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最終話

 久しぶりに、酒を飲んだ。

 その酒は、苦く、不味い。 こんなに飲んだのはいつぶりだ。 確かノノの両親が結婚した日に……と、ロウは不味い酒を飲んで、思い出した。


 ロウが飲んだ酒は、どれも祝杯だった。 あいつか迷宮を攻略した、誰かが彼女が出来た、仕事がマトモに入るようになった、親友が結婚した。

 そんな中で飲む安酒は美味かった。


 だが、ロウはその美味さを求めてではなく、ただノノのことを忘れるために酒を飲んだ。


「どうしたんだい、旦那。 酒なんて飲んで、珍しい」


「……うるさい」


 普段ならどれだけ苛ついていたとしても、お巡りさんとしての生業のためにヘラヘラ笑って軽口を叩くぐらいしていただろうが、今のロウにそれだけの余裕はなかった。

 そんなロウの様子を見て、話しかけてきた男は、ロウの変わりをするように口元に笑みを浮かべ、軽口を叩く。


「失恋でもしたか?」


「……」


 ぐび、と喉を鳴らしながら酒を飲んで、飲んで、男の言葉を聞き流した。

 そんな関係ではなかった。 そう否定しようとして……ロウは一つの疑問に気がついた。


 「俺とノノは、どういう関係なんだ?」人間関係として、根源的て当たり前のそれを把握していなかった。

 父親代わりだと思っていた節もあるが、父親というにはあまりに酷い、三日に一回は帰って来ない、まともに何かを教えてやることもしていない、優しく接することもしていない。

