61. 大天使が悪魔への愛を叫ぶ
リリムの顔をしたメロウの腕の中でラスが泣いている。
背中に張り付いたレアンが幸せそうにリリムの項にキスをする。
カロンにはリリムの顔が、メロウとダブって見える。
どう理解すればいいかわからない状況に、思考が停止した。
「総ての謎が解けましたね。七年前のリリムの急変クズ化も、レアン皇子の裏切りも、私の中で繋がりました」
隣のフェリムが一人、納得している。
「俺には、全然わかんねぇ。この状況をどう収集したらいいかも、わかんねぇ」
そもそもメロウには虫食いが巣食っていて、世界の消滅を目論んでいたはずだ。
目の前のメロウはラスを腕に抱いてレアンに抱き付かれて、とても幸せそうだ。
世界を消滅させる天使の顔には思えない。
「欲しかった体と、欲しかった愛が二つ、手に入った。あとは、お前だ、カロン」
メロウの目が、カロンに向いた。
「え⁉ なんで、俺?」
レアンが飛ばした光魔法が紐状になって、カロンに巻き付いた。
「カロンがいると、リリムが悦ぶからだよ。二人でリリムを愛して、幸せで満たされよう」
「は? レアン、何言ってんの?」
レアンの目は、もはや正気ではない。言葉も大概だ。
「私の中のリリムを満足させてやれば、リリムは大人しく私を受け入れるだろう。心配ない。カロンが満足できるように、睦み合う時はリリムの顔で、リリムの声で善くしてやる」
「リリムの顔と、声で……」
メロウの言葉に、カロンは息を飲んだ。
それはつまり、夜神利睦の顔と声だ。
ちょっとだけ欲望が疼いた。
「納得しないでください! あれは、ただのメロウです!」
レアンの光魔法を、フェリムの水魔法の刃が切り裂いた。
カロンの体を抱いて、後ろに下がる。
「ごめん、フェリム。危うく受け入れそうになった」
「大天使の洗脳も、魔王の魅了も効果がない『神実』なのに、煩悩に負けないでください」
そういえばさっきメロウが「完全になった『神実』は奪えない」と話していた。
今のカロンにはもう、洗脳や乗っ取り系の魔術が効果ないのかもしれない。
(じゃぁ、俺にリリムの淫紋は付かないのか。魅了も俺だけ効果なかったもんな)
ちょっと残念な気持ちになる。
折角、異世界に来たのだら、エッチな呪術とか魔法とかに、ちょっとぐらいはかかってみたい。
完全に腐男子的願望だ。
「フェリム、邪魔するなら排除するよ。カロンを渡すなら、フェリムも仲間に入れてあげよう。フェリムもリリムのお気に入りだからね。一緒に気持ち善くなろうよ」
レアンがフェリムに手を差し出す。
「一緒に、気持ち良く……?」
後ろでフェリムが息を飲んだ気配がした。
「フェリム、ダメだ! 煩悩に負けないで!」
フェリムに言われた言葉を、カロンはそのまま返した。
「当然です。レアン皇子は何もわかっていない。私が望むのはリリムの幸せです。その中に私が入り込む必要はない。カロンとリリムが二人きりでイチャイチャして気持ち善くなっちゃってる姿をのぞき見るのが、幸せなんです!」
言い切ったフェリムを、カロンは呆然と眺めた。
(そっか、フェリムって、俺と同じ腐男子なんだ。壁になりたい民だ)
リリムの幸せをひたすら願うフェリムのこれまでの言葉を、やっと本当の意味で理解した。
「時々、こっそり摘み食いする程度が、背徳感があって最高なんです! 堂々と抱かれても、嬉しくもなんともない!」
冥界でリリムに夜這いしていたフェリムだ。あれが、こっそり摘み食いなんだろうなと、カロンは思った。
「何を言っているのかわからないけど、フェリムはリリムを拒否するわけだね。なら、排除だ。カロンを渡して、速やかに死ぬように」
レアンが光魔法の矢をフェリムに投げつける。
フェリムが結界を展開しながら、飛び上がって矢を避けた。
「カロンは渡しません! リリムを元に戻して添い遂げてもらいます!」
レアンVSフェリムのバトルが始まった。
(何かよくわかんないけど、ヤバくないか、この状況。俺って、何しにここに来たんだっけ)
フェリムに抱えられたまま、カロンは混乱する頭を整理した。
(とりあえず、リリムを元に戻さなきゃ。リリムの中からメロウを追い出さなきゃだけど、核と魂が結合してるんなら、軟膏で虫食いと一緒に出せるはずで……)
不意に、リリムの背中が目に入った。
レアンにフェリムを攻撃させて、自分はラスを腕に抱いて悦っているメロウは隙だらけだ。
その背中から、蛇のようなウネウネしたモノが伸びていた。
(何アレ、もしかして、虫食い?)
