47. 君の個性
それから毎日、北川は翼の様子を伺いにきた。
「俺も野郎の顔なんて、毎日見たいわけじゃないんだがな」
この現実世界でいちばん『アカバネ』に近いのは翼のとなりだ。
『アカバネ』世界の住民である北川にとって、ここは空気の薄い高山と同じだ。
翼のそばにいれば、辛さが少し和らぐ。北川は訪ねてくる訳をそう説明した。
北川のこの世界での毎日は、多忙なようだった。
翼の自宅まで来ても、顔を合わせただけで帰ってしまう日もあった。
『アカバネ』世界では対魔専戦隊を辞した北川は、浪人の身である。
しかし、もともとワーカホリックの傾向があるのだろう。
却っていきいきとしているようにも見える。
昼間の仕事については、北川は何も話さなかったし翼もたずねなかった。
今日は比較的時間に余裕があったようだ。
夕方の早い時間にやってきて、夕食を終えた後も居残っていた。
現在北川は翼のノートパソコンを占領し、タイピングの練習をしている。
「ああっ、くそ。やられた」
彼が夢中になっているのは、アクションゲーム仕立てのタイピングソフトだ。
プレイヤーはゾンビハンターになって、ゾンビと戦う。
表示された単語を所定時間内に正しくタイプすればゾンビが倒れ、ミスをすればゾンビに噛み付かれる。
「この忌々しいパソコンという機械の基本操作ができないと、こちらの世界での仕事に差し支えるからな……こんな下級アンデットなんて、実際の戦闘なら一発でしとめられるのに」
と、北川はゲームと現実を混同させた愚痴をこぼした。
まだまだ上級者への道のりは険しいようだ。
本人がいう通り、さすがメイドインジャパンだ。
この異世界人はそこらにいる外国人より、日本に馴染んでる。
体格の良い金髪碧眼の彼が正座をし、ちゃぶ台の上のノートPCに向き合っている姿は微笑ましいといえないこともない。
しかし、小柄なツバサが滞在していたときは可愛いだけで済んだが、北川の場合グッと部屋がせまくなる。
部屋の主である翼はベッドの上に追いやられ、寝そべりながら例の魔法文字の書き取り練習をしていた。
「あ、そうだ、テバサキマン」
パソコンから目を上げ、北川が翼に呼びかける。
「なんですか?」
「この世界の乗り物、あの自動車ってやつ。あれ便利だよな。小回りがきくし、どこにでもいける」
「はぁ……?」
いきなり何を言い出すんだ?と翼は北川に顔を向けた。
「俺も一台手に入れようと思うんだが、今度動かし方を教えてくれ」
「無理です。しかるべきところに行って、時間をかけて習ってきてください」
「ケチ」
「ケチじゃない!くれぐれも勝手に運転しないように」
やりかねないのが怖い。念入りに釘を刺しておいた。
そして翼はため息をつく。
前言撤回。やはり異世界人は異世界人だ。
やっぱりどこかズレている。
***
そして北川は翼の淹れた2杯めのデカフェを飲みながら、今度は何やら書類仕事を始めた。
リラックスしているのだろう。
そのうち鼻歌が聞こえてきた。
「それ、『アカバネ』のアニメの主題歌ですよね」
ワンコーラス終わったところで、翼は北川に聞いてみた。
「あっ、すまない。うるさかったか」
北川は無意識で口ずさんでいたようだった。
「いえ、うるさいってことは……でも驚きました。北川さん、歌うまいんですね」
「……そんなことを言われたのは初めてだ」
照れ隠しなのか、北川がムスッとした顔になる。
「今度、向こうの世界の歌を僕に教えてください」
「俺じゃなくて、ナカノ君に聞けよ。彼女が歌うのは聞いたことがないが、綺麗な声をしてるし」
そして、北川はポツリと思い出を語った。
「あの子の兄貴も歌が上手かった。あとはサク……二条のやつも、なかなかのもんだ」
「へぇ?三月十三日隊のみんなで、合唱したりしたんですか?」
