番外編⑥ ~ 計画的な先輩 その2~
部長と田尾TLは首を垂れて話を聞いている。
「やはり懸念していた通りでした。失礼ですが部長も田尾TLも、一体、今日まで何を見据えて業務計画を立ててこられたのですか?まさかわが社に若い成年男子社員が誕生したという事実を考慮していなかったわけではないですよね?」
業務終了後の特別運用チーム室。
木俣SLが冷たくいい放っている理由は明白だ。宇野部長も田尾TLも全く同じことを同じ時期に希望した。二人とも35歳未満での出産を希望したのだ。偶然にも二人の誕生月は同じ11月。その結果、二人とも見事に同じ来年の10月に”出産”を、その約10か月前つまり来年1月に”妊娠”の印を書いてきたのだ。
彼女らが出産を希望した時期は昼の部が放送を開始して6か月後、ちょうど朝の部の放送を開始する時期に当たる。気象予報専門番組の3部放送(朝・昼・夜)が成功するかどうか勝負どころの時期だ。木俣SLは相談を開始する。
「始めましょう。まず妥協案として、お二人のいずれかの出産時期をどちらかが復帰するまで待っていただく案です。それはつまり部長か田尾TLのいずれかの妊娠時期を約1年、後ろ倒しにしていただくことです。宇野部長、責任ある部長職を担う部のリーダーとして、出産時期を1年待っていただけますか?」
「・・・」
宇野部長は黙って俯いたままだ。
「では田尾TL、特別運用チームのリーダーとして、出産時期を1年待っていただくことはできますか?」
「いや・・・それもなかなか・・・すぐに決断は・・・その・・・・」
埒がが明かないとはこのことを言うのだろう。実はこの状況に陥ることを木俣は恐れていた。木俣は田尾より3歳若い。仮に田尾TLが36歳に出産し1年後の37歳に職場復帰してから木俣が出産に臨む場合、彼女は34歳になる。人工授精に手間取るなど何らかの不手際が重なると、すぐに35歳の声が聞こえてくる。つまり実は彼女自身が切羽詰まっており、その不安からこの相談を持ち込んだのだ。
彼女がこの”雪緒関係者家族計画表”を、現時点から3年間の範囲で作成した理由もそこにある。何とか早い段階で二人に出産してもらい、自分は余裕をもって出産に臨みたい。そのためには出来るだけ早く上司二人に決着をつけてもらいたかったのだ。
「いずれにせよこのままでは気象予報専門番組の成功はおぼつきません。お二人には時期をずらしていただくしかありません。どちらが先に出産するかを決めるのは後回しにして、時期をずらしていただくことには同意いただけますか?」
宇野部長も田尾TLもうなずく。
「それでは、今すぐ打てる手段として”先に出産される方”については、来年の1月まで妊娠時期を待たずに今すぐ妊娠てしてもらうことが考えられます。これで、”後に出産される方”の出産時期を約2か月、前倒しすることが可能になります」
正論だ。出産時期が後になった者としては、少しでも高齢出産のリスクを減らすため、出来るだけ早く出産したいだろう。だが、それはつまり、今すぐにどちらかが雪緒に精子提供を依頼をすることを意味する。それを考えると容易には踏ん切りがつかない。二人とも押し黙ってしまう。
「どうされました?ぐずぐずしている時間はないのですよ?それも嫌だと言われるなら、この際、お二人には妊娠期間・出産後の休職期間をそれぞれ3か月ぐらい短くしていただくことになりますよ?」
思わず宇野部長が反論する。
「無茶言わないで!ハムスターじゃあるまいし!妊娠期間の短縮なんて無理よ」
「ならば、覚悟を決めてください。無駄に時間を浪費することはできません。明日までに <即妊娠コース> か <高齢出産コース> のいずれかを選んでいただくことになります。いいですね?どちらも嫌だなんてわがままは許されませんからね?」
上司二人に反論はない。とにかく覚悟を決めてもらう他にないのだ。
ここで、これまで黙っていた立浪が口をはさむ。彼女はチームを考えこの3年間に関しては妊娠・出産の希望を示さなかった。だが、それらをあきらめたつもりはないのだ。
「あの、木俣さん。私はこの工程表の3年間より少し先に妊娠・出産を希望します。部長とTLの復職後でかつ木俣SLの復職後が良いと考えています。なので、この工程表をもう少し長い期間で作成できませんか?例えばこのあと5年間ぐらいの期間で計画するのがいいと思うのですが」
これまた正論だ。さすがの木俣も同意する以外ない。実は木俣も当初はその計画表を立てていた。その結果、自分自身の高齢出産ゾーンが見えてくるのだが・・・・さらに、立浪が追い打ちをかける。
「そうなると、彼の実質的な婚約者である鹿取さんも就職し、このチームで働いている時期ですよね?であれば、この家族計画表に鹿取さんも記載すべきではないでしょうか?実際、婚約者である彼女こそ、いつ妊娠・出産したとしても不思議ではないです。それに対して無計画だと、人員計画が立ち行かなくなりませんか?」
「「「・・・」」」
まったく、その通りだ。家族計画表の縦方向(記載人数)も、横方向(計画年数)も、いずれも拡大が必要だろう。だが、仮に鹿取瞳を新たに追加するなら、本人を含めた相談が必要だ。彼女は現時点では社外関係者だ。会社に呼び出しての相談はいかがなものか?
ここにきて、チーム最年少の立浪が議論の方向性を決める提案をする。
「彼女の都合の良い場所で、彼女にも参加していただいて、5人で相談すべきだと思います。それが将来にわたる”計画的”な対応だと考えます」
”計画的”という正義の言葉に、全員、前に進むしか道がなくなり始めていた。
*****
翌日の夕方。雪緒と瞳の実家近くの最寄り駅から歩いて数分のファミリーレストラン。
5人の様々な年齢の女性が緊張の面持ちで集まっている。瞳は警戒していた。電話で彼女を呼び出した田尾の態度が怪しかった上、こうして目の前にいる女性たちも皆、表情が重い。これが楽しい話であるはずがない。彼女の魂は「最大限に警戒しろ」と彼女の耳元で囁いていた。
田尾TLが口火を切る。
「元気かい?瞳君。今日はすまないね。実はちょっと相談があってね。なに、大したことじゃないよ。だから落ち着いて聞いてほしいんだ」
「なんでしょうか?」
「実は・・・」
*****
5人の女性たちが相談するテーブルの隣の席、背中越しに一人で食事をしていた存在感のない女性が、ポケットから携帯を取り出し、とある番号に電話をかける。
「お姉さん?私です。ご報告したいことが。いま、お時間は大丈夫ですか?」
事態は確実に拡大方向に進展し始めていた。
続きます。




