早朝の出発(イラストあり)
★ページ途中に、登場キャラのイメージイラスト(AI生成画像)があります。
と、なると――
アズキ・リアノン・キーガン様以外で、現在の侯爵家の屋敷において、僕が話をしたい相手はクラウディのみだ。僕のクラウディに対する感情は、以前よりは、間違いなく複雑化している。けれど、彼の戦士としての技量はもちろん、その高潔な人格、騎士としての姿勢そのものへの信頼は、僕の中で少しも揺らいではいない。
ドリスとキアラがメイド服から従来の冒険者の服装へ着替えている間に、僕はクラウディへ会いに行った。
……これまでの経過もあるし、彼との面会には、いろんな意味で緊張を覚えるな。
騒然とした屋敷で、多忙な身であるにもかかわらず、クラウディは快く僕の訪れに応じてくれた。
「なるほど。メイドのシエナも行方不明になっていて、彼女は今、トレカピ河の北へと運ばれていっている……。貴重な情報です。報告者である冒険者のドリス殿には、その手柄に礼を申し上げねばなりませんね」
「はい。それで、僕とドリスの考えでは……シエナさんがそうなっている事と、オリネロッテ様の失踪は、無関係とは思われません」
シエナさんの件については、薄い関心しか示さなかったクラウディ。しかし、僕がオリネロッテ様の名前を出すと、その瞬間から、彼の表情は一気に厳しくなった。
「サブロー殿は、オリネロッテ様の御身もタンジェロの地にある……と、推測されているのですか?」
「少なくとも、そちらの方向へと連れ去られた可能性は、充分にあると思います。僕は今から、シエナさんの跡を追います」
「承知しました。北の方面に関しては、サブロー殿にお任せします」
「え?」
確実では無いものの、オリネロッテ様の行方を掴める見込みがあるのだから、クラウディも僕らの追跡に同行するに違いない。もとより、クラウディはタンジェロ大地に土地勘がある。過去、その地へ赴いて、伝説的なモンスターであるマンティコアの征伐もしている。愛用の長剣である《久遠の月光》で、ぶった斬ったのだ。したがって、今回も――
そう考えていた僕は、クラウディの返答を耳にして当惑した。
クラウディが、僕の顔をジッと眺める。
「万が一、オリネロッテ様がタンジェロへと誘拐されていたとしても、その地へサブロー殿が駆けつけてくれるのなら、自分は安心できます」
「クラウディ様……」
「しかし、オリネロッテ様がタンジェロに居られるとは、必ずしも限りません。だったら、自分は別の場所で動いたほうが良い。まずはナルドットの街中を、徹底的に調べ尽くすつもりです。そのあと、街の周辺へと捜索の手を伸ばします。――それが、正しい判断でしょう」
クラウディの説明を聞き、僕は頷く。
確かに、僕はミーアとシエナさんのことばかり考えていたが、2人がタンジェロに掠われているにしても、オリネロッテ様も同様の状態になっているかは、保証できる話では無い。
だとしたら、僕とクラウディは別々に行動するのが、理に適っている。
もともと、シエナさんへの想いの傾斜や、ドリスの有能さに対する評価では、僕とクラウディには大きな差がある。そのため、クラウディは、このような結論に達したのだろう。
そういった前提があるとはいえ、たった今、クラウディから発せられた言葉――『その地へサブロー殿が駆けつけてくれるのなら、自分は安心できます』――が、心に響く。
クラウディは、とても僕を信用している。場合によっては、オリネロッテ様のことを任せてくれるほどに。それが嬉しくもあり、恐くもある。
そして、僕が伝えた情報を、クラウディはナルドット侯爵や騎士団長へ相違なく報告するのか? しないのか? ――そのあたりの彼の考えが、少し気になる。
謹直な騎士であったはずのクラウディだが、次第に組織の枠組みに囚われず、独自の思惑で動くようになってきている……そんな印象を彼へ抱く。
クラウディが話を続ける。
「ナルドットと、その周辺……他には、自分は王都へも注意の目を向けるつもりです」
「王都ですか?」
何故だ?
