22. 城門前で待ち合わせ
午後、翼は北川と連れだって屋敷の外に出た。
「もうすぐ用事が終わるから、ふたりで迎えにきてくれ」
と、蝋月からメールが届いたのだ。
「この街も、ますます寂れたな」
街一番の大通り、翼の一歩前を歩く北川が呟いた。
「北川さんは、2ヵ月前にもここに来られたんですよね」
「ああ、つまらん木端仕事でね」
ツバサもその補助についたというその任務。
翼はその時のことを尋ねてみた。
「実は任務はおまけでね。学園を見るのが目的だった。少数精鋭といえば聞こえがいいが、俺の元いた隊も人手不足でな。めぼしいのがいないか、常に探しまわってるんだ」
「北川さんの目から見て、ツバサはどうですか?対魔専戦隊――あの中に入って、うまくやっていけそうですか?」
「いらん心配だ」
「でも、あんな大人しい女の子が兵士だなんて……」
「性格?あの中に入ったら、いくらでも変わっていく。性別だって関係ない。彼女は逸材だよ。足りないのは経験だけだ」
北川は手放しで彼女を褒めた。
彼は隊の大先輩だ。本人がこれを聞いたら、恐縮すると同時に、その期待にこたえようとますます張り切るだろう。
いくら蝋月が邪魔をしようが、近いうちに彼女はこの街を出ることになる。
あの寒々しく窮屈な学園ともさよならだ。
帝都で亡き兄と同じ道に進む。
それがツバサの望みだ。
けれどなぜだろう。翼の胸はざわめいた。
蝋月との待ち合わせ場所は、この街の唯一の出入り口である城門前だった。
門の番をしている兵士たちは、北川の姿を認めるとギョッとした表情を浮かべた。
そして慌てて敬礼をする。
北川の連れの翼も、彼らにぎこちない敬礼を返した。
「北川さんって、偉い人だったんですね」
常駐部隊にとても恐れられているらしい。
2ヵ月前の任務で、この人は何をやらかしたんだ?
翼は首をかしげた。
「おうよ、偉いに決まってんだろ……と言いたいところだが、別に俺にビビってるわけじゃない。対魔専戦隊の威光だ。その看板も、俺はもう返上済みなわけだがな」
そこは城門と名がついてはいたが、そう大がかりな建造物ではない。
しかしその飾り気のない門には、見えないが強力な結界がはられている。
常に門は開け放たれてあるが、結界が魔獣の侵入を防いでくれる。
街に入るすべての人や積み荷は、この門の下を通ることになるのだ。
「キノコみたいにニョッキリと生えてきた、テバサキマン君の入場審査はどうしたんだろうね?どうせ蝋月さんお得意の汚ったねえ小細工で、どうにかしたに決まっているわけだが」
「ずいぶんだな、北川君」
その時、蝋月がちょうどやってきた。
「おっと、聞こえてしまいましたか。すいません」
謝ってみせたが、ぜったいワザと聞かせたのだ。
「ああ、疲れた」
蝋月は子供らしからぬしぐさで、肩を回した。
「用向きはやはり……」
北川の問いに蝋月は頷く。そして言った。
「少し風に当たりたいな。門の外で話そう」
***
門の外に一歩出て、蝋月と北川は何やら話しあっている。
翼は少し離れた場所で、ふたりを待っていた。
風のせいで、その会話の中身までは翼に届かない。
目の前の道をほんの数百メートルも歩けば、完全に街の圏外に出る。
景色はそこから一変していた。
前方は鬱蒼とした森。
転じてみれば、左手に山脈がそびえている。この強い風もそこから吹き下ろしてくるものだ。
強力な魔力による結界と、自然の作りだした山脈という障壁。
そして聖獣であるあの竜。
この街は三重の壁に守られていた。
遠く離れた帝都と、陸の孤島といってよいこの東菜種ヶ原市を結ぶ唯一の交通手段は魔法船だった。
「そろそろ時間だ」
蝋月が翼に向かって声をかけた。
そして、音もなく前方の空が割れる。
見えない高波をかきわけるように、巨大な空飛ぶ船は出現した。
丸みを帯びた流線形。
なめらかな銀色の機体に、窓はひとつも備え付けられていない。
その船は、翼がいた世界の飛行船によく似ていた。
だが胴体に描かれているのはコマーシャルではなく、この世界特有のあの魔法文字だった。