 だから、自分の元から離れたのか……と思ったが、ノノには、もう一人ちゃんとした父親がいたな。

 あいつの代わりにはなれないだろうと、ロウは思った。


 父親ではないとしたら、なんだ。 近所のおっさん、としたら世話の焼きすぎだ。


「女心と秋の空ってな。 フられるときは、簡単にフられるもんさ」


「……あいつは、そんな移り気な奴ではない」


 ロウがそう言うと、男は嬉しそうに笑った。


「やっぱり女か。 難しいよな、女ってのは」


 ロウはその言葉に顔を顰める。 自分が悩んでいるのは、女ではなく娘、いや、娘でさえないのか。


「ああ、難しい」


 そういうことで、いいだろう。 性別はあれでも女で間違いはないのだ。

 酒を飲み、飲む。 ツマミを注文して食らうこともなく、ただひたすらに酒を煽り続ける。


「女ってぇのはなぁ、こう、ガツンとな! 俺のスケになれっていやぁよぉ!」


 随分と出来上がっている横の男を無視して酒を飲む。

 ドンドン飲んで行き、おっさんが二人して悪酔いしていくが、噛み合っているようで噛み合っていない会話がなされていく。


「女ってのは! こう、一発揉んでやれば堕ちるのよぉ!」


「揉む……やはり揉み手でもしてご機嫌を」


「おう、気持ちよくさせるには揉む手には気を使って、ご機嫌取らねえとなあ」


「だが、そうすると、こちらが下手に出ることに……」


「そう言うときはな! こっちのを舐めさせてやればいいんだよ!」


「舐めさせるのか? 下手に出たうえ舐めさせるとは、こちらの威厳が……」


「舐めさせたら、そりゃ気持ちいいぜ」


「本当か……? ものすごく困るような気がするが」


「何が困るんだよ、もしかして旦那、経験ないのか?」


「それは当然舐められた経験はないが……。 誰にも舐められないように気は使っているのだから。

まぁ、こうして話しているんだから、お前には舐められるかもしれないが」


「舐めねえよ! 気持ち悪いな!」


「んぁ? そうか、お前いい奴だな」


「いや、普通旦那を舐めようとするやつはいねえと思うが……」


 延々と話が通じているようで、通じていない二人は、男が飲みすぎて倒れるまで話続けた。

 飲みすぎて倒れた馬鹿な男は、飲みすぎても倒れられないアホな男にこう言った。


「女、取り返してこいよ」


「……ああ」


 腐っている場合では、ないらしい。 最後に煽った酒はそれほど不味くはなかった。

 ロウは酔っ払った頭を冷やすために、ノノの魔道具の一つを腰から取り出して、腕に付けている魔道具と付け替える。


 そして発動して、頭の上から大量の水を浴びる。

 全身を水浸しにしたそれが、酒気を払うように酔いが醒めていく。 酔いだけではなく、濁っていた頭の中や、腐っていた魂が洗い流されたようですらある。


「とりあえず、知り合いに聞き込みだ。 一人ぐらい見てる奴もいるだろう」


 何のために、また少女に会いに行くのかは、彼自身理解していない。

 自分のためか。 だとすると、面倒を背負うことになるだけで得なんて一つとしてなく。 少女のためとすると、事実を知って尚、自ら望んで行った少女を止める意味はない。

 あるいは死んだ親友のためか、世界のためか。 どれも納得した答えにはならない。


 だが、理屈がなくてもするべきことは決まっていた。


 朝焼けがする迷宮都市の中で、一人一人、ほんの少しの証言を掻き集めてくる。

 ノノの姿が見られている必要は必ずというわけではない。 工房を丸々移設する規模の移動だ。 そんな物を運べば必ず見られる。


 何処に向かうのかは分からないが、どの方向に向かって行ったのは分かった。


 全身に装備した魔道具。 それを手に触れていき、問題はないか、覚悟があるかを確かめる。


 相手は、あの親友が作り出した戦闘用の魔道具を幾つも所持している。 幾つかは売り払っているかもしれないが……勝てる敵か?

 ロウは首を横に振る。


 行こう。 行くしかない。 ロウ=ルルは迷宮都市から抜け出した。

 道中、都市の外であるために魔物が出現する。

 勿論、そう弱い魔物ではないが、ロウは十年もの間、迷宮都市の荒くれ者と相対してきている。 迷宮で魔物を狩り続けている化け物相手に勝ち続けている、もう一つの化け物。 それがロウであり、この程度の魔物など、数十でかかってきたところで物の数ではない。


 襲い来る魔物を拳で殴り飛ばし、その豪脚で踏み殺す。

 首元へと飛び出してきた魔物の頭を掴み止め、別の魔物へと投擲する。


 明確な強者。 圧倒的な武力、暴力。

 そのまま倒れている魔物の元に歩いていき、その脳天に拳を振り下ろす。

 魔物は頭蓋が砕け、死に至る。

 武器も魔力も必要とせずに、強い。


 確かな自分の実力を確かめながら、頷く。


 何日かかけてノノがいる可能性のある街に辿り着き、そこを練り歩く。 宿に泊まりながら、街の端の端から虱潰しに探していく。

 街のある一角、鼻に入る、嗅ぎ慣れた匂い。 ノノがよくメッキの材料として使っている常温で蒸発する金属の匂いだ。

 ロウはほんの少しだけ立ち止まり、息を吐き出した。


「……何故だ、ノノ」


 それを確かめに来たのに、寸前のところで戸惑いが産まれる。

 迷いが抜けきらなくとも、やるしかない。


 ロウは真昼間から、屋敷正面から、その門に手を触れた。 鉄製の成金じみた装飾が凝らされている門。 ロウがその門の鍵を持っているわけもなく、無警戒に鍵を開けっぱなしにしていることもない。

