表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フレイの森のお医者さん  作者: 夢育美
一章 黄金の林檎
21/38

二十一話 黄金の林檎

 四度目の朝は再びボクたちだけで、グローラナ大渓谷に向かう。出発前にユールを呼んで、先に林檎の樹へ向かってもらった。

 距離が空きすぎると、召還士と召喚精霊の間でも会話が届かないので、近くに行くまで状況が分からない。でも異変があればユールは戻ってきてくれるはずだ。


 ボクたちが到着するまで、ユールは戻らなかった。その代わりに声が届く。

『ホーッホッホゥ、ようやく届くようになったの。早く下りてくるといいぞ、なかなかに素敵な状況じゃぞい』

 声が弾んでいる。少なくとも失敗はしていないようだ。はしゃいで転落死は笑えないので、急ぎながらも慎重に階段を下る。

 ほんと、坂じゃ無くて階段で良かった。ゴーレムも良い仕事だったな。


『ようやく来たわね、あなたたち! さぁ見てちょうだい!』

 様変わりとしか言いようが無い。林檎の樹が生える丘の全体が緑に染まっていた。

 近付くとそれが、いろいろな種類の草の芽生えだと分かる。既に本葉を出している草もあった。たぶんアブラナの仲間だろう、さすがに気が早い。

 土中で眠っていた種子が、三日前の薬液の水分を吸って、一斉に発芽した。死を感じさせる乾いた大地が、逆に命あふれる大地に変わっていた。すごく局所的だけど、大切な最初の一歩だ。


『そろったようね。今から面白いものが見られるから、見逃さないでね?』

 しなやかに伸びた枝の先には、濃く鮮やかな葉が広がっていた。丸まった葉はどこにも無くて、存分に日の光を浴びていた。

 手前の枝の一本に動きがあった。

 枝の途中から見る間に白いつぼみが顔を出して、桜のような可愛い花を開く。それはすぐに散ってしまって、残った子房が膨らみだした。まるで早送りの映像を見ているようだった。


 どんどん大きくなる実は二つ。それはボクがよく知る林檎の大きさを超えて、大きめのグレープフルーツ程のサイズにまで育った。

 直径15cmはあるだろう。かなり大きな立派な林檎だった。

 しかも、見事に黄金に輝いていた。マジデスカ。


「イドゥンさま、これはいったい……」

『驚いた? ねぇ、驚いたよね!? すごいでしょー、この場面見られる人は、滅多にいないんだよ~』

 普通は夜中にこっそりやるから、とお茶目な女神さまは言った。

 イドゥンさまによると、林檎の開花はある程度の調整が出来るらしい。咲いてすぐに実になるのはこの林檎の性質だそうだ。


『根で集めたセレグ(生命)とフェア(精)を、こうやって林檎の実にするんだよ。すごい樹でしょー』

 黄金の林檎はね、まさしく生命そのものなんだよ、そう言って林檎の樹を愛おしそうに見詰める姿は、まさしく女神さまの神々しさだった。

『さ、急ぐんでしょ? 林檎、持っていっていいわよ。そうね……苦労掛けたし、特別にあなたにも上げるわ』


 女神さまは林檎をもぎ取って、アルフェルとなぜかプリムラの二人に渡した。

 不思議な事にプリムラに手渡した林檎が、その途端大きさを変えて手の中に収まるくらいの、プリムラにとってちょうどいいサイズになった。

『実体は見た目程無くて、セレグとフェアの塊みたいな果実だからね。大きさも変わるし、面白いでしょ?』


 苦労したのは主にボクなんだけど、とはさすがに言えない。プリムラだって全力で働いていた。それはいつも一緒だったボクにこそ分かる。

『周りに緑が増えて、命が増えたら、林檎ももっと生るわよ。それまではしばらくお預けね』


 お礼を言ってから女神さまと別れた。帰る道すがら、心無い者に林檎が荒らされないか心配だと話した。

『ホッホッ、大丈夫じゃよ。あの樹から林檎を採れるのは、イドゥンさまだけじゃ。他の何者も、触る事すらできんからなんも心配いらんぞい』


『さすが課金アイテム、アカウント属性付きか……』

 いやいや、課金してないからね? でも、誰でも自由に手に入るわけじゃないというのは安心かな。少なくとも女神さまが、渡してもいいと思う相手しか手に入らないし。

 そんな事を思いながら、王都に帰ってきた。



 タリル・リングの起動制限がもどかしかった。真夜中を過ぎた、モスの四刻までこのリングは起動出来ないそうだ。それでも入手した日の夜中に使えるのは、かなりラッキーだ。神さまグッジョブ。

 リングが起動すると、セレヴィアンさんにお礼を言って、直ぐに秋の神殿へ移動する。いつから降り出したのか、久しぶりの雨がしとしとと森を濡らしていた。こちらは天気が違うのかもしれない。


