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番外編③ ~ 心配性な母娘  その1~


来月、雪緒は二十歳になる。


この国で男性の置かれた立場は厳しい。彼のこれまでの人生でも、つらいことはいろいろあった。苦労して面倒を見てきた弟が無事、成人を迎えたと思うと感激もひとしおだ。本当なら手放しで喜びたい。家族と瞳君を呼んで、寿司パーティでも開催したいところだ。


だけど、この国では成人すら男性にとっては微妙なイベントだ。あまり騒ぐと雪緒の負担になりかねない。とてもデリケートな問題なのだ。彼には新たな義務が生じる。国に対する精子提供の義務だ。


成人男性には、2つの選択肢がある。自宅か病院での精子採取。統計的には病院を選ぶ男性が多いらしい。理由は、自宅での採取にプレッシャーを感じる為だそうだ。病院での採取の実態は様々で、中には無料サービスと称し必要以上に看護師がかかわるケースもあり、問題が指摘されている。彼には自然な雰囲気で精子採取に臨んでもらいたい。出来れば我が家で。


残念ながら、母はこの手のデリケートな問題の対処は苦手だ。瞳君には経験がないから彼女が対処するのは難しいだろう。だから私がしっかりしなければならない。就寝前のベッドの中、私はネット通販で入手した本を開く。


 『家族で迎える初めての男性義務』

~図解による分かりやすい解説付き~


最初の章は男性の生理現象について。読み始めると止まらない。私は初めてそれがどのようなものか知った。白い粘性のある液体で、独特な臭いがするらしい。その匂いは女性には特別な感覚を呼び覚ますそうだ。彼のそれはどんな香りがするのだろう?・・・想像すると眠れなくなる。


私が頑張らないといけないのだ・・・私が。



*****


行動開始一日目。誕生月の前月、平日の夜。

まず母に事前に認識させる必要がある。急にこの事態に気づいたら彼女は戸惑いが態度に出てしまう恐れがある。彼が就寝後の時間、リビングで母に相談を申し入れる。母は私の様子を見て、すぐに重要な相談であることを察したようで、声量を抑えた声でいきなり核心をついてくる。


「それで、泪。どうすればいいの?」


!え?


「雪ちゃんの精子提供義務についてでしょ?違うの?」


そうだよ。母さんも気付いてたんだ。


「あたりまえよ!!もう、どうしたらいいかずっと悩んでたわ。あなた、いろいろ調べてくれたんでしょ?」


うん。まあ、それなりには。本を買ったよ。


「で、こういう時、家族はどうすればいいの?」


実例が示されていたよ。対象男性が内向的なタイプの例では、家族は一切、知らぬふりをしているそうだよ。精子提出用キットが郵便受けに入っていても、家族は見て見ぬふりをするらしい。


「昔の雪ちゃんならいざ知らず、最近の雪ちゃんはそこまで内向的というわけでもないわよね。該当しないと思うけど」


逆に外向的で周囲と活発に交流をするタイプの男性の実例もあったよ。その例では精子提供に関して成人前から本人と家族の間でやり取りがあったらしく、成人後は、本人から直接、採精予定日を聞いて、その日は部屋に入る前に家族が応援をするらしい。


「え!部屋に入る前に応援?それ本当?・・・”頑張って” って言うの?・・・雪ちゃんがそんなタイプには思えないけど・・・他はないの?今の二つの中間ぐらいな感じの」


内向的でも外向的でもない普通な男性の場合は、今の二つの実例を参考にその人と家族の交流状況も考慮して臨機応変に対応するのが良いって。


「・・・何?それ?・・・意味ないじゃない!!ちょっと、その本見せて!!」


私は入手した本を母に渡す。母はそれを読み始める。


「本当に大丈夫なの?この本。

・・・(ペラ)・・・最初は男性の生理現象について書いてあるのね?・・・ほぼ半分がそれについてじゃない。・・・(ペラ)・・・うわ!図まで載ってる!結構生々しいわね・・・」


この手の対策本としては最も売れてるらしいからネットで手に入れたんだ。ちなみに家族の対処の実例は、後ろの方だよ。


「・・・(ペラ)・・・」


あの、母さん?そこは男性生理の図解解説のページだよね?家族の対処は後半だよ?


「・・・(ペラ)・・・」


それ、見たい?今日、貸してあげようか?