「軍隊ってところは、娯楽が少ないからな。長い行軍の最中なんかに、士気をあげるのに歌は役立つ」
二条桜木と中野司の歌声は翼も知っている。
例のキャラソンCDで視聴済みだ。
ふたりの声を担当しているのは、プロの声優なのだ。もちろん歌が上手いに決まっている。
だが、この北川だってアニメ『アカバネ』にちゃんと出演しているのだ。
ふと思い立った翼は、自分の携帯電話からインターネットを開いた。
『アカバネ』のウィキペディアのページを開いて、アニメ版のキャストの情報を確認する。
「……げ」
レンタルで見たときは、クレジットを見逃していた。
北川の声を担当しているのは、アニメに疎い翼でも名前を知っていた声優だ。
その声優は、翼が小学生の頃夢中で見ていたロボットアニメの主人公を演じていたのだ。
そんな昔のアニメに出ていたということは、もうベテランだろう。
――こまい仕事を引き受けやがって。
翼はため息をついた。
「北川さん、お願いがあるんですが。今から僕が言う台詞を、続けて言ってもらえませんか?」
「は?なんだ唐突に」
「じゃ、お願いします」
北川の当然の質問には答えず、翼は勝手に続けた。
「いくぜ!超必殺、弾丸エクスプロージョンっっ!はいっ、北川さんもどうぞ」
翼の勢いに押されて、北川はつい素直に従ってしまう。
「いくぜ、ちょおひっさつ、だんがん・えくすぷろうじょん……って、なんだこれ?何かのまじないか?」
これ以上ないくらいの棒読み。
彼を演じた声優の演技力までは、北川に付与されていないようだ。
しかし間違いない。あのロボットアニメの主人公の声だ。
北川がその思い出のアニメのコスチュームを着て、ロボットの操縦管を握っている映像が翼の脳裏をよぎった。
慌ててそれを頭から振り払う。
自分の思い出にまで、混沌が生じ始めてきた。
「?」
北川は訳が分からないという顔で、頭を抱える翼を見ている。
「北川さんが悪い」
「なんだよ?」
「マンガのキャラとして薄い北川さんが悪いっ!!」
北川のキャラが弱いから、翼のイメージは混乱するのだ。
「何を言い出すかと思えば……馬鹿馬鹿しい」
「少しはやる気出して下さい!北川さんは強いんでしょ?個性出していきましょうよ」
「個性?」
「派手な必殺技とか、かっこいい二つ名とか。そういう、少年マンガらしいハッタリですよ」
「はぁ?ねえよ、そんなもん」
迷惑そうに、北川は眉をひそめる。
何を言ってるんだこいつ……その目は顕著に語っている。
「それじゃあ、僕が気の効いたあだ名を考えてあげますよ」
「分かった。勝手にすればいい」
やけに素直に頷いたと思ったら、間をおかず返された。
「その代わり、君は改名しろ。俺のパスポートを発行してくれたところに頼んでやる」
「は?」
前々から、その名前が気に食わなかったんだと北川は言った。
「君がナカノ君と同姓同名でなくなれば、俺たちの世界との縁も薄れるかもしれない。スッパリ切れれば、万々歳。問題はすべて解決だ。試してみる価値はある」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。何言ってるんですか!?」
翼は北川に軽いニックネームを、付けようとしていただけなのに。
交換条件が改名?それで釣り合う訳がない。
しかし北川の目は本気だ。本当に実行しかねない。
「そうだな、中野翼君の新しい名前は……にしておこうか」
北川が持ち出したのは、大人気少年漫画の主人公の名前だ。
そんな名前になってみろ。たちまち日常生活に支障をきたす。
「『アカバネ』みたいな地味な作品より、人気作と縁ができた方が君も嬉しいだろう」
「調子にのりました。ごめんなさい」
翼が謝った。
「分かればよろしい」
そして、北川は作業に戻った。




