表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/80

38. 小鳥のアイコン

「お勉強、頑張ってるね。頑張り屋さんの中野翼君のために、わたしも一肌脱がなきゃ」


 午後からは場所を書斎に移し、蝋月の特別講義の始まりだ。

 400年生きたエルフ。

 彼はまさに生ける魔法辞典である。


「さて、そもそも魔術というものは……」


 そんな出だしから始まって、飛ばす飛ばす。

 最初のうちは翼もまじめにノートを取っていたのだが、めまぐるしく展開する蝋月の話についていけなくなってきた。

 

 だが蝋月は飽きっぽい。

 20分も経てば、こんなことを言い出し始める。


「で、だいたい分かった?わたしの話」

「は、はい。半分……いや半分の半分、そのまた半分くらいはなんとか」

「それだけ理解できれば、上出来、上出来。じゃさっそく、実践に移ろうか」

「はい?」

「ドカンと、でっかくブッ放してみようぜっ!」

「いやいやいや、それだけはやめておけって、北川さんも言ってましたし」

「いいから、いいから」


 蝋月は、書棚から分厚い本を抜き出し翼の前に広げた。


「なんですか、この見るからに凶悪そうなルーン文字の羅列は?」

「アハハ、中野翼君はまだこれを読むことができないんだっけ?いいんだよ、こんなもんフィーリングでさ。チョイと詠唱してみなよ。なにか飛び出すはずだから」

「ちょ、無理無理無理、無理ですって!」


 そんな押し問答をしていると、救いの手が飛び込んできた。

 国本女史だ。

 夕食の準備の最中だったんだろう。

 よほど慌てていたのか、手に泡立て器を握ったままだ。


「中野様、蝋月様も台所までいらしてください」

「どうしたの?いきなりさ」


 邪魔をされた蝋月が、口をとがらかす。


「さぁ早く早く。急がないと、逃げられてしまいますわ」


 逃げる?なにが?

 国本女史にせき立てられるようにして台所へ入ると、そこには一羽の鳥がいた。

 開け放たれている勝手口から、飛び込んできたのだろう。

 コツコツコツ……その鳥は翼の作ったクッキーの残りをつついていた。

 

 それにしても、ヘンテコな鳥だった。

 体の色は卵焼きのような黄色。

 額の部分だけ白い羽毛が、星型の模様を描いていた。

 変わっているのはそのフォルムだ。

 体はコンパスで描いたようにまんまるい。

 大きさはちょうど野球ボールくらいだ。

 

 しかし鈍い。翼が手を伸ばしても逃げようともしない。

 翼はそっとその鳥に触れてみた。

 柔らかい羽毛の中に、翼のひとさし指が第二関節まで埋まる。

 この丸っこい体のほとんどは羽でできているらしい。

 両翼はごく短い。

 こんなバランスで、うまく空を飛ぶことなんてできるのだろうか?

 小さい目も、短くて赤いくちばしも、半分以上そのポワポワとした羽毛の中に埋もれてしまっている。

 ブサイク。いや愛嬌があるといえなくもない。

 

 蝋月が鳥の名前を教えてくれた。


「珍しいものがかかったね。こいつはマルホシドリだ。この大陸全域に生息する留鳥で、食性は雑食。君の作ったお菓子が好物だとは、知らなかったね」

「マルホシドリは、から揚げにするとおいしいんですよね」

 

 キラリと国本女史の目が光る。


「でも君ひとりじゃ足りないな。あと2,3人お友達を連れて来てくれると嬉しいんだけど」


 そんな彼女の呟きが通じたわけでもあるまいが、不穏な気配を感じたのだろう。

 マルホシドリはビクリと体を震わせた。

 トテトテトテ……思い切って飛び立つ訳でもなく、その短い足でテーブルの上を駈け出した。

 グイッと、国本女史がその尾羽を掴む。

 ぴー、と甲高い声でマルホシドリは鳴いた。

 

 そこで翼は思い出した。


「そいつを食べるのは、待ってもらえませんか?僕どっかで、この鳥を見たおぼえがあるんですよね」

 

 そうだ、こんな時は蝋月の端末が役に立つ。

 翼はそれをポケットから取り出すと『アカバネ』のデータを呼び出した。


「そうだ。この鳥は六坂ダイだ」


 先日実際にこの目で見た、人間の本人とは似ても似つかないが。

 『アカバネ』コミック各巻のカバー折り返し部分。週刊少年ファイブのもくじページ。そして六坂ダイ公式ホームページ。

 それらの場所で六坂ダイは、自分自身を示すアイコンとして、この鳥のイラストを使っていた。


「ふん、この鳥が六坂ダイねぇ?おい、ダイちゃん」


 蝋月が呼びかけるとマルホシドリはまた、ぴーと鳴いた。

 と、と、と、と駆けて、そして蝋月の手の上にピッと飛び乗った。


「国本さん!」

「はい、何ですか蝋月様?」

「この子、うちで飼ってもいい?」


 きゅん。その鳥の愛嬌たっぷりの行動に、一瞬で心奪われてしまったらしい。

 蝋月がクッキーを割って与えると、マルホシドリは大人しくそれをついばんだ。

 もともと人懐っこい種類の鳥なのか、それともこの個体が特別なのか。

 鳥はすっかり蝋月に懐いてしまったみたいだ。

 

 ふー、と国本女史はため息をついた。


「食べるのが嫌なら、逃がしてあげましょう」

「嫌っ!」


 蝋月は駄々をこねた。


「いいですか、蝋月様。ペットには手間と愛情を、十分に注いであげる必要があります。しかし、この家には私の他に使用人がおりません。この鳥の世話にまで、手が回りません」

「僕がちゃんと面倒みるもん。ご飯もあげるし、かごの掃除だってするよ」

「口で約束なさるのは簡単です。本当に続けられますか?蝋月様は、本当に飽きっぽいんですから」

「ううっ……」


 助けて。

 縋るような目を蝋月は翼に向けてきた。


「僕からもお願いします。この世界にいるときは、僕も世話を手伝いますから」

「はー、中野様がそうまでおっしゃるなら……蝋月様、大切にするんですよ」

「うん、大切にする。よかったね、ダイちゃん」


 国本女史の気が変わらないうちにと、蝋月はダイちゃんと名付けた鳥を掴んで、サッと台所から飛び出した。

 こういうところは見た目通り、10歳の子どもだ。

 

 ダイちゃんの新居にぴったりの鳥かごは余目某のコレクション、つまりこの屋敷のガラクタの中にちゃんと埋もれていた。

 この前国本女史の掃除を手伝った時に、翼はそれを見おぼえていた。

 

 鳥かごは書斎に吊るしておくことになった。

 クッキーの食べ過ぎで喉が渇いていたのか、ダイちゃんは小皿から水をゴクゴク飲んだ。

 そして止まり木にチョコンと腰かけ、昼寝をはじめる。

 蝋月は、鳥かごの中でくつろぐダイちゃんにご満悦だ。


「ツバサちゃんにも早く、ダイちゃんを紹介したいのに」


 軍の連中がツバサちゃんをコキ使うから、と不満気に蝋月は頬を膨らませる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