空腹の野球部員
OLが居なくなって空いた席は学ランを着た男の子が座った。坊主でエナメルを肩にかけていたから、おそらく野球部だろう。
廣瀬も高校の時は野球部だった。朝練をして、授業は寝て、夜遅くまで練習。今思えば相当きついことしていたにもかかわらず、当時はあまりきついと思わなかった。強豪校にいたため、三年間で公式戦に出場したのは片手で数えることができるくらいだったが、振り返ってみると毎日が楽しかった。俺もこんな時期があったと感傷に浸っていた。
すると、男の子がエナメルの中から、菓子パンを取り出した。朝食を食べていなかったのだろうか、菓子パンを食べ始めた。電車で化粧の次は飲食かと考えていたら菓子パンの匂いが廣瀬の鼻腔を刺激した。それと同時に、廣瀬は驚いた。その男の子が食べていたのは、カレーパンだったのだ。廣瀬は周りの乗客を横目で窺った。どうやら周りの乗客も気づき、冷たい視線を男の子に浴びせている。カレーパンの匂いを嗅いで、無性に食べたくなってきた。廣瀬は鍵探しに時間を追われて、朝食をまともに摂っていないのだ。コーヒーを飲みながら新聞を読むというルーティーンも行うことができなかった。
カレーパンを食べ終わったと思いきや、男の子はまたエナメルの中を探って、次の食べ物を取り出した。次はなんと肉まんであった。廣瀬はにおいのするものばかり買うなと男の子に言いたかった。男の子は美味しそうに食べ始めた。どうやら周りの視線に気づいていないようだ。幸せな奴だなと眺めていたら、王子駅に到着した。男の子は口に肉まんを頬張りながら、降りて行った。それと同時に、廣瀬は自分も高校生の時に電車で食事をしていたことを思い出した。