72. 果実の種戦争【KK】【両片思い三角関係エンド③】
間に立ったレアンが微笑みながらカロンを見下ろした。
「抜け掛け禁止といったはずだよ。訓練前に、二人で何をしていたのかな?」
そういえば、レアンに魔法訓練をしてもらう前だったのを、すっかり忘れていた。
リリムと種についての相談をするため、早めに来ていたのを、今更思い出した。
迫力のあるレアンの笑みが、カロンに迫った。
「リリムの種希望なら、教会に登録しておいで。『神実』と『魔実』の種候補の管理は全権が教会だ。私はもう申請したよ」
「なんで、教会? しかも『魔実』まで? レアン、動きが早すぎ」
情報が多すぎてツッコみどころがありすぎる。
「リリムの『魔実』は種を選んだ前例がない。女神アメリア様の神託があったから、管轄が教会になったんだ。果実同士でも申請可能だそうだよ」
悪魔由来の果実であっても国に重宝される『魔実』の管轄は、アメリア預かりで教会になるらしい。現在、リリムの従魔になっているアンドラスというわけにはいかないだろうから、仕方がないだろうが。
「果実同士でも良いって、アメリア様の神託?」
「そのようだよ」
レアンが微笑を崩さずに返事する。
「俺にそれ、教えていいんだ。レアンが不利になるじゃん」
「フェアな状況で対峙しなければ、意味がないだろう。私は正々堂々、リリムを奪うつもりだからね」
カロンは、ちょっと拗ねた。
レアンはいつでもそうだ。そういう気持ちで、カロンを助けに来てくれるし、守ってくれる。
(そういうとこは、この世界のレアンも格好良いんだよな。だから困る)
「今現在、リリムが誰を想っていようと、振り向かせる自信があるからね」
レアンの指がカロンの顎を持ち挙げた。
世の中に、これほど怖い顎クイはない。
「俺だって負けないよ。今日中に申請、してくるから」
「急いだほうがいい。シェーンもカデルもルカもフェリムも、既に申請済みだ」
「皆、早いよ。情報が早すぎるよ」
もはや呆れた気持ちになった。
「やはり、レアンとカロンは仲が良いな。また内緒話している」
リリムが、ぽそりと零した。
その顔がちょっと拗ねて見える。
「ヤキモチかい? リリム。可愛いね。私は常にリリムを想っているから、心配いらないよ」
カロンから指を放して、レアンがリリムの腰を抱き寄せた。
レアンがカロンを振り返って、ニコリとした。
(俺が好きって言おうとしたの、止めたくせに! やっぱり前言撤回! 格好良くないしフェアじゃない!)
「ちなみに、『五感の護り』は全員がカロンとリリム、両方の種に立候補したからね」
「は? なんで?」
「立候補? 種は立候補制なのか?」
レアンがリリムの唇に指を滑らせる。
いつものことすぎて、リリムの反応が薄い。きっと、濃いめのスキンシップだと思っているんだろう。
「フェアに奪い合うために、という理由だったんだけどね。アメリア様から新たな神託が降りたから、『五感の護り』が結託したんだよ」
「新たな神託? 結託?」
リリムが眉を顰める。
「果実の種は『五感の護り』に限らない。資格があると思う者は名乗り出よ、とね」
カロンの血の気が一気に下がった。
(アメリア様、何してんの。そんなの、収集つかなくなるじゃん)
小説の設定から揺るがす大事件だ。
「だから、教会が果実の種の立候補者を管轄することになったんだ。本来なら立候補なんか、必要ないんだよ。五人の中から一人を『神実』が選ぶだけだからね」
レアンの顔は変わらず笑顔だが、その裏に迷惑だと書かれているのが見えた。
「なるほど、それで立候補制か。なら果実の僕も立候補して良いな」
「リリムもカロンに立候補するのかい?」
リリムが素直に頷いた。
「僕もみんなと同じように、カロンと僕に立候補しようと思う」
「え? なんで?」
思わず即座にツッコんだ。