定期輸送船・銀星号。
その名前は、星間を渡る伝説の船から取られたものだ。
しかし古代の船を動かしていた技術は、失われて久しいという。
現在の船を飛ばしているのは当然科学ではなく、魔法の力だ。
「すごいや……壮観ですね」
人の手と魔力、そのふたつが合わさればこれだけの物ができるのか。翼は感嘆した。
きのう見たあの竜とは、また異なる種類の迫力だった。
魔法船は静かに降り立った。
側面のハッチが開き、帝国から運ばれてきた積み荷が運び出されていく。
そしてこの船に乗り、街を出ていく乗客たちが、城門の内から集まって来た。
蝋月が、この場所に来た訳がそれで分かった。
集まった乗客たちの中には、阪田兄弟がいた。
あの後、どんな駆け引きがあったのか翼は知らない。
蝋月に会うという目的を阪田兄弟は達成し、帝都へと戻るのだ。
阪田兄弟は、見送りに出た蝋月の姿を認めると慇懃に頭を下げた。
しばらくの間、蝋月と兄弟は話しこんでいた。
まるで親しい友人同士が、別れを惜しんでいるかのようだった。
蝋月に手招きされ、北川もその輪の中に加わった。
そして最後まで阪田兄弟は、翼には一瞥もくれなかった。
船に乗り込んでいった兄弟を見送ると、3人は門をくぐり街の中へと戻った。
「おっと、他に寄る場所があるのを思い出した。先に戻っていてくれ」
そして、蝋月はふたりを置いていってしまった。
迎えに来い。そう言って呼びだしたのはなんだったんだ。
やはり翼の姿をもう一度、あの兄弟に見せておくのが目的だったのだろう。
自分では分からないが、翼の姿は徐々にこの世界に馴染みつつあるらしい。
これであの兄弟の疑念を、晴らすことができたのだろうか?
蝋月が立ち去ったそのタイミングで、ひとりの船員が北川を呼びとめた。
チップと引き換えに船員が北川に手渡したのは、一通の封書だった。
あの船で、帝都から運ばれてきた便りだ。
北川は封筒を無造作に破った。
仕事絡みの急報ではないことは、北川の表情をみればわかる。
しかし彼がこの街に来てからまだ半日だ。便りが届くには早すぎる。
「もしや、帝都に残してきた女の子からのラブレターですか?」
翼の軽口を北川は一蹴した。
「アホ。んな良いものなわけないだろう」
そして文末の署名を翼に指し示す。
手紙の差出人は、二条桜木だった。
「わが愛しの元上官殿より、激励のお便りだ。不肖の元部下にも変わらぬお気遣い、痛み入るぜ。こんちくしょうが」
手紙を持つ北川のその手が光った。
炎が上がり、手紙は瞬く間に灰になる。
灰は風にさらわれ飛んで行った。
斜めにでも文面を読む間があったのか疑問だ。
「ひどい」
「なんだ?文句あるかよ」
「そんなに、サクラさんのことが嫌いなんですか?」
「ああ、嫌いだね。ガキの時分から、徹底的にそりが合わない」
「あの人のどこが気に食わないんですか?あんなにできた人、そうはいないと思いますけど」
「ああ、そうだ。俺よりも腕がたつ、顔もいい、頭だって切れる。とうぜん出世も早くて、女の子にモテモテだ。おまけにそれを鼻にかけたりしない。さすが『アカバネ』の副主人公様!超カッコいい!」
そこで北川は思いっきり顔をしかめた。
「そういうところが、全部嫌なんだよ!それに『アカバネ』で読んだろ?俺は奴に返しきれない恩がある。そんな野郎のことを、どうやったら好きになれる?何あいつ、マジで何なの?近い将来、禿げればいいのに。あとウンコ踏め」
「子どもですか……北川さん」
「ふん、俺の心はとびっきり狭いんでね」
言っていることは要するに、ただの僻みだ。
「あ、でも俺があいつ勝ってるところもあるんだぜ。身長は俺の方が高い、0.7センチな。誕生日だって3か月早いし」
「それは良かったですね」
「なにサラッと流してんだよ。余計に哀しくなるだろうが」
「ははは……」
翼は笑ってごまかしておいた。
「あ、そうだ。あいつの長所、もう一個思い出したわ」
「なんですか?」
「やたらと勘がいいところだ。怖いくらいにな」




