第18話 公式に非公式
天界と魔界の中間域。
どちらの色も帯びぬ、無機質な空間。
白と黒の代表が向かい合う。
「最上位判断を仰いだ」
天界側が言う。
「同時に、承認が下りた」
魔界側が続ける。
空間が、わずかに震える。
気配が満ちる。
重い。
圧倒的で、静かで、逃げ場がない。
白も黒も、自然と頭を垂れた。
足音が響く。
こつ、こつ、と軽い音。
……軽い?
視界の端に現れたのは、
ぼろ布の外套。擦り切れた草履。見覚えのある杖。
団子の串。
「よい椅子じゃのう」
その男は、勝手に席へ座った。
白と黒の代表が、同時に跪く。
「創世神オロヴァルディア様」
空気が凍る。
男はきょとんとする。
「堅いのう」
団子を取り出し、勝手にかじる。
「ロロでよい」
誰も呼ばない。
沈黙。
天界代表が口を開く。
「地上の中立域について、判断を仰ぎたく」
「温泉のやつじゃろ」
あっさり言う。
白と黒が同時に目を伏せる。
「はい」
「危険性は」
「現時点で確認されず」
「排除理由は」
「なし」
「認可は」
「管理責任が発生」
ロロは団子をもぐもぐしながら聞いている。
「ふむ」
そして。
「正式に認めると」
一拍。
「ワシがおしのびできなくなるじゃん」
沈黙。
白も黒も、固まる。
「……は?」
かすかな動揺。
ロロは続ける。
「放っておけ」
「困っておるのはお主らだけじゃ」
「湯に浸かっておらぬからじゃ」
真顔で言う。
「余白は必要じゃ」
団子を食べ終え、立ち上がる。
「以上」
軽い。あまりにも軽い。
だが。誰も逆らえない。
「地上施設は」
天界代表が震える声で確認する。
「非公認」
ロロが言う。
「だが不干渉」
魔界代表が続ける。
「公式に」
一拍。
「非公式じゃ」
ロロは満足げにうなずいた。
「よい判断じゃろ」
誰も否定しない。
決定は下った。
夕暮れの隠れ湯庵ゆらぎ。
湯気はいつも通り、やわらかく立ちのぼっている。
「今日は静かだね」
ルシエルが桶を置きながら言う。
「珍しいわね」
セリスが縁側に腰を下ろす。
観測天使も監査悪魔も来ない。
白も黒も、姿がない。
「議題ってどうなったんだろ」
「知らないほうが楽よ」
セリスは肩をすくめる。
そのとき。
石段を上がってくる、聞き覚えのある足音。
こつ、こつ。
「来たぞ」
ぼろ布の外套。
擦り切れた草履。
杖。
団子。
「ロロ」
ルシエルが笑う。
「呼んでないけど」
「呼ばれずとも来る」
得意げだ。
セリスはため息をつく。
「好きにしなさい」
ロロは暖簾をくぐり、まっすぐ囲いへ向かう。
「今日は静かじゃのう」
「たまたま」
「よい日じゃ」
湯に足を入れ、肩まで沈む。
全身の力が、ゆるりと抜ける。
口元がだらりと緩む。
――へにゃ。
「……はあああ」
とろけるような息。
「やはりよい」
さっきまで世界の最上位に座っていた男とは思えない。
「団子、焼く?」
ルシエルが聞く。
「焼く」
即答。
囲炉裏の前。
ロロは団子を炙りながら、二人を交互に見る。
「増えたのう」
「客?」
「湯も、建物も」
「ちょっとずつね」
「よい」
ロロは頷く。
「選んだのう」
「なにを?」
「ここをじゃ」
ルシエルは首をかしげる。
「前からここだよ」
「そうか」
ロロは団子をかじる。
セリスが睨む。
「何様よ」
「偉い」
「はいはい」
軽いやりとり。
何も変わらない。
世界の決定も、天界の会議も、魔界の困惑も。
ここには届いていない。
湯が、静かに揺れる。
ロロは目を細めた。
「放っておくのが一番じゃ」
「なにを?」
「なんでもじゃ」
曖昧な返事。
夜風が暖簾を揺らす。
隠れ湯庵ゆらぎは、今日も変わらずそこにある。
公式でもなく。
排除もされず。
ただの温泉宿として。
ロロは団子を食べ終え、満足げにうなずいた。
「また来る」
「呼ばないよ」
「呼ばれずとも来る」
同じやりとり。
それでいい。
世界がどう決めようと。
ここは、湯があって、火があって、余白がある。
隠れ湯庵ゆらぎは、今日もゆらゆら。
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