 そこからナウラミアのお祖母さんの家まで、馬車で30分の距離だった。夜中だというのに、秋の神殿のエルフさんが馬車を用意してくれていた。

『バラエル家のご威光ってやつね』


 この際権力でも何でも、利用出来る物は使えばいいのだ。一刻も早くネーミアの元に、黄金の林檎を届けるのが先決だ。不安そうな表情のアルフェルは、両手でしっかり持った黄金の林檎を見詰めている。

 そんな心配要らないと思うけど、力を入れすぎて握り潰したりしないでね。


 馬車が止まったのは、街道から少し奥まった所にある、地味な屋敷の前だった。屋敷と言うには、少し小ぶりかもしれない。おそらくここが、ナウラミアの祖母の家だろう。

 王都から召喚魔法の『伝言』で、ボクたちが来る事を伝えていた。夜中でも明かりが灯るのはそのお陰だろう。馬車の音に気付いたのか、家の入り口でナウラミアと初めて見る女性が待っていた。


「おまたせっ! ナリー、ネーミアはっ!?」

 馬車から飛び降りたアルフェルが、濡れるに構わず入り口に駆け込む。

 隣の女性はナウラミアの祖母で、目力のある品のいい人だった。やっぱりエルフさんらしく、見た目は若奥さまくらいにしか見えない。


「あ、ありがとう、こっちへ!」

 後に付いてネーミアの寝室へ。そこではエフィルさんが、紋章魔法を発動していた。ベッドより大きく広がる魔法円から、青白い光の粒がうっすら立ち上っている。常時発動型の治癒魔法とか、そんな感じだろうか。


 初めて会ったネーミアは、人形のようだと思った。ボクより痩せてずっと小さいし、肌の色も白磁に近い。病的な白さって、こう言うのかと初めて知った。

 『写真』を発動して「Info」を見る。「情報表示1」は、各種の異常や状態が見られる。横たわるネーミアの腰の辺りまで、パイル布が掛かっているので全身は見えない。

 それでも見えている部分、腕の肘から先、喉元から顔に至るまで、青い地色で表示された。


 青い表示は確か、『衰退』と言う状態表示のはず。肉体的に衰弱が進んでいると考えるべきだろう。そして、全体にまんべんなく散らばる、赤い点の表示。所々が繋がって、線のような部分もある。

「……予想より、衰弱してるわね。この子、リンゴを食べられるのかしら?」

 ハッとした表情で振り向いたアルフェルが、召喚呪文を唱える。現れたユールは彼女の知りたい事が分かっているのか、窓台にとまって自分から話してくれた。


『ホゥ、間に合ったようで良かったの。なに、林檎は摺って飲ませても、効果は変わらんよ。長く置けば徐々に消えてしまうがの。摺り下ろし林檎なら食べやすかろう』

 どこかの朝食向きヨーグルトな言い方をされた光り輝く林檎は、彼女の祖母に手渡されて摺り下ろされに行った。生命そのものだと聞いていたので、複雑な気持ちになってしまう。ナムーって感じだ。


