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ネットの声は「乗算」で測られる


経済でも芸能でも政治でも、ネットでの世論形成において、「その情報に触れる頻度が高い=発信者が多いとは言えない」のは周知の事実だと思う。


それ自体は、どうと言うこともないし構わないのであるが、そこにあるのは、「声の大きな少数派」を取り上げる力であり、また同時に、その『声の総量』を等価に扱ってしまう仕掛けである。


声の総量とは、「多数の人間 × 少ない発言」と「少数の人間 × 大量の発言」を、どちらも「かけ算」の結果として同等に扱ってしまうと言うことだ。

もちろん、実際のネットでの浮き沈みはそんなに単純な物では無いが、基本的な概念としてはそうなる。


そのために、大勢の人間が心の底で同意していても「口に出すほどの大袈裟なことじゃない」と考えて発言しなければ、その声の総量は極めて小さくなる。

「ゼロ」に、どれほど大きな数をかけても結果はゼロなのであり、音量ゼロのスピーカーが幾つ置いてあっても、聞こえるのは周囲の風の音だけだ。


逆に、少数の人間であっても強烈な意思と行動力を持って広範囲で騒ぎ続ければ、その声の総量は大きくなり、あっという間に「サイレント・マジョリティ」の意見を覆すことができる。


「そんなの言うまでも無いことだ」とか「自分が口に出さなくてもみんな思ってることだろう」などと考えてじっとしていると、ビックリするような「集計結果」が発表されたりするわけだ。


それが実在しない幻の世論であっても、ひとたび世に出れば「集計結果(たすうけつ)」としての重みと力を持つことは言うまでも無い。


特に人間は「正の感情」よりも「負の感情」に強く反応する『習性』を持っているので、往々にしてネガティブな主張を声だかに叫ぶ人間が流れを握るという事態が発生する。


なぜ世の中に「プロのアジテーター」は存在するのに、その逆は存在し得ないのか? その理由は明白だろう。


念のために書いておくが、この問題を単純に「意見表明しない方が悪い」というだけで片付けるのは視野狭窄というか、片手落ちな発想だと思う。

また、検閲や言論封殺とは異なるベクトルなので、そこは取り違えないようにしたい。


力関係の対等な仲間内数人でランチに出た時に、本当は自分の食べたいものがあったのに意見を言わずに多勢に迎合しておきながら、いざ店に入ってからブチブチ文句を言い出す、というケースなら「言わない方が悪い!」と糾弾されても仕方ないが、それとは訳が違う。


ちなみに私は、どうしても周囲と折り合いが付かない時は、ふいっと単独行動を取ってしまうという食えない奴であるが、この頻度がある閾値を超えると、『そもそも誘われなくなる』というステータス(ぼっち)に突入するので少し危機感を抱いている。



ともかく、社会に対する意見表明には何らかのメディアを活用することが必須なのだが、現在の「少数の人間 × 大量の発言」を浮かび上がらせてしまう仕組みは、コミュニケーションテクノロジーの技術的な限界を突いたものであり、従来であれば「生身の人間一人」では不可能な影響を社会に与えていると言えるだろう。


そこには、テクノロジーによる『増幅効果』が確実に介在している。


ネットの掲示板やコミュニティにおいて、悪意ある少数の人間が仕掛ける「荒し」や「炎上」が可能になるのは、この増幅の仕組みを活用するからだ。


もちろん、個人の悪意だけではなく、ヒット商品を生み出す広告やブーム作りも同じようにメディアの増幅効果を活用しているのだが、裏を返せば、「大規模な広告活動」を実現する費用とエネルギー、そしてノウハウを投入すれば、誰にでも、あるいは大抵の事象において、狙った方向に世論を誘導していくことは可能になる。


これが、ネットに限らず、1対nの情報伝達を可能にするコミュニケーションテクノロジーが本質的に持つ、『バイアス』と『増幅』の暗黒面だ。


まあ、文句を言うだけでは仕方がないというか、問題であるならば解決策を考えなければいけないのだが...


できるだけ多くのアクセスを、分散させずに一カ所に集めた方が経済効果が高くなる、広告配信モデルをベースとしたネット(特に検索エンジンと各種ポータル)の運用形態では、現在の支配的な企業たちに、これを解決しようとする意欲が浮かばないのは当然でもある。


とは言え、政治思想とはまったく関係なしに経済活動の面から考えても、サイレント・マジョリティを弱い群衆と片付けることも、ノイジー・マイノリティを邪魔者扱いすることも、共に正解ではないはずなので、面倒だからと目を背けずに、このあたりをきちんと解決していく情報テクノロジーが必要だと考える今日この頃だ。


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< 逆に言うと、本質的な「少数意見の尊重」という仕組みはネットには存在しない。少数意見の尊重は「倫理」であってルールではない。倫理の履行にはシステムではなく意思が必要である。>


< 私個人としては、「(意見や要望を)言わない方が悪い」と主張する人物はあまり信用しないことにしている。これは感情的な物ではなく、社会理論の導くところの当然の帰結だ。>


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