 だが、ロウはこじ開けた。 曲がりくねった鉄の門を後ろに、屋敷の扉に手を当てる。


 その門の錠の部分に手を突っ込み、錠ごと毟りとって解錠する。 下手に違うところから浸入しようとするよりも、迅速且つ静かに浸入を成功させた。


 鼻を動かすようにして息を吸い、金属メッキの匂いの元を辿る。 一つ部屋に辿り着き、その扉に手をかける。 一度息を吐き出してから扉を開く。


 より強くなる、嗅ぎ慣れた匂い。 しかしそこにノノはおらず、ノノが使っていた器具や機材のみが残っていた。

 これがここにあるということは、ノノはこの屋敷に住んでいることは間違いなさそうだ。

 武器の一つもなければ、不安かと思い、工具に手を触れて、そのまま離す。

 武器として使えるが、武器ではない。 ロウはそのまま部屋を後にして、扉を閉める。


「面倒くさい、しゃらくせえ……」


 足を振り上げて、床へと叩きつける。 地震が如きの揺れが屋敷に発生して、辺りから物が崩れる音がする。 そのまま大きく息を吸い込み、吠えた。


「ノ、ノォォォォォォォオオ!!」


 またビリビリと、ロウを中心として屋敷が揺れる。

 ロウは頭が悪い、小難しく何かを考えて行うよりも、ラングをぶっ飛ばしてからノノと話をする方が早い。


 その考えは、あまりに甘かった。

 腹に違和感、その後焼き焦げた匂いがして……自身の腹が焼かれたことを気がつく。


「ぐうぅっっだぁぁああ! ってぇなあ!」


 焼かれた腹の火傷と炭の位置から、方向と距離を割り出し、そちらに跳ねる。

 空中で身体を動かし、身体の向きを変える。 右足の具足の魔道具から土を生み出し、左足でその土に触れて魔道具の力でそれを均す。 その空中で均したその土の塊を蹴り、二撃目を避ける。


