02-12.隣領問題
「お待たせしましたわ」
「待っていたよ、マリー」
来たね。よかった。深刻な雰囲気ではないようだ。話は後で聞くとしよう。
「これはこれは。お初にお目にかかります。私、ベルナールと申します」
「こちらこそ。わたくしはこの領で執政官を務めております、マリーと申しますわ」
ただのマリー、執政官のマリーでいくんだね。元姫としてではなく。
「これは失礼いたいました! 執政官様であらせられましたか! いやはや! 大層お若くいらっしゃいますなぁ!」
「ベルナール殿のお噂はかねがね。夫……失礼、領主からも度々伺っておりましたの」
おや?
「いやぁ! 奥方様であらせられましたか! いやはや! なんともお美しい! 領主様も隅に置けませんなぁ!」
ふふ♪ 白々しいね♪
「そうそう。彼から菓子を貰ってね。マリーも後で食べるといい。甘い物は好きだろう?」
「ええ。後ほど頂きます。甘い物には目がありませんの♪」
「それは何よりでございます! 必ずやお気に召して頂けるかと♪」
「楽しみですわ♪」
そこから二人は専門的な話を始めた。特に隣領に関する件についてはマリーも強く興味を示した。
「なにぶん、王都からは距離がありますから」
本当に困ったものだよ。陛下の目が届きにくいからってさ。
「無理もないですわね。フォルティス伯爵には理由がありますもの」
「逆恨みだけどね」
フォルティス伯爵とは、セントリア方面に我がフォルテイア辺境伯領の隣に位置する、フォルティス伯爵領の領主だ。
元々、ラクティ辺境伯家はフォルティス伯爵家の分家にあたる血筋だ。我らがフォルテイア辺境伯領とは、フォルティス伯爵領(当時は辺境伯)から分かたれた領地なのだ。
フォルティス伯爵家は数世代前まで、今のうちと同じように、未開拓領域と接する国境を守護していた。
ラクティ家先代……お父様と同じように、未開拓領域を切り広げながら、何代にも渡ってその領地を広げ続けてきた由緒正しき名家だ。
しかしフォルティス家は、ある時から積極的な開拓を行わず、分家であったラクティ子爵家に未開拓領域の管理を任せるようになってしまった。
お父様の代までラクティ家はギリギリどうにか凌ぎ続けていたに過ぎなかったのだが、ある時転機が訪れた。
紆余曲折あってお父様は未開拓領域から溢れ出る魔物たちを押し留め、更には数百年ぶりの開拓までをも成し遂げた。
ラクティ家が辺境伯となったのはその時だ。多大な功績を齎したことで、子爵家から一気にランクアップしたのだ。それから数十年、お父様は辺境伯として領地を守り抜いてきた。
当時既に伯爵家に格下げされて久しかったフォルティス家は、子爵家であった分家に追い抜かれてしまった形になる。
それがもう面白くないのなんのって。
自分たちで押し付けておいて勝手なこととは思うけれど、それはラクティ家目線の話だ。
フォルティス家からすれば、自分たちが切り開いた土地に住まわせてやったのに、親の顔に泥を塗った恩知らずと罵りたくて堪らないわけだ。
加えて最近ではステラの件もある。フォルテイア辺境伯領を拠点とするステラが、あっちこっちで破壊活動を行っている。フォルティス伯爵領も例外ではない。かの地の森も焼き払われている。企みを疑う証拠は上がっているわけだ。
そして極めつけは僕の存在だ。彼らは僕がラクティ家の血を継がぬ者であると知っている。
分家に正統な血筋の後継者が居ないのであれば、本家の者が継ぐのは当然のことだ。彼らはそう考えていたのだろう。既に家が分かれて久しく、家格も逆転されているというのに、恥知らずにもそんな考えを抱いているわけだ。
「アミ様。ご存知ありませんの?」
うん? 何の話だろう?
「先代ラクティ辺境伯は、フォルティス伯爵家から養子を取った過去があるのです」
「……え? 僕に兄がいるってこと?」
「はい。既に亡くなられておりますが」
えぇ……。知らなかった……。
何故そんな大切なことをお父様は僕に言わなかったの? 何故周りも知らないの? 先祖の墓に兄の存在は記されていなかった筈だよ? いったいどういうこと?
「二十年も前のことですわ」
「……その方はどうして?」
「討ち死になされたのです。勇敢なお方であったと聞き及んでおりますわ」
お父様と共に最前線に立っていたのか……。尚の事わからないな。フォルティス伯爵家が引き取ってしまったのだろうか。
何故フォルティス伯爵は、僕には何も言ってこないのだろう。僕が認められていないからなのかな。
「フォルティス伯爵と直接話してみようか」
「わたくしにお任せくださいまし」
「そんなわけにいかないでしょ。今回ばかりは」
「ならば席をご用意致しますわ」
「うん。お願い。ベルナールもそういうわけだから」
「畏まりました。閣下」
まあいい。これで方針は定まった。
「そうそう、あなた。例の件は如何ですの? 何かヒントは得られまして?」
あかん。話してない。
最近マリーは、時たま僕を「あなた」と呼ぶ。そういう時は大概何か圧力をかける時なのだ。
「あ~。ごほん。ベルナール。時間を取らせて悪いね。もう一つ相談に乗って欲しいことがあるんだけれど」
「なんなりと。閣下♪」
おい。今笑ったろ。僕がマリーの圧に屈したからって笑ったろ。尻に敷かれてるからって笑ったろ。僕の目を誤魔化せると思うなよ。
「新しい魔道具についてなのだけどね」
仕方ない。今は話を続けよう。