「僕が僕を勝ち取れば、僕を選ぶ人間はいなくなる。僕が自由意志で一人を選べる」
「そんなことしなくても、選択権はリリムにあるんじゃねぇの? 教会が宛がう訳じゃないんだし」
「いや、リリムの考えは、良策かもね」
意外にも、レアンが完全同意した。
「王室も教会も、果実の種を今すぐにでも選出したい。教会に種選びの権限が任された以上、どんな手段を講じてくるか知れないからね」
レアンの表情が微妙に歪んだ。
その顔で、カロンは察した。
(この世界の教会って、神様の声を届ける場所だけど、暗に政治に関わっているから割と黒い部分もあるんだよな。時々、悪魔とも繋がってたりするし)
だからこそ、大天使メロウのように皇子を攫う真似が出来たり、アンドラスが付け入る隙もある。
「もしかして俺たち、危険な立場になっているんじゃ」
国に利用されたり神界に利用されるヤバい立場になっている気がする。
途端に不安になってきた。
「大丈夫だ。僕がカロンの種に立候補して、カロンを守る。レアンたちも見越して両方に立候補してくれている。心配ない」
リリムがカロンの手を握った。
ドキッとして、キュンとする。
その胸の高鳴りで、カロンは気が付いた。
(そうか。わかった。アメリア様が二人の果実の種を煽ってる理由。これがコミカライズ版かBLゲーの展開の一つなんだ)
この世界の状況を知って元の世界に戻った夢野迷路が、コミカライズ版に加筆修正していたら、リリムの立ち位置は原作から大きく変わる。
『魅惑の果実』の続きを書いてほしいと懇願した時、原作者は確かに、こう言った。
『勿論、書くよ。その為にも、この世界の面白い展開、期待してるね』
(夢野先生、この世界の展開を活かす気満々だった。仕入れたネタ、使いまくってんじゃねぇのか)
今現在や先の展開がわからなくても、原作者が訪れた時点での情報があれば、小説家ならいくらでも想像や妄想を膨らませるだろうと思えた。
(なんならアメリア様と定期的に連絡とか取り合ってるかもしれない。それくらい、してそうだし出来そうだ)
カロンの中に、さっきとは違う不安が広がった。
「やはり僕の目標は、カロンの笑顔を隣で守ることだ。カロンが種を選ぶ自由意志は僕が守る」
リリムが決意を新たにしている。
嬉しいが、恋心に気付く段階から、また遠ざかった気がする。
(さっきのリリム、ちょっとは俺を意識してくれてそうな素振りだったのに。そういう気配、なくなっちゃった。またリリムの気持ちが、わからなくなっちゃった)
抱きしめてくれるのも、キスしてくれるのも、嫉妬してくれるのも、カロンを好きだからだと思いたい。
(俺もまだ気持ちが中途半端だし、リリムばっかり責められないけど。でも俺は、好きだと思う、くらいには気が付いてるんだから!)
カロンに真っ直ぐに向き合ってくれるリリムの瞳が、今は切ない。
「リリムもカロンも、私たち『五感の護り』が守るよ。だから安心して、リリムは私を選ぶと良い」
レアンが、リリムの後ろから抱き付く。
行動が、どんどん遠慮を失くしている。
「こういうスキンシップがありなら、僕がカロンに抱き付くのも、アリだな」
リリムが正面からカロンを抱きしめた。
嬉しいけど、やっぱり切ない。
(リリムはスキンシップのつもりでやってるんだ。そうじゃなく、抱きしめてほしいのに)
と思いながら、カロンはリリムを抱き返した。
「俺もリリムの自由意志、守るから。リリムが好きな相手を選べるように、俺も準備するからね」
もはや、レアンの煽りに乗らないわけにはいかない。
三人で抱き合っている状況が、今の三人の距離の縮図に感じた。
(こうなったらもう、俺がリリムを勝ち取るしかない。本当に俺のリリムにするしかない)
原作にはない前途多難な種戦争が始まったのだと自覚して、カロンは決意を固めた。
【両片思い三角関係エンド 完】