「ーーッ! 化け物が!」


 ラングはそう叫び、向かってきたロウを迎撃するために剣を引き抜いた。

 剣と拳がぶつかり合い、砕けた鉄の破片が飛び散る。


「ラング!」


「ロウ=ルル! 何故お前がここにきた!」


 来るはずがない。 少女は少女自身の意思でここに来たのだから、ロウの性格上、追ってくるはずはなかった。

 ロウに追って来させないために、面倒な説得をしたのだ。


「知るか!」


 ロウは自身の行動理由すら理解出来ていない。

 ラングは砕かれた剣の柄に魔力を込めていく。 ノノの父親から盗んだ魔道具、ラングが全身に身に付けている、その一つ。


 砕片の鉄刃。 それに込められた魔術式は、刃の生成。


 ロウの拳に砕かれた刃が侵食するように伸びて、元の姿を取り戻す。

 単純に壊れても直る魔術でしかないが、それによりもたらされる戦況への影響は尋常ではない。


 二撃目のロウの拳、それとぶつかり合ってまた砕ける、三撃目、四撃目、鉄刃は砕けても、新たに生成され続ける。


 剣士としての才能も実力も、目の前のロウと撃ち合えるだけの実力はなかったが、上手くなくともそれだけの魔道具があれば、戦うことは不可能ではない。

 接近戦では不利と判断したラングは、右足に付けられたアンクレットの魔道具を発動させる。


 一飛の足輪。 効果は、進行方向に強力な追い風を発生させること。

 後ろに跳ね飛ぶのと同時に発生する、追い風に押されて加速する。

 運動能力が高いロウが前に跳ぶのよりも速く後ろに行き、左腕に付けられた魔道具を発動する。


 熱線の腕輪。 ロウの腹を焼いた、火の魔術の魔道具。

 その炎熱を発生させる速度、それが空気を焼き進む速さ、一流の魔術師が発生させた魔術にすら匹敵する。

 魔道具ゆえに一つの魔術のみしか扱えないが、魔道具だからこそ、その発動速度は圧倒的。


 連射。 低威力。 高速。 無理に突っ切ることは不可能であり、ロウは屋敷を破壊して移動しながらラングに追い縋る。

 ラングの火の魔術の隙間を縫うように、ロウは一つの魔道具を投擲する。


『きゃー! 痴漢よー!』


 投げ付けられたラングの左腕に付き、優先される魔術式が変わる。


「チッ」


 破壊すれば終わりだが、戦闘の途中で破壊出来るほど、ロウは甘い相手ではない。

 右手に持った剣により魔力を注ぎ込み、刃を伸ばす。


「ぶっ、殺す!」


 ラングは魔力と殺意を込めながら剣を振るう。 それと同時に足の魔道具を発動させて、前に跳ぶ。


  常識外れの加速からの斬撃、ロウの身体に縦の線が入り、たたらを踏み、蹌踉めく。

 ラングはその隙に、ロウが投げて腕に付いた魔道具を破壊し、再び火の魔術を発動させるが、目の前に石造りの壁が現れてその魔術が防がれる。


「……なんだ、これは」


 ロウが呟き、それから離れる。 魔術であることは間違いないが、誰が放ったものだろうか。 決まっている。


「ロウ! なんで来たんだ! アホ!」


 振り返れば、会いに来た少女が、そこにいた。

 いつも見ていた作業着姿ではなく、幼い少女らしい服装のノノが、怒りに肩をあげて。


「お前に、会いに来た」


「なっ……! もう、アホ! ロウのアホ! 僕の計画が台無しだ!」


「計画ってなんだよ!」


 顔を真っ赤にして叫ぶノノがロウの元に駆け寄り、その小さな身体を広げてロウに抱き着いた。


「うるさい! 誰が言うか! アホのロウ!」


 ロウは罵倒しているノノを抱き、後ろへと跳ねた。 直後に破壊される岩の壁。 ラングは左足の具足の魔道具を発動させていた。


「……やっぱり、無理矢理作らせた方が早いな」


 岩崩の具足。 土属性の魔術により硬度などを無視して、問答無用で土属性の物体を破壊する魔道具。

 やはり、強い。


「ノノ、今なら、そいつを殺さないでいてやるよ。

お前が俺の言う、魔道具を作ったならな」


「ノノ、言うことを聞くなよ。 あいつより、俺の方が強い」


 二人の男の言葉を聞いて、ノノは迷う。

 本当にロウが勝てるのかを、推測する。 二人の男は、同系統の戦士である。

 魔術を不得意とする接近戦に向いた戦士ではあるが、魔術に使うための魔力だけは十全にあるために、魔道具も使用することが出来る。

 一部では魔装戦士とも呼ばれる戦闘方法である。


 その戦士の強さの源は二つ、本人の強さ、そして魔道具の強さ。 本人の強さはロウの方が強いだろうが、魔道具はロウのはノノお手製のゴミで、ラングの魔道具は人を殺すのに向いているものである。


