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36. クッキークッキー

 翌日、国本女史が指定した練習場所は台所だった。

 魔法書や魔法の杖の代わりに、翼が持たされたのはボウルと木べらだ。

 国本女史の、メイド仕事を手伝うのが嫌な訳じゃない。

 けれど、魔法はどこに行ったんだ?

 困惑する翼に、国本女史が説明した。


「中野様の力は、調理という行為と親和性が高いようですから。よい修練になるとおもいまして」


 国本女史は、先日この台所で起こった事件の再現をしようとしているらしい。 

 あの悪夢のようなサンドイッチのソース。

 翼にとって、忘れたい過去である。

 しかし翼が頼んで、彼女に魔法を教えてもらうと決めたのだ。

 早々に逃げ出すわけにはいかない。


「食えるものを作る。それを目標にがんばります……はい」


 今日の課題メニューはクッキーだ。

 しかし、翼はお菓子作りなんてやったことがない。


「それでは、山井家の伝統レシピをお伝えしましょう。中野様は、そこから自由にアレンジしてください」


 台所にある材料はなんでも自由に使っていい、と国本女史は言った。

 翼は適当な茶葉とスパイス選んで、基本のクッキー生地に混ぜ込むことにした。

 

 エプロンも国本女史から借りた。

 ヒラヒラのレース付き、メイド仕様のエプロンだ。

 なんとも気恥ずかしい。

 波戸夕あたりには、ぜったい見られたくない格好だ。


「御髪が気になるようでしたら、ブリムもお貸しいたしますが」

 

 ブリムとはメイドさんが頭に付ける、これまたフリル付きの髪留めのことだ。


「遠慮しておきます」


 翼はキュッと頭に手ぬぐいを巻いた。


 しばらくすると、蝋月が台所まで様子を見に来た。


「わぁ、クッキーだ。いい匂いだねえ」


 翼のかき混ぜるボウルを覗きこんだり、あれこれ指図をしたり……ウロチョロと大変うっとうしかった。

 しかし、いよいよ焼きあがり間近になると、蝋月はサッと姿を消した。

 味見役を任されたら、大変だと思ったんだろう。


「ズルいなぁ」

「逃げられてしまいましたね。よーし中野様、とびっきりおいしいクッキーを完成させて、蝋月様を後悔させてあげましょう」


 だが、そんな理想の展開にはならなかった。


「わあっ、すごい。鮮やか!」


 クッキーの焼きあがり。

 ストーブから天板を引き出した国本女史が、驚きの声をあげた。

 鮮やかって、何がだ?

 そして翼も、自分の目を疑うものを見た。

 おかしい。

 ストーブの中に入れるまでは、ごく普通の紅茶クッキーだったはずだ。

 何でこんなに赤いんだ?


「国本さん、ごめんなさい!粉砂糖を、粉砂糖を取ってください!」


 この醜態をどうにか、ごまかさないと。

 翼はクッキーの赤さを隠そうと、山盛りの粉砂糖を振りかけた。

 しまった!まだアツアツ焼き立てのクッキーに、振りかけた粉砂糖がダマになる。

 クッキーは、よりグロテスクなまだら模様で彩られた。

 この惨状を挽回する手立てはないか。

 翼は棚からジャムを取りだした。

 鍋に入れ、砂糖を加えて煮詰める。

 これでクッキーにデコレーションを施すのだ。

 匙の柄を使って、煮詰めたジャムをペタペタやってみる。しかし伸びが悪い。


「中野様の調理は、見てて飽きませんね」


 クッキーひとつ焼くのに大騒ぎだ。

 危なっかしい翼が心配なんだろう。

 国本女史は翼につきっきりだ。

 これでは彼女は自分の仕事に戻れない。

 まことに申し訳がなかった。


「わ、可愛い。ジャムでお魚を描いたんですか?」

「……ウサギのつもりなんですけど」

「あら、失礼いたしました……そうだ、わたしからも一つ、中野様に描いてほしい模様があるんです」

 

