04-09.魔王の願い
「待っていたわ♪ アミ♪」
カラミティは堂々と待ち構えていた。
廃城に真新しい玉座を持ち込み、まるで孤独な魔王でも気取るかのように、不敵な笑みを浮かべて腰掛けている。
「皆お揃いね♪ 嬉しいわ♪」
ステラと子竜モードのガルディオンだけじゃない。マリーとコルカとヴィオラ、それにお父様にも立ち会ってもらうことにした。これが最後の戦いだ。せめて全ての秘密を明かしてきた家族にくらいは見てもらいたい。
「約束だよ。最後の一体まで追い込まれれば負けを認めるって。君はそう言ったよね」
「あら? おかしいわね? 私の認識ではまだ二人居るのだけど?」
「惚けるつもりかい?」
「なによ。あと一人じゃない。ちゃっちゃと倒して願いを叶えてしまいなさい」
「君には生きて償ってもらわなければ困るんだ。いいや。僕が君に生きていてほしいんだ」
「信じなさい。他の約束も守ったでしょ。私はまだもう一人いるわ」
「……わかった。君を倒してもう一人の君を見つけ出すよ」
「ふふ♪ そうこなくっちゃ♪」
僕は銃を構えた。
「新しい魔道具ね♪」
カラミティは魔術を放ってきた。ステラお得意の爆炎魔法だ。まるで壁のような炎が迫ってくる。どこにも逃げ場なんてありはしない。元より逃げるつもりなんてないけれど。
僕は引き金を引いた。
「まあ♪」
炎の壁は火の粉一つ残さず消え去った。
「今のは何かしら♪ いえ♪ 答えなくていいわ♪ 当てて見せるから♪」
カラミティは再び魔術を放ってきた。今度は風、水、土の三属性同時攻撃だ。
僕は再び引き金を引いた。
「ふ~ん♪ 一発で全部消えてしまうのね~♪」
「何度やっても同じさ」
「けれどカラクリはわかったわ♪」
だろうね。
「それは増幅装置ね♪ それも魂操術の♪」
「御名答。魂の繋がりを介して直接魔力制御を阻害させてもらったよ。僕は元々こういうのが得意なんだ」
「もちろん知っているわ♪ 私もだもの♪」
「さあ? どうする? これで君の魔術は封じたも同然だ」
「あらあら♪ 私の正体を忘れてしまったのかしら♪」
「もちろん対策は用意してある」
「そうね♪ 銃の形をしている理由がある筈だものね♪」
流石に気付くか。
「ふふ♪ なら作戦変更ね♪」
カラミティの姿が一瞬掻き消えた。
気付くと眼の前に迫っていた。
「ぐはっ!?」
そのまま蹴り飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「もう。御爺様ったら。アミには甘すぎたんじゃない? もっと鍛えておいてもらわないと困るわ」
「余所見をするでない」
「え? っ!?」
あ、外した。もう。お父様が余計なこと言うから。
「ふふ♪ その弾丸に当たったらどうなるのかしら♪」
「遠慮することはない。試してみるといい」
君は気になっている筈だ。気になって堪らない筈だ。僕のやること全てに興味津々なんだから。
「確かにそれも魅力的だけれど。今回ばかりはそうも言ってられないのよね♪」
「まだ何か仕掛けているのかい?」
「ふふ♪」
答える気はなさそうだ。
「何故呪いを振り撒いた? あれは計画に無かった筈だ」
「それはアミの計画にでしょう? 私の計画には最初からあったことよ」
「いつからだ。君はいつからステラの罪を雪ぐつもりだったんだい?」
「最初からだと言っているじゃない♪」
「君の言う最初とはいつのことだ?」
元々カラミティが呪いを振りまいたことで、それを焼き払うステラに悪評が集まったんだ。今回の件でその悪評もひっくり返ったとはいえ、元はと言えばカラミティの行動が原因だ。最初からなんて言い方は不自然だ。
「ねえ。もう話は済んだでしょう? 私はこの時を楽しみに待っていたの。だから……そうね。全てを知りたければ私を倒してから聞き出しなさい♪」
自分が倒されることまで計画の内だって言いたいのかい?
「ほら。構えて。心ゆくまで分かち合いましょう」
何をだろう。僕にはわからないよ。君の考えが。
「本当に全て聞かせてもらうからね」
「あなたたち次第ね♪」
再びカラミティの姿が掻き消えた。
ダメだ。僕では目で追うことすら出来はしない。
まるでお父様と戦っているみたいだ。
何処から来る……。後ろか!?
「もう。余所見しない」
「がはっ!?」
また蹴り飛ばされた。
「反撃して頂戴。これじゃあ玉遊びみたいじゃない」
……そんなこと……言ったって……くっ!