「ラス、可愛い私のラス。もう放さない。永遠に愛し合おう。ラスと愛し合えるなら、この世界を私が維持しよう」
半泣きのラスに、メロウが頬を寄せている。
今のメロウに世界を消滅させる気持ちは、微塵もない。
(願望が叶ってメロウが世界の継続を望んだから、虫食いが出てきたのかな。今なら一思いに退治できるんじゃ……)
今のメロウは、この世界を消滅させたい虫食いが寄生できる存在ではなくなったのかもしれない。
「愛し合わない! そんな世界、ないから! メロウと我が愛し合う未来とか、どこにもないから! スリスリすんな!」
本気で嫌がるラスに、メロウが表情を落とした。
「なら、この世界は要らない。アメリア様を殺して、世界を消滅させよう。それがアンドラスの望みだろう?」
「我の望みは滅亡! 更地にして作り直すの! 全部、消滅させたら、作り替えできないじゃん!」
「消滅させて、何もない所から二人で新たな世界を造ろう。天使と悪魔が愛し合ってできた世界は、きっと美しい」
「美しくない! 消滅したら、メロウも我も死ぬんだよ、わかってないの? 馬鹿なの?」
「生まれ変わって、また作ればいい。これだけ愛しいのだから、きっとまた出会える。ともに世界を消そう。アンドラスと添えない世界は、嫌いだ。いっそ、二人で愛し合える世界に生まれ変わろう」
リリムの背中の虫食いが、うようよと動いてリリムの体に戻ろうとしている。
(メロウが世界を嫌った理由が、アンドラス……。天使と悪魔が恋できない世界に幻滅したのか。夢野先生……)
メロウが世界の消滅をもくろむ理由を聞いた時の原作者の言葉を思い出した。
『この世界が嫌いだから。何なら世界ごと滅べばいい』
アンドラスが手に入らない世界なら滅んでいいと、そういう発想なんだろう。
(発想が極端だ。この世界には、マジでヤベェ奴しかいねぇの?)
「あぁ、でも。こうしてラスを腕に抱ける喜びを感じていると、世界を滅ぼすのが惜しいと思えるよ。だってラスは永遠に私の従魔なのだから。泣いて嫌がりながら快楽堕ちするラスを眺めたい。気持ち良くなっている可愛いラスを見たら、世界を消滅させる気が失せそうだ」
メロウがラスの頬にスリスリする。
蒼褪めながら、メロウの腕の中でラスが震えている。
背中の虫食いが、また出てきた。
「私を咎めたアメリア様がアンドラスを私から奪うのは納得できないから、あの女神は今すぐにでも殺したい。でも殺したら、世界が消滅するからね。私の愛撫に泣いて喜ぶラスを愛でられなくなる。こうしてリリムもレアンもラスも手に入れた今では、とても悩ましいね」
背中の虫食いが出たり入ったりしている。
動きが悩んでいるような、苦しんでいるような様子だ。
(虫食いがメロウの感情にめちゃくちゃ左右されてる! 出たり入ったり繰り返してる! 今なら、虫食い退治できるんじゃないの)
カロンは手の中に弓矢を具現化した。
フェリムに抱えられたまま、リリムの背中を狙う。
カロンの弓を、レアンの光の矢が撃ち落とした。
「ぁっ!」
「ダメだよ、カロン。愛しいリリムを傷付ける気なのかな?」
レアンが余裕の笑みで攻撃を仕掛ける。
「流石、レアン皇子です。私とカロン二人程度、難なく相手をされますね」
「強キャラ設定、パネェな」
ミレニア王国随一と謳われる光魔法の魔術師の実力が、こんなところで遺憾なく発揮されている。
『カロン、聞こえる? カロン!』
耳の中に風が入り込んで、シェーンの声が響いた。
カロンは玉座に目を向けた。
倒れたままのシェーンが、こっそりとカロンに合図を送った。
『なんで、ここで倒れてんのか、わからなくて、迂闊に動けないんだけど。レアンがメロウに乗っ取られてるのは、変わらない?』
どうやら、リリムの魅了に掛かっていた間の記憶はないらしい。
ちょっと安心した。
現状、リリムがメロウになって、レアンはリリムの淫紋でリリムへの愛しか頭にない状態だが、説明が面倒くさい。
などと考えているカロンの目の端に、何か映った。
リリムの背中から、手が伸びている。
その手が一生懸命、虫食いを外に出そうとしている。
(え……? 何、あの手、メロウの手? まさか、リリムの手?)
出されそうになりながら、虫食いがリリムの背中に戻ろうとする。
虫食いを拒否るように、手が虫食いを外に出そうとする。
格闘しているようだ。
リリムの背中から黒い光が漏れ始めた。
「ぁっ……、なんだ。体が、熱い」
メロウが苦悶の表情を浮かべる。
ラスを抱き締めながら体を丸めた。
「ひぃ! どさくさに紛れて、くっ付くなよ。一人で苦しんでろよ!」
「リリム? 大丈夫かい、リリム。今、治癒魔法をかけるからね」
レアンがリリムに駆け寄った。
黒い光がさらに大きくなって、リリムとレアン、ラスを覆い尽くした。
「何? 何が起こって……」
三人を覆った黒い闇が、パァンと弾けた。
はらはらと美しい闇の欠片が舞い散る中で、背中に白い羽を持った生き物が呆然と立ち尽くしていた。