「え!・・・そうね。母さんも読んでみるわ。今晩、貸してもらってもいいかしら?」


どうぞ。

母はその本をもっていそいそと寝室に消えていった。とりあえず続きは明日に持ち越しだ。本を読んでもらった後のほうが、相談もしやすいだろう。



*****



行動開始、二日目。

母とは目線で合図を交わすだけで意思が通じた。

雪緒の就寝後、相談を開始する。


「読んだわよ、泪!本当に、2例しか載ってないのね!困ったわ。どうしましょう」


昨日、睡眠前に考えてみたんだ。


「うん。それで?」


まず最初に確認したいのだけど、母さんも雪緒には、自宅で採取することを希望してるんだよね?


「そうよ。病院なんて、怪しいわ。看護師が手を出すかもしれないじゃない?」


肉体関係を前提としたパートナーがいるような場合、採取の支援をする方法も本に記載があったと思うけど、今回それは該当しないと考えているけど、母さんもそう思う?


「当り前よ。百歩譲って、貴女か瞳ちゃん、私の支援が可能性あると思うけど、多分、本人が嫌がるわ」


(母さんも入っているのか・・・かなり特殊だね)

承知したよ。では本題だけど、この話、要は ”家族の側がどの程度、採精に関する情報を把握しているか” を、対象男性に開示する割合、略して開示割合を指標にして、家族の対応を考えることができると思うんだ。


「え?・・・開示割合?どういう意味?」


つまり、最初の内向的男性の例は、家族が情報を把握していることを一切、対象男性に開示しない状態だよ。開示割合は "0%" だね。


「・・・それで?」


逆に2つ目の外向的男性の例は、家族側の情報の把握について 100% 、対象男性に開示している状態と言える。


「・・・ああ、なるほど」


で、その中間的な策というのは、つまり私たちがこの件で雪緒の事を心配していると、ある一定レベルで彼に知らせることに該当すると思う。


「・・・確かに。そうね」


ここで、重要なのは ”危機管理” だよ。


「え? "危機管理" ?どういうこと?」


例えば情報の開示状態が 0%で、仮に私たちの情報が僅かに雪緒にばれてたとしても、それ以上の開示を避ければ、その状態を維持した中間策に移行できるってことさ。逆に外向的な例で100%開示してしまった場合、その策が失敗に終わった場合は、もはやリカバリー策はとれないと思う。


「さすが泪!そのとおりね。下手に採精予定日に "頑張って!!" なんて言って、本人が負担を感じてやめてしまっては、元も子もないわね」


だから、私としては今回は安全側にまずはプランA、つまり開示割合 0%から開始し、状況に応じて私たちが今回のことを把握していることを最小限の開示で対応することで、彼が採精する日を迎えるのが良いと思う。


「情報が少しでも開示した時点でプランBに以降って感じね?最後、100%開示はプランZってとこかしら」


そうだね。それを私と母さんの隠語として使おう。もし、開示した


<ガチャ!>(リビングの扉を開ける音)


「あれ?母さんと姉さん、どうしたの?」


私は急いで本を隠し、母は慌てて返答する。


「!!!な、何でもないわよ!!ねえ、泪?」


「そうだね。今、母さんのお店の節税対策について、弁護士として相談に乗ってたんだ。守秘義務があり君には話せないけどね。雪緒こそどうしたんだい?こんな時間に。早く寝ないと」


「うん。ちょっと喉が渇いて。お水を一杯」


そう言って、コップで水をのみ、彼は自室に向かう。


「じゃあ、母さん、姉さん、おやすみなさい」


「「おやすみ」」


彼が階段を上がる音が小さくなり、部屋の扉を開け閉めする音が聞こえる。

直後、声量を落としつつも必死な形相の母が私に詰め寄る。


「ちょっと!泪!この作戦、すごく危険よ!プランA からいきなり プランZ に飛んじゃう可能性もあるわよ!大丈夫?」


確かに細心の注意が必要だね。でも危機管理上の考え方は間違ってはいないと思う。とりあえず現状は 0% として、まずは知らないふりを押し通してしまおう。


「しょうがないわね。どうしよう。母さん、こんなに緊張するの、彼を出産した日以来かもしれない」


私なんて、人生最大だよ。とにかく慎重に行動しよう。郵便受けに、採精キットが入っていても、無視するんだよ。母さん。


「わかったわ。お互い、頑張りましょう」



*****



雪緒の誕生月の前月。心配性な母娘の作戦が開始された。

彼女たちの最も緊張した日々がここに開幕する。









続きます。

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