「王都に居られる王太子殿下は、オリネロッテ様に大変、執着されている……。殿下の側近である、あのアルドリュー様も、王都ケムラスに戻っている」
「オリネロッテ様の誘拐の裏に、王太子殿下やアルドリュー様の影がある……そう、考えておられるのですか?」
「まさか……とは、思いますが。サブロー殿が北へ向かうのなら、自分は南へ目を光らせておきます」
僕とクラウディで、役割分担をするのか。
クラウディが手を差し出してきたので、彼と固い握手を交わす。
ちょっとだけ、緊張が解ける。
〝仲直り〟というより〝一時休戦〟といった雰囲気が、僕とクラウディの間に漂った。いや、別に僕と彼は、喧嘩をしていたわけじゃ無いんだけど。
そうだ。この際、前から気になっていた事も、クラウディへ尋ねてみよう。
「クラウディ様。先日の昼に、宝石商のカルートンを、ヤツの敷地内の倉庫で捕縛して……それから、カルートンを連行しつつ、オリネロッテ様はヤツの館へ再び向かわれましたよね? その時、クラウディ様やヨツヤさん達が、オリネロッテ様のお供をした」
「ええ」
「カルートンの館において、オリネロッテ様は、黒い宝石――カルートン秘蔵のブラックダイヤモンドを、改めて検分されたのではありませんか? そして、取り扱い方を思案され、何らかの処置をされた……などということは? 正直、特別な価値と性質を有している重要な宝石を、そのままにしておかれたとは思えないのですが」
「ああ。あの大きなダイヤモンドですか。オリネロッテ様は、隠し場所をカルートンに白状させ、入手されました」
アッサリと、クラウディは返答した。
――っ!
やはり、そうだったのか。つまり、オリネロッテ様は現在も、ブラックダイヤモンドを所有している……その可能性は高い。
それにしても、いくら相手が悪人だったとはいえ、その者の品を勝手に自分の物にしてしまったオリネロッテ様の行為は、きわめて問題だ。
にもかかわらず、その事実について、クラウディが疑問を感じている様子は無い。
単に、領主の娘であるオリネロッテ様が、商人のカルートンが犯した罪の証拠品を押収したと考えているのか?
あるいは、オリネロッテ様の振る舞いの全てを是認している? 善悪の境を越えて? 思考を停止し、一切の批判を放棄した?
……クラウディはオリネロッテ様に忠誠を誓っている騎士ではあるが、そこまで無条件な信奉者になっているとは思いたくない。
「サブロー殿。そのダイヤモンドが、どうかされましたか?」
「いえ。今回、オリネロッテ様の身に起こった出来事と、何らかの関連性があるのではないか? ……と。あくまで、想像の範囲ですが」
「ふむ。確かに、あの宝石には、自分も少しばかり思うところがありました。サブロー殿のご忠告を、しっかりと心に留めておきます」
……うん。
やっぱり、クラウディは冷静な判断力を有している。彼にダイヤモンドの件を質問しておいて、良かった。
「自分からもサブロー殿へ、お知らせすることがあります」
「なんでしょう?」
「オリネロッテ様の所在が分からなくなったのと同時に、この屋敷から姿を消した者が複数名、居りました」
クラウディが述べるのには、メイドのシエナさんとサリーという少女以外でも、ナルドット侯爵家の配下で、その存在が見えなくなった男性達がいるらしい。
「……それは、怪しいですね」
「仰るとおりです。男たちの名前を挙げます。魔法使いのムロフト、オリネロッテ様の護衛隊の元隊長であるランシス、そして元護衛隊の騎士であったドラナドとエコベリです」
ランシス! あいつか! ランシスは、僕とクラウディの決闘の時に、クラウディの付き添い役を務めた男だが……。その前に、侯爵の命令に従ったからとはいえ、シエナさんを剣で斬ろうとした。
僕からすると、めちゃくちゃ気に食わない人物ではある。しかしながら、クラウディには及ばないとはいえ、ランシスも凄腕の騎士の1人であることは間違いない。
あと、ドラナドとエコベリというのは……誰だったかな?
どこかで、その2人の名を聞いたような……。あ! 思い出した。ナルドットの街に初めて来た日の翌晩、人気の少ない裏通りで、僕に闇討ちを仕掛けてきた連中だ。リアノンが僕に加勢してくれて、僕はドラナドを倒し、リアノンがエコベリをボコボコにした。愚行の責任を追及された2人は、その結果、騎士の身分はギリギリのところで失わなかったが、所属していたオリネロッテ様の護衛隊からは外されてしまったはず。
アイツらは、オリネロッテ様の護衛騎士であることを、非常に誇りに思っていた。が、僕との一件で、オリネロッテ様からも失望の眼で見られるようになった。
ドラナドとエコベリ――2人は、さぞかし、僕のことを恨んでいるに違いない。完全な逆恨みではあるけれど。
「クラウディ様。ランシス・ドラナド・エコベリの3名は、オリネロッテ様の誘拐を阻止しようとして、犯人に存在を消されてしまった。焼死体となった、2名の騎士の方のように。……その可能性はありませんか?」
「サブロー殿。ご自身も信じておられない推測を述べるのは、どうかと思います」
「スミマセン」
だよな。やっぱりランシスたち3名は、魔法使いのムロフトと一緒で、今回の事件では、犯行する側に属している。そう結論づけるのが、自然だ。誘拐犯と戦って殺されたのなら、その死体が屋敷内で発見されるはず。
ドラナドとエコベリは、ランシスの弁護によって、なんとか、騎士の身分を保った。つまり、それ以降は、ランシスの完全な手下に成り下がっている?