 ロウは勝てない。 ノノはそう判断を下して、一歩前に出た。


「ノノ!」


「そうだ、来い」


「もういっそ、僕が戦った方が早いな」


 二人の男の言葉を否定するように、トン、とノノは足で地面を叩いた。

 瞬間、轟音と共にラングが立っていた空間が爆ぜた。


「……は?」


 間抜けな声がロウの口から漏れ出た。

 そんなロウを馬鹿にするように鼻で笑い、綺麗に整えられていた髪を掻き毟り、いつものようなボサボサな髪へと変える。


「僕も、いつまでもここにいるつもりはなかったから。 色々仕込んでいたんだ。 ほら」


 そう言ってから、ノノは床のタイルを捲り、その下とタイルに書いてある紋様を見せた。


「魔術式……」


「もうここは、僕の空間だ。 やるのか? ラング」


 そう言ったのと同時にノノに向かって熱線が飛ぶ。 ロウがそれを庇い、右腕が焼かれる。


「ロウ! ……分かった、徹底的に、やってやる!」


 ノノが壁に手を着いたのと同時に、ラングへと風の刃が迫り、違うタイルを踏めば水が吹き出る。

 ノノはひらひらと舞うように動き、そこらに魔力を込めて、徐々にラングが追い詰められていくが、ラングの右足の魔道具によりギリギリではあるが避け続ける。


「ッ! 無茶苦茶しやがって! クソガキが!」


 ラングはその惨状を生み出してる元に駆ける、が、ロウが間に割り込む。


「家に落書きするのは、子供の特権ってなあ!」


 ロウは拳でその剣を砕き、ラングを頭を握って、剣の魔道具を殴り壊し、腕に魔道具を握り壊して壁にぶん投げる。

 ラングは壁にぶつかってから、その身体を起こして左脚の魔道具により、足に魔力を込めて地面に叩きつけることで石造りの家を破壊する。


「なら、クソガキのイタズラを叱るのも親の特権だろうがよ!」


 容赦なく崩れ落ちる屋敷。 ノノの母親はいないのか、ラングは気にした様子もなく一人で離脱する。

 ロウはノノを抱きしめて、少女に囁いた。


「大丈夫だ。 守ってやる」


「ロウ……でも、一人でならーー」


 逃げられただろう。 そう言い終わるよりも前に、崩れ落ちた屋敷の一部がロウの身体中に突き刺さる。


「ロウ!ロウ!」


 屋敷が完全に瓦解し、その中でノノは男の名を呼ぶ。 ロウは自身に乗っかっている瓦礫を筋力で無理矢理押しのかして、ノノの頭を撫でた。


「大丈夫だ」


「そんなわけ……!」


 だが、まだ戦闘は終わっていない。 ロウが全身に深い傷を負っていようが、戦いは続く。

 ノノに向かって、ラングが飛びかかった。 ノノを狙えばロウがそれを防ぎにくる。

 何度も成功したその目論見はまたも成功し、ロウの腕に隠し持っていた短剣が突き刺さる。


「俺の、勝ーー!」


 ここまでやられれば動けはしないだろう。 そんな油断、一瞬の隙。 ロウの傷だらけの腕がラングへと伸び、掴んだ細腕を、握り潰した。


「ッーーーーー!! があっ!!」


 ラングは痛みに呻き、その一瞬でロウの拳がラングの腹に突き刺さった。 肺から余すことなく吐き出される空気、ロウは連続で拳を振るい、ラングの顔面がひしゃげる。


「お前は、生かしてはおけない」


 生かしておけば、またノノを狙いにくる。 間違いなく。

 だから、殺す。


 ロウの血だらけの汚れた背中に、少女が抱きついた。


「駄目だ! ロウ! 殺しちゃ、駄目だ!」


 ロウの動きは止まらない。 ラングの身体を蹴り飛ばし、殴り潰す。


「お前は僕達が作るような武器じゃないんだ! その手も足も、攻撃するためのものじゃない筈だろ!

