつぶってみせる。


「ああもう!とっとといけよ」


 シッシッと北川が手を振って、桜木を追い払う。

 桜木は最後にほんの数秒、北川の隣にいる翼に目をやった。

 けれど、何も言わなかった。

 


                 ***



 辛くも追手を振り切った吾輝人たちは、車上の人となった。

 巨大モンスターが出現したのは、街から少し離れた草原地帯だ。

 その方面へ向かう荷馬車に、運よく便乗させて貰ったのだ。

 あと半刻もしないうちに、某と桜木は追いついてくるだろう。

 しかしその前に目的地に着いてしまえば、吾輝人たちの勝ちだ。

 否応なしに、なし崩しに。

 追いかけてきた二人を、巻き込んでしまえばいい。


 好意で乗せてもらったのだから文句も言えないが、馬車の荷台は狭苦しかった。

 積み荷の隙間に、3人は身を重ねるようにしていた。

 他のふたりは気にしていないようだが、吾輝人としては身の置き所がない。


「あー、きついきつい!もう少しつめてよね、吾輝人様」

「どうして顔赤いですか?吾輝人」


 どうしたもこうしたもない。

 馬車が揺れるたび、何やら柔らかい感触が吾輝人を襲うのだ。

 雑念退散。

 少しでも気を紛らわせようと、吾輝人は話題をふった。


「さっきの酒場にいたあの人……誰だっけ?うー、名前が思い出せない」


 ここまで出かかってるんだけどと、吾輝人は喉に手を当て眉をしかめる。


「南山さんでありますな」


 キューブが答えた。


「いや、西谷さんじゃなかったっけ?」


 吾輝人が小首をかしげる。


「北川よ」


 ゆらぎ姫が訂正した。

 吾輝人とキューブに、北川に対するわだかまりはない。

 ろくに名前もおぼえていないのが、その証拠だ。


「なんか面白そうなことやってたね、北川さん。あの変装、極秘の潜入捜査とか?」

「対魔専戦隊も大変でありますなぁ。絶賛逃亡中のゆらぎを捕まえることよりも、優先させねばならない重要な任務というわけですな。お務め誠に、御苦労さまであります」


 吾輝人とキューブはもちろん、北川がすでに対魔専戦隊を辞していることを知らない。


「う、うん……まぁね」


 モゴモゴと姫は誤魔化す。


 ゆらぎ姫は、先日起こった珍事を思い出していた。

 まさか桜木と某が、自分に頭を下げるなんて!

 ふたりは別々に、姫の元にやってきた。

 しかし頼みごと中身は、まったく同じだった。

 北川ビオラと元評議員・山井蝋月。

 彼らを、姫は気の済むまで調べればいい。

 しかし絶対に、吾輝人とキューブには知らせてくれるな!

 そう、ふたりは揃って言ったのだ。

 