……どうやら、クラウディも僕と同じ考えに至ったらしい。
彼の眼を見る限り、既にランシスたちを『敵』と認定しているようだ。
「となると、クラウディ様。人数を集めている点にしろ、実行の手際が巧みである点にしろ、敵は想像以上に用意周到といえます。油断できませんね」
「ええ。なので、サブロー殿。北のほうが片づいたら、なるべく早く、南へ来てください。自分も、南のほうが片づくか、あるいはオリネロッテ様がタンジェロに居られる確証を得ることが出来たら、すぐに北へ向かいます」
「承知しました」
僕とドリスが、シエナさん達の救出に手間取ってしまった時。
もしかしたらではあるが、クラウディがタンジェロまで助けに来てくれるかもしれない。これは、心強いな。
クラウディも、いざという際の僕の助力を当てにしたり、それを頼もしく感じたりしてくれているのだろうか?
♢
クラウディとの話し合いを終え、フィコマシー様の部屋へ戻る。
ドリスもキアラも、元の冒険者の服装になっていた。ドリスの格好は相変わらずに、ゴスロリ風ファッション・冒険者バージョンだけど。でも一周まわって、その姿が最もドリスに似合っている気がしないでも無い。
……メイド服を着ている2人の姿を見る機会は、もう無いだろうな。ちょっとだけ、残念だ。
あと、テーブルの上に、ゴーちゃんが居ない。ドリスの小物入れの中から『ピ~』と声が聞こえるので、そこに収納されたみたい。
夜明けが近づいている。外の空は、まだ暗い。けれど、今は時間が惜しい。
出発しようとする僕とドリスを、フィコマシー様が引き留めた。
「いろいろと物入りになると思います。これを旅費に充ててください」
そう仰りつつ、差し出されたフィコマシー様の手には、ブローチやイヤリングといった幾つもの貴重品があった。宝石があしらわれているブレスレットや、豪華なネックレスもある。
「フィコマシー様。これは――」
「そうです、サブローさん。あのカルートン氏がオリネロッテに贈ろうと、この屋敷へ持参した装飾品です。オリネロッテの言葉によって、私の手元に置かれる形になっていました」
「でも、フィコマシー様」
と、ドリスがフィコマシー様に声をかけた。驚きと理解、2つの感情が入り混じっているような表情をしながら。
「これらは、出どころはともかく、どれも高価な品であることは間違いないです。せっかく、アナタ様の物となったのに、手放すのは――」
「いえ、ドリス。私にとっては、無用の品です。身につける考えは、最初からありませんでした。この大事な時に、サブローさん達に使っていただき、シエナ達を助けるための役に立つのなら、これ以上の喜びはありません」
「分かりました、フィコマシー様」
僕は、それらの品をありがたく受け取った。
この先の旅で、何が起こるのかは不明なのだ。ある程度の金銭を、ちゃんと僕は持っている。けれど、それに加えて、いざという時に換金したり、他者に渡せる貴重品を保有しておくのは、旅の……いや、冒険の準備として重要なことだ。アクセサリーの類いは持ち運びがしやすく、特に荷物になるわけでも無いしね。
納得したようで、ドリスは僕と一緒にフィコマシー様へ深く一礼した。
フィコマシー様……。侯爵家で冷遇されているフィコマシー様は、品位を辛うじて保てるだけの、最低限の数の衣装や装身具しか有していない。
