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七章・悪夢の再来(2)

『伯母さん!! 早く連れて来て!!』

「うちの子を返してよ!?」

「ああっ!?」

 しつこく追いすがるカタバミ達を置き去り、ミナの呼びかけに応じて空へ浮かび上がるユカリの影。そのまま最短距離を突っ切ろうとする。

「行かせるか!! 誰か剣を!!」

「使え!」

 急降下をかけるストレプト。愛刀を投げ渡すミツマタ。ストレプトはそれを構えながらホウキの上に立ち、全速力で突っ込んだ。そして予想通りホウキが失速しかけた瞬間、柄を蹴って跳躍する。

(やはりか!)

 最初の戦いでこの影にやられた時からわかっていた。自分の命令に従い果敢に仕掛けてくれた部下達のおかげで把握できた。魔力障壁とは別に魔法を解析して無力化する力場が彼女の周囲に常時展開されているのだと。その領域は自在に形を変えるが、どうやら有効射程は最大でも二十ヒフ(メートル)程度らしい。だから効果範囲に入る前に跳んだ。

「スズラン様を放せ!!」

 絶対にスズランに当てないよう慣性に身を任せて落下しつつ狙い定める彼。

 次の瞬間、振り下ろした刃はユカリの影の左腕を肩口から斬り落とす。

 だが、それと引き換えに右手で心臓を貫かれ絶命した。

 強力な魔力障壁を突破した代償で凶刃も砕け散る。

『……』

 ストレプトの死体を投げ捨て、顔をミツマタに向けるユカリの影。左腕を斬られた際にスズランを落とし、彼に奪われてしまった。

 ミツマタは寒気を覚える。相手は影、目など無い。なのに、たしかにその視線から彼ですら身震いするほどの怒りを感じた。


『カエセ』

「阿呆、誰が渡すか」


 言い返しつつ、足下に落ちていた誰かの剣を拾う。


『カエセ』

「そもそも、おまんらのもんじゃなか」


 意識を失っている少女を地面に横たえ、その前に立つ。


『カエセ……!!』

「こいつは、ココノ村の雑貨屋の娘じゃ!!」

『ッ!』

 地面を蹴り砕き、一瞬でミツマタの懐に飛び込む彼女。

「がっ!?」

 彼にも魔力障壁は展開出来る。だが、この影が相手では無意味だった。連戦に次ぐ連戦で甲冑を失っていた彼の胴に肘がめり込む。カゴシマの狂戦士もこれには白目を剥き反吐を吐いて崩れ落ちるしかない。

 すると、その瞬間を狙って駆ける別の戦士がいた。

「御免ッ!!」

 ミツマタが攻撃された瞬間、ノコンが横合いから首を狙う。その一撃は見事にユカリの影のうなじへ吸い込まれる。

 そして止められた。渾身の力を込めているのに刃が食い込まない。魔法かそれとも深度の為せる技か、肉体の強度が飛躍的に上がっている。

 回し蹴り! ノコンはそれに対し、しっかり両腕をクロスさせ手甲で受け止めた。ところが甲冑ごと骨を砕かれてしまう。

「──ッ!?」

 盛大に吹っ飛ばされ地面を転がり気を失う彼。

 直後、ノコンを囮に背後から近付いたユリが絶対外さない至近距離で鉄蜂を抜く。狙いは“竜の心臓”ただ一つ。

(もらった!!)

 人間なら確実に死角となる位置。だが、その認識も甘かった。六柱の影は目で物を見ているわけではない。

「危ない!」

「!?」

 突然後ろに引き戻されるユリ。その眼前を手刀が通過する。先程ストレプトが切断した左腕はすでに再生してしまっていた。

(この影、他とは段違いに強い……)

 力が強いとか技が鋭いなんて話ではない。おそらくは深度の差。ミツマタが感じたのと同じ“怒り”を彼女も感じ取る。この激しい感情が目の前の影を強くしている。

 ユリを魔力糸で救ったのはスズランだった。目を覚まし反撃に出ようとした彼女に再び襲いかかるユカリの影。

「うぐっ!?」

 やはり魔法を無力化する相手では為す術も無い。弱っていることもあって簡単に襟首を掴まれ持ち上げられてしまう。


『──ロウバイ、スイレン! こうなったらアンタ達にありったけの力を注ぎ込む!!』


 スズランが勝利の鍵。そうロウバイ達から聞いていたアサヒは咄嗟に提案した。かなり心身に負荷をかける。だからこれまでは使わなかった最終手段。なのに魔女の師弟は即座に了承する。

「お願いします! スイレン、あれをやりますよ!」

「はい!」

 アサヒからこれまでよりもさらに強力な支援を受ける二人。本来の許容量と出力上限値を遥かに上回るエネルギーが体内で駆け巡り、全身の細胞に負荷をかける。

 なのに表情が変わらない。意識を一点に集中し、それだけに全霊を注いだ彼女達は糸を薄く鋭く研ぎ澄ました。


「一意専心!」


 あの異界の塔で師が見せてくれた一撃。そのイメージを自身の魔力糸に反映させ、さらにはクチナシに学び、剣士として培って来た技術も乗せて糸を走らせるスイレン。二人の放った斬撃は次の瞬間、ミナの影が両者を隔離するために発生させた水晶を切り裂いた。