 ――穏便にすませるとか。そういう生ぬるいの、とことん向いてないんだよねえ。


 自分のことを棚にあげてゆらぎ姫は思う。

 吾輝人とキューブのコンビにかかったら、ボヤが大爆発に変わってしまう。

 ふたりの去ったあとには、ペンペン草一本も残らないのだ。 


 ゆらぎ姫は、すでに阪田兄弟からの報告を受けていた。

 山井蝋月の行動は、脅威には当たらない。

 彼が北川を助手に使い、遺物・無位の双眸の再現を試みたのは事実だ。

 だがその目的は、中野司の死を検証することにある。

 遺物の力を使い、帝国に害をなすなどという意図はない。

 そして、その実験も失敗に終わり、新たな無位の双眸がこの世に誕生することはなかった。

 阪田兄弟は蝋月から、二度とこのような危険な真似をしないという確約を取り付けた。

 かくして事件は、静かに終わった。


 この阪田兄弟の説明に、大きな嘘はない。

 ただ中野翼に関わる事柄を、ごっそり省いただけだ。


 ゆらぎ姫は、その説明をそっくり受け入れた。

 公人として、行わなければならなかった調査だ。

 しかし個人の立場として姫は、始めから山井蝋月と北川ビオラのことを疑ったりしていなかった。

 あの時一緒にカード遊びをした蝋月の目には、暗い影など見えなかった。

 そして無位の双眸に大きく傷つけられたことのある北川が、その力を弄ぶなどあり得ない。


 3か月前に暇乞いをした北川は、張り詰めた様子だった。

 一身上の都合と、委細も語らず去っていった臣下を、ゆらぎ姫はずっと気にかけていた。

 だが先ほど見かけた彼は、肩の重荷を下ろしたような清々しい顔をしていた。


「北川さんの隣にいた黒髪の人、知ってる?前にどこかで、会ったことあるっけ?」


 吾輝人がゆらぎ姫に尋ねる。


「さぁ?うちの対魔専戦の子じゃないのは確かだけど……」

「わたしも、どこかでお見かけしたような気がするのです」


 キューブも小首をかしげる。

 吾輝人は、ペチペチと自分の額を軽く叩いた。

 そんなことをしても、記憶は蘇らない。

 まるで昨夜見た夢のようだ。

 確かに見たことなのに、今は遠くかすんでしまっている。


「俺が前に会ったのは、あの人によく似た、別の誰かだったのかもしれない……」


 吾輝人が呟く。

 めずらしく難しい顔をしている彼に、キューブが言った。


「ご縁があれば、どこかでまた会えるであります」

「うん、そうだな」


 吾輝人が頷いた。



                 ***



 吾輝人たちが慌ただしく立ち去ったあとも、翼たちはその酒場に留まっていた。


「なぁテバサキマン、やっぱり向こうには戻れないのか?」


 北川が尋ねた。


「ええ。何度か試してみたんですが、うまくいきません。僕は役割から外されたみたいだ」

 

 『アカバネ』世界に実像を結んだことで、翼はふたつの世界を繋ぐ門としての力を失った。

 しかし翼と中野司が開けた穴は、塞ぎ切れないほどに広がった。

 後戻りは、もはやできない。

 2つの世界は、穏やかな融合を選ぶだろう。


 そして世界を繋ぐ門の役目は、新たな人物に受け継がれた。

 編集者・田沼利人が言った通りの展開だ。


「後悔していないのか?」


 二度と向こうの世界に、戻れないかもしれない。

 しかしそれにしては、翼に微塵の悲壮感も見えない。


「後悔?なんでまた。戻るつもりですよ、しばらくしたら。学校もバイトもありますし」

「どうやって?」

「新しい門、彼女に頼むつもりです」

「彼女……ってまさか!?」


 何を驚いているんですか、と翼は言った。


「他に誰がいるんです?波戸夕に決まってるじゃないですか」

「君というやつは……最低だな」


 北川は、深いため息をついた。


「始めから分かっていたのか。そして、あの子の気持ちに付け込んで、引きずり込んだ」

「違います。夕の僕に対する好意、そんなものあてにしていませんよ。僕が信じるのは、彼女の好奇心だ」


 誰も、夕に無理強いなんて出来ない。

 彼女がこの世界と繋がりたいと心から思わない限り、扉は開かないのだ。

 夕はきっとこの世界に来てくれる。翼はそう信じていた。


「やっぱり君は、隊長に似てる」

「僕が?司さんに?」

「好きな女に自分と同じもんを見て欲しい、背負って欲しいと思う、そういう甘ったれたところが」

「好きって……なんども言ったでしょう!僕と夕はそんなんじゃ」


 しかし北川は、翼の弁明に耳など貸さない。


「ったく、余計なことばっかり考えやがって。隊長も言ってただろう?おっぱいのことだけ考えとけ。それが、いちばん平和なんだよ」

「北川さん、酔ってます?」


 ああ、酔いたくもなるさ、と北川は答える。


「俺は波戸夕を知らない訳じゃない……あんな危なっかしい娘を放っておけるか!まったく君ときたら、これから先も俺を巻き込むつもりだな」

「はい……引き続き、ご迷惑をおかけします」


 そう言って下げた翼の頭を、ぽこんと北川が軽くはたいた。


「君はとっとと強くなれ。俺の助けなんていらないくらいに」



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