僕はロウが人を殺す姿なんて見たくない!」


 その言葉に一瞬だけ、ロウの動きが止まった。

 瞬間、ラングが魔道具の力を発揮し、傷だらけのロウでら反応しきれない速さで脇をすり抜けていく。 ノノを奪い取って。


「……ッ! ノノ!」


 潰れた顔面を歪ませて、ラングは笑み、叫んだ。


「これで俺の勝ちだ! ロウ!」


 ラングはノノの首に付けられていた魔道具を引きちぎるようにして奪う。

 ロウにはその魔道具に見覚えがあった。 ラングが来た日、ノノが嬉しそうに触っていた、二年の歳月を掛けて生み出されたノノの最高傑作の魔道具。

 信頼するロウにすら、その魔道具の力は教えず、渡そうとはしなかったものだ。

 勿論ラングも、共に過ごしていた期間にこの魔道具を奪おうとしたが、他の魔道具に比べても、より一層大切に厳重に管理しているために奪うことが出来なかったものだ。


「それは……!」


 ロウが唸り、ノノが叫んだ。


「それは駄目だ! それだけは止めてくれ! 使うなぁぁぁぁああああ!!」


「いいや、使うぞ! 死ね、この世から消え去れ! ロウ!」


「いやああああ!!」


 ノノがそれから起こる惨状を予測し、目を閉じてうずくまった。

 ロウがどうにか防ごうとしている間、ラングが魔道具に魔力を込めた。



『ノノ……好きだ。 愛している』



 首飾りの魔道具から発せられた、低い男の、ロウの声。


「あ、ああ……」


 ノノの絶望を秘めた声、真っ赤にした顔。

 ロウは呆気に取られてラングの顔を見る。


 ラングだけは、最高傑作が「声を出すだけの魔道具」であるという状況が飲み込めずに魔道具を見た。


「ああ、不発? か? もう一度だ! 死ねぇ! ロウ!」


『ノノ、可愛いよ。 愛してる』


 魔道具から、再び発せられるロウの声。


『あいらぶゅー、ノノ』


『俺も愛してるよ、ノノ』


『ノノ、結婚しよう』


 様々なバリエーションで、ロウの声が発生する。


「うわああああああ!! 止めてよ!! 止めてくれええええ!!」


 現実を見れていない二人に、ロウがゆっくりと近づいた。


『ノノ、今夜は寝かさないぜ☆』


「にゃぁぁぁああああ!!!!」


 ノノはトドメを刺された。


「何故だ! こんな筈では!」


 ラングの脳天に、ロウの鉄拳が振り落ちた。

 どういう幕切れだったのか、ロウは溜息を吐き出してから、地面にうずくまっているノノに手を伸ばす。

 ノノは涙目でロウを睨んでから、いそいそとラングの手から魔道具を回収する。


「じゃあ、トドメを刺すか」


 ロウがそう言ってから拳を握りしめた。 今は気絶しているが、また起き出せば厄介だ。 あの工房の位置もバレている。


「それは、駄目だ」


 まだ精神的なダメージが抜けきっていないノノは、うずくまりながら言った。


「だが、こいつは殺さないと、また同じことが起こる。

いや、次は最初から武力でくる。 ノノとはずっと一緒にいられるわけではないのだから、潰しておかなければ」


「なら!」


 ノノは真っ赤にした顔をロウに向けて、涙目を拭いながら言った。


「ロウがずっと一緒にいてくれたらいいじゃないか!」


 ははは、とロウから低い笑い声が漏れ出た。 そこまで言われて、あんな魔道具を二年も掛けて作られていて、ノノの気持ちに気がつかない訳もなかった。

 今思えば、痴漢撃退魔道具、見てるぞの魔道具、などの低い男の声を出す魔道具は、最高傑作の魔道具を作り出すための試作だったから、あんな低い男の声だったのだろう。


 ロウはほんの一瞬だけ考えてから、地獄の親友に向かって謝った。


「……ああ、分かった」




◆◆◆◆◆


 ガタ、ゴト、ガタ。 カチン、コチン。


 馬車が揺れる音と、ノノが簡単な魔道具を作る音を聞きながら、ロウは馬車の外に見える空を見る。

 これで良かったのだろうか。 良いわけがないのは分かっていて、自身の腕にべたりとくっ付いている少女にバレないように溜息を吐き出した。


「なんで、こんな面倒なことをしたんだ。 母親がどうとかって話でもないんだろ?」


 手持ち無沙汰で、横に感じる暖かみから意識を背けるために少女に声をかけた。

 少女らしい甘い声が、ロウに返される。


「だって、ロウが言ってただろ。

『ノノはいつか結婚するんだから、俺と一瞬に暮らしては駄目だ』

ってさ」


「それは言ったが……」


「でも、ロウは僕のことを、その相手として見てくれない。 だから……しばらく離れて過ごして、大きくなったら、ロウに会おうと思って……」


 行動力がありすぎるだろう。 自らの恋の成就のために、自身を利用しようとする者を利用するとは。

 無茶苦茶だ。

 だが、結果として、非常に不本意ながら、ノノにとって最上の結果になっている。


 ロウはノノの頭を撫でて、力なさげに笑った。


「女って、こええな」


 そう言われたノノは、嬉しそうに言い返す。


「あっ、やっと女って認めてくれたな!」


 ロウはぐったりと、馬車の背もたれに体重を預けた。 結果として、大人三人が小さな子供にしてやられたのだからそれも仕方ないだろう。



「大好きだぞ、ロウ」



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