 国本女史はエプロンのポケットからメモ用紙を取り出し、なにやら書きつける。

 それはこの世界特有の、ルーン文字だった。

 書斎のパソコンに繋がれた魔法陣や、巨大な魔法船に書かれている不思議な力をもつ文字だ。

 もう魔法でも何でもいい。

 収拾のつかなくなったクッキーをどうにかできるなら、藁をも掴みたい。


「この文字はなんて読むんですか?」

「ルーン文字は、音を持たない文字です。読み方というものはありません。けれど、意味は持っています。これは、お日様を表す文字です。穀物から作られたクッキーとは相性が良い筈です」


 なるほど。効果が期待できそうだ。


「さぁ、中野様”おいしくなぁれ”そう念じながら、この文字をクッキーに描くのです」

「おいしくなぁれ……おいしくなぁれ」


 レースのエプロンを着た男が一人。

 異国の地で、何をやっているんだか。

 翼は少し泣きそうになった。


                 ***



 出来あがった3ダースのクッキーの大部分は、北川の胃の中に収まることになった。


「テバサキマンさんは料理の天才ですね。本当に個性的なお味です。今夜の夢まで追いかけてきそうだ。えっ、これってクッキーだったんですか?干した貝柱に、砂糖をブチまけたものじゃないんですね。この生臭さがたまりません」


 本当に厭味ったらしい。


「文句を言うなら、食べないでくださいよ!」


 翼の抗議を無視して、北川はまたひとつヒョイとクッキーをつまむ。


「おっと、こちらのコバルトブルーのやつは強烈だ。口の中がヒリつくぜ。石鹸粉でも混ぜたの?」


 焼き上がり直後は赤一色だったクッキーは、そのあと更なる変化を見せた。

 同じ材料を使って同じように焼いたはずなのに、完成形は色どりの36色。

 味も香りも、そして固さもバラバラだった。

 すべてのクッキーの共通点はひとつ。その味のレベルだ。

 吐き出すほど不味くなければ、決して美味しくもない。


「お気を落とさないでください、中野様。私がメイドになって最初にあつらえた料理なんて、それはもうひどいものでした。初めてのお菓子作りにしては、上出来じゃありませんか。このオレンジ色の一枚なんて、とっても香ばしくて――もう少し甘みがあれば、尚いいとは思いますが――ええ、おいしいですよ」


 国本女史が必死に励ましてくれるが、そのフォローがまた苦しい。


「さぁ、前進あるのみです!明日のティータイムには、カップケーキでも焼いてみましょうか?それとも趣向を変えて、ワインゼリーなんていかがでしょう?」

「異議ありだ!」

「おや、どうされましたか?北川さん」

「妙な食い物は、ごめんだと言いたい」

「これは、ただのお料理ではありません。中野様の強力な魔力をコントロールするための修練です」

「お願いだから、もっと穏便な方法を考えてください!」

「そうですか、北川さんはご不満ですか。まぁ所詮は素人考え。やはりか弱いメイドには、中野様を教授するなどという、役目は重すぎたのですわ」


 そして国本女史は、北川の目をジッとのぞきこむ。


「な、何ですか……?」

「ああっ、どこかに魔法に通じた、素敵な先生はいないかしら?」


 北川がプイっと顔をそむけた。しかし国本女史はあきらめない。


「頼りがいのある殿方の先生はいませんか?」

「わざとらしい」


 ボソッと北川が呟く。


「あら、何か?」

「あなたのどこが、か弱いのかと言ったんですよ」

「それはまた、ずいぶんですね。失礼しちゃいます」


 そして北川は天井を仰いで、ため息をついた。


「はいはいはいはい、分かりましたよ。あなたに頼まれれば、俺は断れない」


 そして北川は視線を翼に向けた。

 国本女史とのマンツーマンレッスンのはずだったのに。

 雲行きが怪しくなってきた。


「一丁揉んでみますか」


 北川は自分の指に残る、クッキーのかすを舐め取った。

 そして、おもむろに立ち上がる。


「さっそく授業開始だ、テバサキマン君」


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