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63. イミテーション

 それは北川が現実世界へと旅立つ、少し前の話だ。


 「これが、なんだか分かるかい?」


 蝋月が彼の鼻先に突き付けたのは、ペンダントだった。

 小ぶりな透明の石が、ひとつ付いている。

 北川は、差し出されたペンダントを手に取った。

 北川の手に移った途端、透明だったはずの石はにごりをおびる。

 水面に血を一滴たらしたような、そんな色に変わった。


「で、これが何か?魔力を感じますが……」

「『アカバネ』の記述をもとにして、わたしがこしらえた。これは、無位の双眸の模造品だよ」

「……な!?貴方という人は……!」


 反射的に、北川は椅子から立ち上がった。

 思わず、語調が荒くなる。


「フン、そういう反応が返ってくるとはね」

「何のつもりで、そんな真似を?」

「わたしが面白半分に、司君の墓を暴き、その死を汚している……北川君は、そう思うのかい?」


 北川は椅子に座り直し、呼吸を落ち着けた。


「説明していただきます」

「君が気付かないわけもないだろう。常にそばにいて、彼のもつ力に触れていたんだ」

「……ええ、気付いてましたよ」


 中野翼の魔力を歪めていたのは、2つの世界の断絶だけではない。

 彼の中に眠っている、異質なものの存在だった。


「司君は失敗しちゃったのかな」


 無位の双眸の破壊。

 それは、中野司の最後の仕事だった。


 彼の偽りの命が、かき消える間際のことだ。

 中野司は、おもかげ姫の持つ無位の双眸の片割れを奪い、飲み込んだ。

 司自身の持つ、奪う力の眼。

 姫の持つ、与える力の眼。

 無位の双眸は、司の中でひとつに合わさった。

 中野司は、完全なものとなった無位の双眸を抱いたまま、永遠の眠りについた。

 無位の双眸という災厄は、完全に失われたはずだった。


「それともワザとかな」


 呟いて、蝋月は皮肉に笑った。

 異世界の住人でありながら、司の妹と同じ名前を持ち、彼女と同じ星を戴いている……

 それが中野翼だ。

 そして更なる偶然が重なり、中野司からこぼれ落ちた無位の双眸が、翼の元に転がり込んだ?

 ……そんなことが、あるわけない。


 中野司は意図的に、中野翼の中にそれを置いたのだ。

 すべては彼が、仕組んだことだった。


「無位の双眸は、司君が残したパズルのピースだ。これを解いてみせろ。そう彼は言っている」

「……それが、無位の双眸を複製した理由ですか」

「わたしたちは、この邪悪な力と向き合わねばならない。何が中野司の命を奪うことになったのか?それを知らなければ、今度は中野翼君を失うことになる」


 北川はこの件に首までつかっている。なにを今さらだ。

 しかし、それでも抵抗を示さざるおえない。


「無位の双眸――遺物は、人が踏み込んでいい領域にあるものじゃない」

 

 蝋月は軽く肩をすくめた。


「安心してくれ。模造品、まがい物……そんな言葉ですら、褒めすぎだ。わたしの作ったこれは、完全な失敗作だよ」


 今はもう失われてしまった文明の技術と、魔力の結合。

 遺物の誕生は、千年に一度の奇跡だ。

 奇跡の再現ができる筈もない。


「じゃあなぜ、それを見せたのです?他でもない、無位の双眸によって傷を負った、この俺に」

「この失敗作を、曲がりなりにも動かすためには、オリジナルに触れた者の存在が必要だ」


 蝋月はその小さな拳で、北川の胸をついた。


「いまも感じているんだろう?君の中に未だ存在する、微かな鼓動を、残り香を……。君が力を使えば、中野翼君の中にあるそれも揺れ動く」


 

 北川が眉をしかめる。


「何をおっしゃりたいんです?」

「引きずり出したい。彼の中にある不純物を。そして今度こそ、完全にぶっ壊してやる」


 無位の双眸の完全な排除。

 それが蝋月の意図するところだった。

 時を戻して、中野司を救うことはできない。

 けれどこれ以上は、我慢ならなかった。

 

 翼自身に問いただすのは、得策ではない。

 彼は、何も知らないだろう。

 そして無自覚であることが、彼を救っているのだ。

 無位の双眸は中野翼の中で、息をひそめている。

 しかしその遺物が目を覚ませば、翼は邪悪な力に飲み込まれてしまうだろう。

 

 司が何を思って、それを彼の中に隠したのかは分からない。

 だが中野翼が、司と同じ滅びの道に引きずり込まれていくのを、指をくわえてみている訳にはいかない。


「そして、もうひとつ理由もある。中野翼を名乗る、彼の正体をわたしたちはまだ知らない。余分なものを取り除くんだ。そうすれば、本当の”彼”が見えてくる」

「……簡単に言ってくれますね。もう一度、俺にあの力を使えというんですか?」


 拭うことのできない、恐怖と悔恨。

 それが北川の、無位の双眸にまつわる記憶のすべてだ。


「わたしは君を、そそのかしているのさ。過去を覆したくはないか?」


 ガラじゃありませんよ、と北川は答えた。


「焚きつけても無駄です。出会ったばかりの男の為に、危険をおかそうとは思わない。俺は朱音吾輝人みたいな、ヒーローじゃない」

「賢明だな。別のリスクもある。実行して失敗すれば、君もわたしも仲良く官憲に追われる身だ」


 そう、それは危険な賭けだった。

 遺物の力の暴発は、国を傾けるほど災厄になりかねない。

 遺物の複製と、その力の使用。

 蝋月は重大な禁を、犯している。

 試みが露見すれば、重い罰を免れまい。


 しかし北川はそのペンダントを受取り、胸のポケットにしまいこむ。


「やりますよ。ここで俺が断れば、貴方はもっと無茶な方法を考え出すに決まっている」

「おお、分かってんじゃん」


 蝋月がニヤリと笑った。

 だが少しばかりの準備と、言いわけが必要です、と北川は言った。


「準備は分かるけど、言いわけって?」

「今夜、この屋敷に泥棒が入る。盗まれるのは、このペンダントだ。蝋月さん、あなたはあくまでもこれを装飾品として誂えた。遺物の力がここに宿ったのは、まったくの偶然だ」

「……で、その泥棒は、実は内部犯だった、と」

「ええ。あなたは俺という悪人にこのペンダントを奪われ、悪事に利用されるだなんて、思いもしなかったんだ」

「強引過ぎる筋立てだな」

「茶番ですよ。けれど、つまらない口実でも、ないよりはマシでしょう」

「わたしをかばってくれるの?北川君は優しいねえ」


 しかし、余計な御世話だと蝋月は言った。


「ナカノ君のためです。お父様を、縄つきにするわけにはいきませんからね」

「……分かったよ、勝手にしてくれ」


 とうとう蝋月が折れた。

 それで北川の気が済むのなら、好きにすればいい。


「しかし、今から失敗したときの算段とはね。失礼しちゃうよ」



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