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4.ナポリタンとおみやげ

ふたりは、ちゃぶ台に向かい合って座りなおした。

すでに温くなってしまったスポーツドリンクに、ツバサはやっと口をつけた。

そして目を見張る。


「甘い。なのに、ほんのり塩の味がする……これは果汁ですか?とってもおいしい」


 翼は空になったグラスに、おかわりをついだ。

 新たな話題が見つかり、ホッとする。


「気に入ってくれて良かった。あ、お菓子もあるよ。食べて」


 これもなんてことはないスナック菓子を開け、袋のまま出す。

 ツバサはまたも堅苦しく礼を述べてから、その細い指でスナックをつまんだ。

 ひとつ食べて、また驚いた顔になる。

 そして、また袋に手を伸ばした。

 これも気に入ったようだった。


「ひょっとしてツバサさん、お腹へってる?」


 翼が尋ねると、ツバサはスナックをつまむ指をピタリと止めた。


「いえいえいえ!本当におかまいなく」

 

 ツバサは顔の前で手を振って、必死に否定する。

 やっぱり空腹なのか。

 そんなリアクションを見れば、さすがに分かる。


「僕はへってる」


 気づけば、結構な時間が経っている。


「ひとりで食べるのも寂しい。ツバサさんも付き合ってよ。たいしたものはないけどさ」



 今日のメニューは、スーパーで買ってきた惣菜とおにぎり。

 それで翼は、簡単に夕食を済ませるつもりだった。

 もちろん、ひとり分しか用意はない。

 だが、この部屋に彼女一人を残して、買出しに出るわけにもいかない。

 翼は買い置きのスパゲティをゆでることにした。


「お客様は座っててね」


 手伝いの申し出を断って、翼はひとりキッチンに立った。

 パセリも粉チーズもない。さらにはピーマンだって切らしている。

 でもタマネギとウインナー、マッシュルームの缶詰だってある。

 それらの具とスパゲティを炒めてケチャップを入れれば、どうにかナポリタンとして格好がつく。

 いつ買ったのかまるで覚えがないが、飲めないこともないだろうインスタントスープにお湯も注いだ。

 サラダとも呼べないほど簡素なものだが、トマトときゅうりを切って皿に並べた。

 ツバサは遠慮がちに、でも興味津々といった様子で、調理をする翼の背中をじっと見ていた。


「さて、完成!」


 余ったら明日温めて食べればいい。のびたスパゲティもまた乙だ。

 翼はそう計算して、麺を多めにゆでた。

 しかし大皿にこんもり盛られたナポリタンは、細身の少女の胃袋にすべて吸い込まれてしまった。

 決して下品でガツガツした食べ方ではない。

 一口一口はごく小さく、速度もゆっくりだ。

 しかしツバサは淡々と、一定のペースで食べ続ける。

 皿が空になるまで、フォークを持つその手が止まることはなかった。


「おいしい(もぐもぐ)翼さんは本当にお料理が上手なんですね(もぐもぐ)。全部食べたことのないものばかりです(もぐもぐ)。甘くて、しょっぱくて、本当においしいです(もぐもぐ)」


 さすがにこれは多すぎるかな?

 そう思いつつも、翼は自分一人の夕食にと買ってきた惣菜も卓上に出してみた。

 セロファンにくるまったおにぎり。

 そんなものを見るのは初めてだという彼女に、付属の海苔の巻き方を説明してあげた。

 そのおにぎりも、唐揚げも、卵焼きも、おひたしも彼女は綺麗に食べつくした。

 

 温かい食事は、ツバサの気持ちを解きほぐしたようだ。

 自分はまもなく、向こうの世界に引き戻される。先ほどツバサはそういった。 

 こうしている間にも、彼女の滞在時間はどんどん減っていってしまうのだ。


 これまでの沈黙の時間を取り返すように、ツバサはせわしなく翼に質問をぶつけた。

 ここにあるこの道具は、何に使うものなのか?

 翼の日記に書いてあった、あの言葉はどういう意味なのか?

 この狭くて雑然とした部屋も、自分では平凡そのものだと思っている翼自身も、異世界から来たツバサにとっては不思議の塊だ。

 翼にとってはごく当たり前の、つまらない答えにも、ツバサは真剣にうなずく。

 

 少しでもたくさん、翼さんと過ごした記憶を持って帰りたい。

 翼が照れてしまうほど、まっすぐに彼女はそう言った。

 

                 ***


 出会ってからまだ数時間。

 しかし翼にも少しだけ彼女の人となりが見えてきた。

 こんな所に飛び込んでくるなんて、ずいぶんおっちょこちょいだ。

 それに生真面目で、驚くほど素直で。


 デザートには、ちょうど棒アイスがふたり分あった。

 ソーダ味のアイスをシャリシャリと噛みしめながら、翼はひとつ決断をした。

 ちゃぶ台の上には、受け取ったばかりの携帯電話が置いてある。

 翼はそれに手を伸ばすと、ツバサの前へと滑らせた。


「せっかく届けてくれたのにごめん。でもよければ、これ貰ってくれないかな。ツバサさんに持っていて欲しいんだ」

「え?……そんな……どうして?」

「この電話は、ふたつの世界を繋ぐことができるんだろう?だからだよ。ツバサさんが向こうに戻っても、これがあれば繋がりは残る」

「いただけません。これは翼さんの大切なものでしょう」

「いいんだ。僕はもう新しいのを買っちゃったし」


 尚も渋るツバサに、翼はこう提案した。


「貰うっていうのがダメなら、貸すってのはどうかな」

「分かりました」


 ようやくツバサは携帯電話を受け取ってくれた。

 でも、と彼女は言った。


「お借りするだけです。期限が来たら、受け取りに来てください。わたしの住んでいる世界まで」

「うん、そうできたらいいね」


 『アカバネ』の世界まで、彼女に会いに行く?自分が?

 そんなこと起こり得るはずもないと、その時の翼は思っていた。


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