どのような経緯であったにしろ、カルートンからの宝石や貴重品を自らの物に出来た事は幸運であり、もしもの時に人前での体裁を失わずに済むという安堵も覚えたに違いない。が、フィコマシー様は惜しげも無く、それらを手放した。
そんな彼女の行いを、僕は尊いと思う。
ドリスが、フィコマシー様の足もとへ跪いた。
「フィコマシー様。あたし……頑張ります。アナタ様の大切なシエナを、必ずアナタ様のもとへ帰すために」
「ありがとうございます、ドリス。私のシエナを、よろしく頼みます。ミーアちゃんのことも、お願いします」
「もちろんです。ミーアも、必ず助けます」
「妹のオリネロッテについても――」
「…………はい」
ドリスの返事に、微妙な間があった。
様々な事情があっても、フィコマシー様にとって、オリネロッテ様は掛け替えのない妹だ。一方、ドリスはオリネロッテ様へ、心の距離を感じているようだ。
いかなる思いがドリスの胸の奥にあるにせよ、ここまでと、これからの彼女の献身には、ひたすら感謝するしか無い。
〝必ずドリスには、この恩返しをする〟――僕とフィコマシー様は視線を交わし、頷きあった。
キアラも、ドリスと僕を応援してくれた。
「ドリス、気を付けて」
「分かっているわ。任せておいて、キアラ」
「2号さん候補が、もう1人の2号さん候補を助けにいく。あと、正妻に確定している人を救うためにも努力する…………すごい。未来永劫、語り継がれる美談になるのは間違いない」
「誰が2号さん候補よ! そんな美談は、まっぴら御免だわ」
「その恥じらいや遠慮深さも、美談の追加ポイント。ますます、ドリスを褒めざるを得ない」
「あたしはアンタに抗議しているの!」
キアラは身体をくるりと半回転させて、僕を見た。
「サブローも、気を付けて」
「ありがとう、キアラ。……って、ドリスの反論を完全にスルーしても良いのかい?」
「良い」
「そ、そうなんだ。あ、キアラ」
「なに?」
ここで、キアラに言っておこう。
「しばらく行動を共にした、魔法使いの女性のことなんだけど。侯爵家に仕えている人で……〝アズキ〟という名前の。覚えている?」
「もちろん」
「この侯爵家の屋敷にアズキが戻ってきたら、機会を見つけて、彼女と話してみて。今回の誘拐に関する内容について、キアラが知っている全てを、打ち明けても構わない。ドリスからアレクへの手紙の件だけは、別だけど」
「……良いの?」
「うん。アズキは、信頼できる人だ。そして賢い。キチンと思案して、彼女なりの有益なアドバイスをくれると思う」
〝信頼できる〟という点では、リアノンも同じだ。
しかし『賢いか? キチンと思案するタイプか? 有益なアドバイスをくれる人か?』と、問われると、リアノンは…………あ~、ゴニョゴニョ。
「了解した。サブローが信頼する人は、私も信頼する。会ったら、すぐに話す」
「人違いをしないように、注意してね。まだアズキがメイドの姿をしているか、魔法使いの服装に戻っているのか、今は分からないし」
「問題ない。彼女の顔や髪形、背丈を、私はシッカリと記憶している。どんな服を着ていても、間違えることは無い」
「さすが、キアラ」
「魔法使い様は、黒豆だった。何をまぶしても、黒豆は黒豆であり続ける」
「黒豆……」
確かにアズキは黒豆っぽい雰囲気ではある。でも、もうチョット別の表現を探してみようよ、キアラ。……〝あんころ餅〟とか、どうかな?