何度も何度も蹴り飛ばされる。手も足も出ない。
「選手交代よ」
眼前に迫ったカラミティの足を突然現れたステラが掴み取った。
「あら♪ うふふ♪ 嬉しいわ♪ ステラ♪」
ステラを前にしてさえ、カラミティは余裕を崩そうとしない。あっさりとステラの手から抜け出して距離を取った。
「私も先に一つ聞いておきたいのだけど」
「何かしら? 一つだけなら答えてあげるわ♪」
「フィリーはどうしたの?」
「ふふ♪ 心配要らないわ♪ 勝ったら返してあげる♪」
「そう。なら」
今度はステラの姿が掻き消えた。バチバチと音を立てて。最初から全力の身体強化を掛けている。ステラは本気だ。本気でカラミティを討ち取るつもりだ。
「あはは♪ いいわ♪ いいわステラ♪」
二人は目で追えない速度で消えたり現れたりしながら殴り合っている。
ほとんど見えないけどなんとなくわかる。カラミティはステラと対等に渡り合っている。
他の個体たちとは別格の強さだ。お父様が修行でも付けたのだろうか。なんでまたそんなことを。お父様だからか。ならしゃあない。
この個体は戦闘狂なのだろうか。お父様との修行で武術に目覚め、本気のステラと死合いたいと願ったのだろうか。
ステラ相手の魔力勝負では分が悪いというのもあるのかもしれない。既にバックアップを行ってくれる分体たちは倒され尽くした後だ。僕より多くの魔力を引き出せるのかもしれないけれど、ステラには敵うまい。予め引き出して肉体に貯めておいた魔力もそうそう無駄には出来ないのだろう。
「アミ様!」
「旦那様!」
マリーとコルカが助け起こしてくれた。
「ごめんね。折角作ってくれたのに」
「大丈夫。十分役目は果たした」
そうだね。カラミティが魔術を扱わない理由はこの銃のお陰かもしれないね。
「見守りましょう。お姉様の戦いを」
そうだね。けどどうせなら格好良く決めたかったなぁ。愛する三人の前でってのもあるけど、あの子のためにもさ。
締まらないなぁ。結局頼りになるお姉ちゃんに任せきり。
せめて考えよう。あの子の目的を。僕に出来ることを。
「ガルディオン。僕の魂の欠片は他に存在するかい?」
『皆無だ。間違いなくあれとお主。二人だけだ』
ならもう一人っていうのは僕のことか。
カラミティは嘘つきだ。やっぱり僕を残していってしまうつもりなんじゃないか。
……いいや。あの子は嘘は付いていないのかもしれない。もしかしたらあの子を倒した瞬間に僕の魂が戻るのかも。それで僕には全てが伝わるのかもしれない。あの子も一緒に帰って来るのかもしれない。
あの子は人間が好きだと言った。僕に人間をやめてほしくないのだとも言っていた。
散々人の命を奪ってはきたけれど、弄んでいたつもりはないのかもしれない。彼女は必要なら殺しや犠牲を躊躇わないだけなのかもしれない。
スライムだから。魔物だから。そんな言葉で許されるものではない。きっと本人もそれはわかっている。だから僕たちに倒されることに拘るんだ。これは彼女なりのケジメのつもりなのだろう。なら真の目的はどこにあるのだろう。何故そうまでして拘るのだろう。
彼女は僕の使い魔になることを拒絶した。僕の提示したプランに悪くはないと言いつつ、結局は自分のプランを貫き通した。多少の調整を加えてくれただけだった。
彼女は僕を人間のまま不老不死にしたいのだと言う。
これはどういう意味だろう。この二つは関係があるのかもしれない。ステラがガルディオンを使い魔にして寿命を伸ばしたように、僕だってカラミティを使い魔にすれば寿命を伸ばせるかもしれないのに。けどカラミティはそれを良しとはしなかった。
今のステラはカラミティから見ても、既に人間を逸脱した存在へと至ってしまっているのだろう。だからカラミティは認められないのだ。
なら不老不死はどうやって。
御爺様たちにかけられた呪いを再現する?
