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51. 他にいくらだって

「じゃあ先輩の妹って、本当は……あの」


 夕の言葉の続きを、北川が引き取った。


「ああ、あのナカノツバサだ。今は向こうに戻っているけどな」

「なんで?なんで、あの子は先輩のところにやってきたんですか?先輩と同姓同名だから?それだけの理由で……?」

「理由があるなら俺も知りたい」


 北川のこの途方にくれた表情は、決して演技なんかではない。


「剣と魔法、冒険……あなた達のいる、ファンタジーな世界に憧れている人なんて、他にいくらだっているのに」


 なんで先輩なんですか……そう夕は呆然と繰り返す。


「同感だ。オーダーを通したどっかの誰かには、俺もたっぷり文句がある」

「……え?」


 戸惑う夕に、北川は日ごろの鬱憤をこれでもかと愚痴った。


「よりにもよって、なんであいつを選んだ?あのトロくさい、うすらぼんやりした、可愛げもない、やることなすことイレギュラーのメシマズ野郎を……」


 いつもどこか、のほほんとしている翼。

 あの顔を思い出すたびに、北川の短気の虫が騒ぐのである。


「こっちの世界には、70億も人間がいるんだろう?他に誰もいなかったのかよ」


 この北川の物言いに、夕はまたまなじりを吊り上げる。


「だったらもう!いいじゃないですか。中野先輩に関わるのはやめて下さい。お願いです、先輩を貴方達の世界に連れていかないで!」

「はい?」


 しばらく北川は夕が何を言っているのか、理解できなかった。

 そして、ようやく気がついた。

 夕は怒っているのではない。怯えているのだ。

 彼女は勇気を振り絞っていまここにいる。

 北川という、悪い魔法使いの手から中野翼を守るために。

 

 一呼吸おいて、ようやく言葉を搾り出す。

 真剣そのものの夕には悪いが、北川は笑いをこらえるのに必死だった。


「俺が?彼を連れて行く?やめてくれ。なんで、俺が低級悪魔の真似をしなきゃいけない」

「本当に?先輩を無理やり、さらったりしない?」

「しない、しない。絶対しない!」


 逆だよ。波戸夕さん、と北川は内心でぼやいた。

 被害者はこちらだ。

 自分たち『アカバネ』世界の住民をこの異世界へ引きずり込んで、訳の分からない目にあわせているのは中野翼なのだ。


「これは不幸な交通事故だ。俺たちのいる『アカバネ』世界と、こっちの世界がコツンとぶつかった。そして何の因果か、事故現場の中心にはこっちの世界の中野翼と、向こうの世界のナカノツバサがいた」


 北川は簡単に、今回の状況を例えた。


「俺は事故の調査員。マンガ『アカバネ』と役回りは変わらない。通りすがりのチョイ役さ。用が済んだらすぐに消える。安心してくれ」

「調査……それは対魔専戦隊のお仕事なんですか?北川さんを調査員に任命したのは、やっぱりサクラちゃん?」


 この世界に来た2人の異世界人、北川とツバサをつなぐ点として二条桜木を夕が思い浮かべるのは当然だ。

 『アカバネ』完結後に北川が対魔専戦隊を離れたことを、夕が知るわけもないのだ。


「期待に添えなくてすまないが、今度の話は二条とは関係ない。中野翼なんて木端野郎相手に『アカバネ』の副主人公様は出張らない。俺で十分だろ?」

「隊の仕事じゃない……じゃあ、なんで?」

「個人的な理由だよ」


 宣言通り、正直に北川は答えた。


「ナカノツバサ――銀髪の彼女の方だ――の助けになりたい。俺はただそれだけの為に動いている。野郎の翼君にも言ってある。お前のことにも、世界の不思議にも興味はないってな」

「ツバサちゃんの為……あの子が、あなたの恩人の妹さんだから?」


 夕は、中野司の名前を口に出さなかった。

 『アカバネ』読者の夕は、その名前が北川にとってどんな意味を持つのか知っていたからだ。

 今の北川は、そんな彼女の思いやりを笑顔で受取ることができた。


「そんな殊勝な理由じゃない。俺はナカノツバサに惚れている。だから勘定度外視で頑張ってんだ」

「なに、その非公式設定!?そういうの唐突にぶっこんでくるの、やめてもらえます?」

「ハハハ」


 すこしは夕に余裕が出てきたのを確認して、今度は北川から質問だ。


「さて、その調査の一貫というわけで、波戸さんにもいくつか聞かせてもらいたいことがある。いいかな?」

「はい」

 

 先ほどのやりとりで、毒毛がすっかり抜けてしまった夕は素直にうなずいた。


「どうやって向こう側の世界……『アカバネ』世界が実在すると知った?そしてなぜ俺が『アカバネ』の北川だと、気づくことができた?」

「……100%確信を持っていた訳じゃありません。たったいま北川さんの魔法を見るまで、半信半疑でした」


 北川に自分が知っていることを、すべて打ち明けるべきなのか。

 夕はまだ迷っていた。

 『アカバネ』の中での北川は常に怒り、苛立ち、主人公たちと対立する立場に立っていた。

 「できる限り正直でありたい」という言葉。

 この世界に現れた北川は、劇中の印象を大きく裏切る。

 『アカバネ』は全245話。連載期間は約5年間。

 しかしそれは現実世界の時間の話だ。

 向こうの世界、『アカバネ』作中での経過時間は1年にも満たないはずだ。

 その僅かな期間で、彼は大きく変わったのか。

 それとも、いま見せているこちらの顔が本来の彼なのか。

 

 北川を信じるか、信じないか。その結論は出ない。

 この短い時間で、彼に好感を抱くようになったわけではない。

 しかし夕は、自分も態度を改める必要があると感じた。

 分からないことだらけで、それが知りたいのは自分も同じだからだ。

 


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