そんな事を僕が考えている側で、ドリスがフィコマシー様へ一生懸命に語りかけていた。
「フィコマシー様、誤解しないでくださいね。アタシは、サブローの2、2、2号になんて、なりませんから。当然、3号にも」
「ええ、ドリス。分かっています」
「キアラが勝手なことを言っているだけです!」
「ハイ」
「ここで、お待ちになっている間に、勘違いドワーフっ娘の教育を、よろしくお願いいたします」
「難しそうですが、努めてみます。……けれど、そもそも〝2号さん〟や〝3号さん〟とは、どのような意味なのでしょう?」
首をかしげるフィコマシー様のところへ、トトトとキアラが歩み寄った。
「私がフィコマシー様へ教える。〝2号さん〟の意味を」
「キアラ! 純なフィコマシー様に、邪なことを告げないで!」
「私が読んだ恋愛小説の中に、そういう単語はいっぱい出てきた」
「アンタが読んでいる恋愛小説って、内容が偏りすぎてない?」
「そのような事は無い。私の好みのジャンルは〝できあいモノ〟だから」
「〝溺愛モノ〟は、悪くないわね……」
キアラとドリスが、また口論をしている。
「積極的なヒーローが、引っ込み思案なヒロインに『で、気合い! で、気合い!』と、気合いで愛情を示す。で、ヒロインは気合い負けして、最後はラブラブカップルになる。できあいモノは、そういうストーリーが多い」
「〝できあい〟の意味が違う……」
「私のお勧めは『ど根性が【L】~大文字のLはLoveのこと・恋のカエル化現象なんて、根性で吹っ飛ばせ。気合いだ! 気合いだ! 気合いだ!~』というタイトルの本」
「やっぱり、タイトルが長い」
キアラとドリスの会話の内容を耳にして、フィコマシー様がクスッと笑った。
この夜、初めて僕はフィコマシー様の笑顔を見た。
少しだけ、ホッとした。
フィコマシー様の身は、キアラに任せておけば安心だろう。
身体の護りだけで無く、精神のケアも、キアラはしてくれそうだ。
《暁の一天》のメンバーに、僕は助けられてばかりだな。
♢
早朝に僕とドリスは、侯爵家の屋敷を出る。フィコマシー様とキアラとの別れは、フィコマシー様の私室で済ませた。
どちらかと言うと、コソッとした出発となった。あまり目立つ旅立ちには、したく無かったから。
僕は足早にナルドットの街路を歩き、それにドリスがついてくる。結局、昨夜は一睡もしていないが、徹夜に慣れておくのは冒険者として当然の心得であるため、支障は無い。前からの、そして新しい負傷が完治していないこともあり、僕の体調は決して万全では無いけれど……。
「サブロー。もう少し、ゆっくり歩いても良いわよ」
「でも」
「アナタが焦る気持ちも分かる。だけど、トレカピ河を渡るのは、周りが充分に明るい時間になってからにすべき。安全のためにも」
「…………」
「今回の事態で、最初はアタシも相当に焦慮に駆られて、随分とアナタを急かしてしまったわね。ゴメンナサイ」
「ドリスが謝る必要なんて無いよ!」
「うん。でも今は、早朝の澄んだ空気を吸ったおかげで、アタシの頭も冷えた。だから、落ち着いて考えることができる。追跡のための手掛かりを失う危険性については、あまり心配しないで。あたしのところのゴーちゃんと、シエナのほうのミニサイズ・ゴーちゃんとの繋がりは、そう簡単に途切れたりしないから」
それは、良い知らせだ。
――しかし。
「渡河するのに必要な船の手配も、しないといけないだろう? それには、時間と手間が――」
「その点は、侯爵家のお屋敷へ来る前に、あたしがリラーゴさんに頼んでおいたわ。『もしかしたら、数名ほど乗れる船が、早急に入り用になるかも』――って。リラーゴさんは『直ちに準備しておく』と請け負ってくれた。自分の胸をドンと叩いてね」
「……そうだったのか」
「結局、シエナも行方不明になっていて……。今日中に絶対、トレカピ河を渡らなくちゃならない。リラーゴさんへの依頼が空振りに終わることは無かった。幸か不幸か……ね」
「ありがとう、ドリス」
「礼は不要よ。おそらくは、ハギウズの船が係留されている波止場に、リラーゴさんは居るはず。昨夜と今朝で、同じ道を往復する形になるけれど、あの場所へ向かいましょう」
前進しつつも、ドリスの忠告に従い、歩くスピードを緩める。そうすると身体だけで無く、気持ちも楽になった。結果、先のことを考える余裕も、僕の中に生まれる。
「ちょっと良いかな? ドリス。まだ時間があるのなら、トレカピ河に行く前に、立ち寄りたいところがあるんだ」
「え? どこに?」
「ドリスも見知っている場所だよ。セルロド教の教会……アンジェリーナさんとガイラックさんが運営・所属している教会さ」
アンジェリーナさんとガイラックさんは セルロド教の修道女と修道士だ。彼女達が信じているのは真正セルロド教で、北方セルロド教団とは信仰の仕方が異なっているだろう。しかし、同じセルロド教であることに変わりは無い。北方セルロド教団に関する何らかの知識も、持っておられるはず。
危険な荒野――タンジェロ大地に乗り込む以上、必要な情報は事前に、可能な限り仕入れておきたい。
オリネロッテのイラスト(AI生成画像)は、副操縦士の家来様がFAとしてつくってくださいました。ありがとうございます!
あと、ウェステニラの恋愛小説『ど根性が【L】』と、地球(日本)の人気アニメ・マンガの『ど根性ガエル』には、何の関係もありません。ケロケロ。




