秋の夕焼け
よく晴れた日曜日の夕方、秋の海岸。雪緒は頼りになる姉の泪と二人で座って海を見ている。
今朝、突然、彼女からデートに誘われ、久しぶりに二人きりで水族館やレストラン、ショッピングを楽しんだ。頼りになる姉といると、いつも穏やかな気持ちでいられる。
このところ週末は瞳とデートに行くことが多かった。彼女といると笑ったり、ケンカしたり、時には泣きそうになることもある。二人で過ごす全てが雪緒にとってかけがえのない時間となっている。このまま、ずっと一緒に生きていければ、どんなに幸せか。
隣にいる泪が海を見ながらつぶやく。
「雪緒。・・・君に伝えたいことがある」
「・・・うん。何?」
雪緒も海を見ながら静かに答える。
「誤解を受けたくないから、最初に言うよ。私は君のことを誰より愛している。君が許すなら、君の子供を産み、育て、家族になりたい」
「・・・うん」
「来年、君が成人した後、答えをくれればいい。瞳君とも相談すればいい」
「・・・うん。分かった・・・伝えたいことはそれだけ?」
「今日は、これを燃やそうと思っている」
姉はリュックを手にしている。その中に、燃やすべき何かがある。ああ、そうか。姉さんは知っていたんだね。僕があなたの弟ではないことを。雪緒は視線を落とし、静かに答える。
「それがなくなったら、・・・本当の雪緒君が戻ったとき、困ってしまうよ。それは、いまの僕が彼にできる唯一の物だよ」
泪は雪緒に強く言い放つ。
「どうしていなくなることを考える?君はここにいたいんだろう?だったらこれは不要だ」
「・・・」
「君はどこかで、自分がまがい物だと考えている。それを私たちに伝えるべきか、悩んでいる。だからあえて言うよ、そんな君の言葉は無意味だ。いいか雪緒、君が何を語りどんな行動をとっても無駄だ。私や母さん、瞳君は君を愛することをやめない。何があってもだ。こんなもの、私たちには邪魔なだけだ」
「・・・」
泪はリュックから日記を取り出し、目の前で火をつける。
秋の夕焼けに、日記は音を立てながら燃え始める。
雪緒を見つめる泪の瞳に、燃える日記の炎が映る。
「雪緒、君が今の幸せをあきらめるということは、私たちの今の幸せも無くなるということを覚えておいてほしい」
病院から戻ったあの日、3人で抱き合って泣いたね。誰かと共有した記憶が消えることは、悲しいことだったよね?今の僕の記憶が消えても、みんなは悲しでくれるのかな?
「・・・ごめんなさい」
雪緒は小さく答える。視界がぼやける。
泪は雪緒を強く抱きしめる。
「誰かが君を押しのけようとしても抵抗するんだ。そんな勝手は許さなければいい。大丈夫。きっと君はここにいられる」
「・・・うん。ありがとう。姉さん」
夜空には、低くなった夏の名残の大三角形が瞬いている。
雪緒が落ち着きを取り戻すと、泪がいたずらっぽく囁く。
「私もバカだな。最初のお願いは、このタイミングで言うべきだと思わないかい?」
「だって、姉さんは正義の味方だから。ずるはしないんだよ」
「君が思うほど、私は聖人じゃないよ。最初の話、忘れないでくれよ?できれば自然妊娠を望むから」
「それを言わなければ、かっこよかったのに」
二人は、肩を抱き合いながら家路についた。




