62. 変な生き物【LY】
真っ暗な空間で、リリムは目を覚ました。
周囲を見回すが、何もない。
何となく、ここが自分の中なのだということだけ、わかった。
(僕は、意識を沈められたのか? そういえば、直前まで何をしていたんだったか)
レアンが会いに来て、愛しい気持ちが膨れ上がった、ような気がする。
(幼い頃のリリムは、教会でレアンを助けた。大天使メロウがレアンを奪おうとしたから、『五感の護り』として覚醒を促した。自分で自分を守れるように)
リリムが『魔実』の覚醒を拒否したのは、天使の核に力を与えないためだった。
記憶を奪われ怠惰になったリリムとレアンの距離は離れて、昔のような友情はなかった。
(僕は僕の意志で前世を思い出して、難局を乗り越えようとしたんだ。『魅惑の果実』を知っている前世、夜神利睦を幼い頃の僕は既に知っていた)
メロウに記憶を戻された今なら、過去のリリムと今が繋がる。
「レアンを守らなきゃ。守ると約束した。それに、カロンにも、伝えなければ」
夜神利睦と神木陽向が、リリムとカロンの前世で、この世界は自分たちが生きるべき今なのだと。
「一緒にこの世界で生きようって、僕は待っていたんだって、伝えないと」
カロンに会える瞬間を、幼い頃のリリムは待っていた。
「僕が小説のリリムと違うせいで変わるかもしれないこの世界を、『神実』であるカロンとなら一緒に何とかできる。そう、思っていたんだ」
意識を集中して、体の中に巡らせる。
やけに気持ちの善い感覚が、体中に残っている。
「どうして、こんなに体中、気持ちが良いのだろう。いけないコトをした後のような軽い罪悪感は、なんだろう」
よくわからないながら、意識を集中する。
頭の上に光が見えた。
ぼんやり燈るそれが、天使の核と魂が結び合ったメロウだと、感じ取れた。
「僕の中にメロウがいるのか。ん? あれは……、なんだろう。虫かな?」
メロウの中から、蛇のようなウネウネした生き物が出てきた。
リリムは、ウネウネした生き物を引っ張った。
「頭がない蛇?」
リリムに鷲掴みにされて、虫がウネウネ動いた。
慌てたような動きが、気持ち悪い。
「こんなものが体の中にあるのは、不快だな。外に出そう」
魔力を集中して、体の外に押し出した。
蛇のような生き物の体が、半分くらい、外に出た。
「うん、出せそうだ。あれ? 戻ってきた」
外に出た体が中に戻ろうとする。
そうかと思えば、自分で出ようとする。不思議な動きだ。
「何がしたいのか、よくわからない動きだ。外側から引っ張れば、出せるだろうか」
リリムは外に手を出して、ウネウネした生き物の体を引っ張った。
抵抗するように、中に入ろうとする。
内側から押し出した。
「中々出ない。しぶといな。どうしたものか」
一度、手を離して、考えた。
リリムは、頭の上を見詰めた。
「メロウの中から出てきたのだから、メロウを僕の外に出せば、一緒に出るかな」
リリムは両手を上げて、闇魔術を展開した。
「天使の核や『魔実』を押し出す時と同じ要領でやれば、出せるだろう。僕の体に僕以外が入っているのは、定員オーバーだ。事情はよくわからないが、退散願おう」
真っ暗な空間に浮かぶ光を、薄暗い闇の魔術が覆い尽くす。
完全に闇魔術で覆った光を、リリムは体の外にぶん投げた。
「ちょっと重かったな。これで、あの変な生き物も、外に出ただろうか」
キョロキョロ探すと、足元に変な生き物が残っている。
「一緒には出せないのか」
残念な気持ちになりながら、ウネウネした生き物を握る。
リリムの腕に、蛇のように巻き付いた。
「懐かれたのかな。気持ち悪いな」
困った心持で、変な生き物を眺める。
「一先ず、意識を浮上させてカロンに相談しよう。僕には思いつかいない何かに、陽向なら気が付くかもしれない」
利睦よりずっと深く『魅惑の果実』を読み込んでいる陽向だ。
小説にこんな生物が出てきた記憶はないが、陽向なら何か知っているかもしれない。
「カロンが知らなくても、レアンやフェリムなら知っているかもしれない。聞いてみよう」
リリムは目を瞑って、自分の体の感覚を辿った。
心と体を結ぶイメージで、意識を外側に向かい、浮上させた。
「早く、カロンと、皆と会いたい。会って、話して、この世界を消滅させる方法を考えないと」
体に巻き付いたウネウネした生き物を撫でながら、リリムは満たされた気持ちで女神アメリアを殺す方法を考えていた。