 さらに二人の糸はミナの影の両腕をも切断し、再び地に這い蹲らせる。

『なっ!?』

「スズランさん!!」

 地面に落ちていた剣を拾い走り出すスイレン。魔力糸と障壁を組み合わせ弩弓を形成し槍をセットするロウバイ。


 ところが次の瞬間、彼女達は標的を見失った。


「ど、どれが!?」

「そうきましたか……!」

 ユカリの影と彼女に捕えられているスズランが無数に生じたのだ。何千何万体と戦場に出現する。加勢しようとしていたナスベリ、クチナシ、ドワーフやエルフの戦士達も突然の事態に硬直して動きを止める。

「幻術!? こんな大規模なっ!?」

 精度が高い上に広範囲すぎる。さらに虚像の影達は全てがミナの影に向かってゆっくり歩を進めた。

「クチナシさん!」

「!?」

 血を吐きながらも立ち上がったクルクマが、彼方から頼む。

「空を飛んでる化け物を斬って! 同じ種類が他にいるやつを一匹だけ!!」

 意図は不明だが何か考えがあるに違いない。察したクチナシはワイバーンもどきを一匹だけ切り裂いた。断面を晒しながら落下してくるその怪物を見上げ、体の構造を観察するクルクマ。

 次の瞬間、数匹のワイバーンもどきが彼女の異能の支配下に置かれ地上の一点を目指し急降下をかけた。まるでどこに標的がいるのかわかっているかのように。


 いや、実際にわかっているのだ。何故ならもう目印がある。


『ッ!?』

 自分の背に刺さった短剣に気付き、驚愕するユカリの影。

 モモハルの仕業だ。アルトラインから与えられた加護で幻術を見破り、転移して本物を攻撃した。

「スズを、はな……せ」

 その一言を最後に気絶する少年。トドメを刺す暇は無い。頭上からは操られた怪物共が迫って来る。

 ただし、これは陽動。

 ユカリの影は冷静に回避して怪物の一匹を掴むと、ぼろきれか何かのようにそれをロウバイに向かって投げつけた。

「なっ!?」

 クルクマの攻撃を避けた瞬間、その隙をついて射出した槍。それを弾かれ、さらに投げつけられた怪物の下敷きになるロウバイ。

(先生!?)

 師の安否が気になったが、それでも迷わず踏み込んで行くスイレン。しかしその刃にもカウンターを合わせ拳を叩き込むユカリの影。背中まで突き抜けそうな衝撃が腹を貫く。

「ッは……!?」

「っ!!」

 遠隔斬撃を放とうとしていたクチナシは咄嗟に手を止めた。敵が攻撃の動作を利用してスイレンを盾にする位置へ滑り込んだからだ。鉄蜂を構えたナスベリも舌打ちと共に射角を取るべく走り出す。

『!』

 影は風の魔法を使い、スイレンをクチナシに向かって撃ち出した。そしてすかさずミナの影へと接近する。スズランを抱えたまま。

「待て!!」

 ナスベリの撃った宝石弾は距離が遠すぎて外れた。ゴーグルによる視線誘導が出来ない今、この武器の有効射程は二十ヒフ程度しかない。そもそもユカリの影相手では魔法無効化の力場に入った途端、視線誘導を切られてしまう。


「でえいやああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 とうとうミナの影の目の前まで迫った彼女にユリが斬りかかる。必ずここへ来ることはわかっていたから先回りしておいたのだ。ドワーフの戦士達も同時に仕掛け、エルフ達は矢を放つ。スズランに当たってしまってもいい──巨獣達と戦っているアルトラインから、そう指示を受けた。


『彼女が取り込まれると、全ての界球器が滅ぶ!』


 事ここに到り、ようやく彼の予知能力がその未来を捉えた。ミナの影の思惑を理解して非情な決断を下すしかなかった。この世界の存亡よりさらに重大な危機を防ぐことが重要だと判断した。

 ユリ達の攻撃は全てユカリの影に突き刺さる。全身が震え、魔素で構築された体の分解が始まり、倒したと確信する彼女達。

 ところが凄まじい衝撃を受け、弾き飛ばされる。

「えっ……?」

 まさかと思った瞬間、ユリの視界に映り込んだのは無傷でスズランをミナの影の頭部に押し当てる敵の姿だった。またしても幻術でこちらの目を欺き、油断したところで一気に薙ぎ払ったらしい。

 ユカリの影に接近した者達は全て倒れた。遠距離から援護しようとしていた者達もその瞬間に敗北を確信する。

 スズランの体は、完全に黒い影の中へ沈んだ。

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