そのための実験だった筈だ。
いったいいつからだ。いつからカラミティはその考えに至っていたんだ。
あの子は元々スライムだ。それほど高度な思考が出来ていた筈はない。きっとあの子が明確な自我を手にしてからそう時間は経っていなかった筈だ。
カラミティが活動を始めた……森が汚染され始めたのは、丁度ステラが冒険者になった頃だった。
あの頃には既に自我と呼べるものがあった筈だ。御爺様の知識と僕の魂を十分に蓄えていたのだろう。
当時のカラミティはスライムの肉体しか持っていなかった筈だ。だから人間の助けを必要としたのだろう。様々な人間の下を渡り歩いて僕らの目を掻い潜っていたのだろう。
それらが次第に組織なんて呼ばれるようになっていった。呼んでいたのは僕やユリウスたちくらいのものなのかもしれないけれど。
その当時からカラミティは僕を不老不死にすることだけを考えていたのだろうか。……或いは、御爺様の呪いを解いてあげようとしていただけだったのだろうか。
彼らの秘めたる悲願を知ったから。それが僕の喜びにも繋がると考えたから。あの子は最初から僕らのためだけに生きてきたのだろうか。
今はわざと悪役を演じているだけなのだろう。それはわかる。もしかしたら最初は自らの行いが悪である自覚なんて無かったのかもしれない。少しずつ、人間たちと関わる内に、それが許されざる行いであると気付いていったのかも。
あの子の言っている最初とはそういう意味なのかもしれない。人の善悪を理解した時。自らが人を好いていると自覚した時。ステラの悪評を耳にした時。あの子は少しずつ情緒を獲得していったのだ。そして情操を身に着けた。
そうして人に近い心を持った時、あの子は全ての計画を立てたのかもしれない。犯してしまった過ちを償うために。人々から嫌われてしまった僕とステラの現状をひっくり返すために。あの子はこの壮大な計画を企てたのかもしれない。
けれどあの子は……あの子自身は、それでも罪を重ねてきた。伯爵を殺し、戦火を広げ、最後には呪いを振りまいた。
全てが僕らのためであったとしても、僕らはあの子を許すわけにはいかなかった。
だからこうして僕らに討たれようとしているのだろう。僕らに決して許すなと言っているのだ。それは人の道理に反しているから。悪事を積み重ねてきた彼女は許されるべきではない。そんな彼女を許す僕を彼女は許せない。そんなものは大好きな「人間のアミ」ではなくなってしまうから。
なら……トドメは僕が刺すべきなのだろう。彼女はきっとそう望んでいる筈だ。
半分魔物へと至ってしまったステラではなく、人のままである僕にケジメを付けてほしいのだろう。
そのための魔王城。そのための勇者。
僕は銃ではなく剣を持ってくるべきだったのだろう。
ごめんね。カラミティ。最後まで気が利かなくて。
けどこの銃もそう悪いものではないよ。何せ僕らが君のことだけを考えて作り上げたものだから。きっとこの銃にも想いは籠もってる。君の心に届けるには十分な筈さ。
「あは♪ やっぱ強いわね♪」
カラミティはボロボロになりながら笑っている。対するステラは全くの無傷だ。つくづく僕の目は節穴だ。どこが対等なんだか。もっと鍛えないと。次は自分の手であの子を止めてあげられるように。
「これで最後にしましょう♪」
カラミティは魔力を練り上げた。ステラも鏡写しのように同じ魔術を構築していく。
ガルディオンが少しだけ体躯を成長させ、僕らを庇う姿勢に入った。
二つの輝く炎の玉が生み出された。
「アミ様」
「今じゃない」
そう。今じゃない。ここで妨害なんて無粋な真似はしないとも。最後の花火くらい、心置きなく上げさせよう。
「いくわよ!! お姉ちゃん!」
「来なさい!! カラミティ!」
二つの炎球がぶつかりあった。
視界は一瞬で光に包まれた。
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「……ふふ」
城は跡形もなく吹き飛んだ。
上半身だけのカラミティは大地に横たわり、空を見上げて笑いを零した。
「……あはは♪ あははははは♪ 痛い♪ 痛いわ♪ 泣いてしまいそう♪」
心底嬉しそうに笑い続けている。
「あら♪ トドメはアミが刺してくれるのね♪」
「それが君の望みなのだろう?」
「う~ん。残念♪」
あらま。
「ここはステラにお願いしたいわね♪」
「僕はまた君を読みきれなかったのか」
「それでこそアミよ♪」
どういう意味かな?
「……」
「あら。ステラったら遠慮してるの?」
「……やっぱり殺せないわ」
「何を言っているのよ。私は魔物よ。かつてあなたが私怨を以って殲滅したゴブリンやオークたちと同じ。散々人々を苦しめた魔物なのよ」
「……」
何の話? 確かにステラのお陰で奴らの被害はパタリと止んだけど。
「あなたになら出来るわ。人でなしのあなたなら」
やっぱりステラのことは嫌いなの? それとも好き過ぎるから? 期待値高めなの? そんな虐めないであげてよ。
ステラは躊躇しつつも、手の平を向けた。
「待って。その前に。遺言があれば聞いておくよ」
何かあるんだろ? 君はまだ全てを話してないんだから。
「記憶媒体は覗いちゃダメよ♪」
「破壊すればいいんだね」
「ダメよ。大切に持っていて。形見なんだから」
風変わりな遺言だね。
「わかった。君の魔石は僕の大切な宝物にするよ。肌見放さず持っているよ」
「どうせならステラに持っていてもらいたいわ♪ ステラの胸の方が居心地良さそうだもの♪」
おいこら。
「……いいのね?」
「ふふ♪ もちろん♪」
納得いかない。
「そうそう。御爺様の呪いの件だけどね。もう心配要らないわ。解き方はステラに託したから」
「そうなのかい?」
「ええ」
いつの間に。解き方もだけど。
「じゃあまた来世で。今度は姉妹仲良く暮らしましょう♪」
カラミティの身体は解けていった。ステラがトドメを刺すまでもなかった。既に限界だったのだろう。後には魔石だけが残された。