 ネーミアの表情は落ち着いて見えるけど、息は荒くて苦しそうに胸が上下している。魔法の力でなんとか持たせている感じだ。

 妹の手を両手で握りしめて、祈るように大丈夫、きっと治るからと何度もつぶやく。こんな姿を見るなんて、会ったばかりの頃は想像も出来なかった。


 摺り下ろされた黄金の林檎は、この状態でも名前通りに光っていた。さすが伝説のアイテムで、病人に食べさせてはいけない物のような気がしてくる。

 ネーミアの上半身を祖母が支えながら起こして、ナウラミアが半分開いた薄い唇に木匙ですくって運ぶ。


 最初は飲みやすいように、果汁だけを口に入れた。

 異物に反応して吐き出す心配もしたけど、無事にゆっくりと嚥下していく。

 続いて二口、三口と摺った実を口に入れる。今度も素直に飲み込んだ。

 最初より積極的で、美味しく感じているようだ。

『ゴクリッ、あれ、美味しそうよね』

 擬音まで口で言うな。それに特別に一個もらったでしょ? 食べたければ自分の分を食べなさい。


 効果は直ぐに現れた。と言うより劇的だった。

 喉を通る光が全身へ、くまなく広がっていく。ネーミア自身が薄く輝きだして、とても幻想的な光景だった。

 エフィルさんも魔法の詠唱をやめて、目の前の光景に見入っている。

 髪の毛が根元から、徐々に白く戻っていく。黄金の林檎は、期待を裏切らない。


 ボクとプリムラの二人は、『写真』を通してもっとすごい光景を見ていた。

 光の粒子が口から喉へ、食道を通って胃、腸、それから全身へと広がるさまが、具に見える。次々切り替える画面では、白く輝きながら広がる光の粒。

 心臓の辺りから流れ出して、手足に、頭に伸びる黄色く光る奔流。青い色が消えて、赤い光点が黄色へ、黄色から無色、即ち異常無しへと変化する。


 これはもう、幻想的とか言うレベルじゃ無かった。

 光を駆使したイリュージョンマジックだ。一つのエンターテイメントと言っていい感動的な映像だった。プリムラの気持ちも同じだ。

 ボクのギフト、始めはどう扱っていいか戸惑う、変なギフトだと思った。でも今はボクのギフトが『写真』で良かったと心から思う。

 こんな素晴らしい物は、一生に何度も見られないだろう。


『ぶっちゃけ不謹慎な感情だけど、こればっかりは見たものでないとね』

 人の身体が癒されて、修復されていく様をリアルタイムで見ているのだ。少しくらい不謹慎でも誹りは甘んじて受ける。


 大きなグレープフルーツ程もあった林檎は、きれいに平らげたみたいだ。久しぶりの食べ物がよほど美味しかったらしい。治癒効果としては、過剰じゃないかと思うけど、足りないよりはずっといい。

 髪の色もプラチナホワイトに、肌の色も白いけれど血色の良い健康的な色になった。痩せて小さい身体も、これから成長すれば十分追い付くだろう。

 良かった、彼女はこれで安心だな。「情報表示1」でも異常点は見られないし。


 ホッとするボクとプリムラと違って、エフィルさん、お祖母さん、ナウラミアの三人は天を見上げて涙を流していた。

 アルフェルは神さまへの、感謝の言葉を唱えながら涙を流していた。


 みんな涙もろいなぁ、感受性が豊かなんだろうな。

『ちょっとリィ、なによ、なに泣いてるのよ』

 あれ? そう言うプリムラだって、涙、流してるじゃん。

 ……そうか、ボクも、ボクたちも泣いてたんだ。

 少し明るくなった窓の外も、静かに雨が降り続いていた。



 目を覚ましたネーミアの声は、鈴を転がすような声の実在を教えてくれた。大きくなったら、さぞや可愛い女の子になるだろう。

『ジャ○○ンみたいな声だったら、本気で台無しよね』

 そんな声だったら泣くよ? 頑張って林檎持ってきてその仕打ちは、神さまシネ! って言っちゃうよ?


 その後は、アルフェルと二人、まとめてお祖母さんに抱きしめられたり、当たっちゃいけない所が当たって焦ったり、でもトキメかなくて愕然としたりした。

 ナウラミアも照れくさそうに抱きしめてくれて、こっちはギャップ萌えなのかちょっとトキメいた。

 エフィルさんにも子供たち三人が抱きしめられた。頑張ったご褒美ですよと、額にキスしてもらった。


 『祝福』という魔法で、しばらくの間、運勢が良くなるとか。何かいい事あるかな?

 自覚が無かったけど、今まで無理していたようで、少し疲れを感じる。けれど、このまま泊まっていけばと言う申し出を断って帰る事にした。

 休憩ぐらいして行きなさいと言う、お祖母さんの言葉には逆らえない。この世界では珍しい紅茶と、ブラウニーによく似た、ちょっとエスニック味のお菓子を頂いた。

 帰り際に少し元気になったネーミアが、おねえちゃんさよなら、と送ってくれた。ネーミア可愛いなぁ。

 家を出る時には、既に雨も上がっていた。


 ナウラミアの家族はここに残して、残りの三人は王都に戻る。セレヴィアンさんに報告する必要があるし、別な理由でしばらく王都にいる事になるから。

 有機水銀が原因と思われる、『森の呪い』のこれ以上の発生を防ぐ為に、王都を流れる河川の調査と、汚染魚やエビなど甲殻類も調査しなければならない。

 事前に情報は伝わっているので、調査自体は始まっているはずだ。


 確証を得る為には、『鑑定』の技能かボクの『写真』による判定が必要になる。

 ギフトである『鑑定』は、そこそこ使える人がいるものの、未知の物質相手ではほとんど役に立たない。最低でも一人に、これが有機水銀だと、実物を教える必要がある。

 肉眼で見える物じゃないから、ボクが汚染された水や魚を特定して、それに対する鑑定結果を覚えてもらうやり方がいいだろう。


 王都に戻ってから毎日人に会って、川や池、魚を調査する日々が続いた。運良く一週間で、汚染された川とそこに流れ込む支流を特定出来た。

 原因はこの支流にあった。どういうわけか川底の汚泥や、河岸の土壌、岩にも多量のメチル水銀を含んでいた。

 この川で捕れた生き物は口にしない事、支流が流れ込まないように、溜め池を作って、せき止める事を決めた。メチル水銀は止水状態なら底に溜まって、その後はバクテリアなどの働きでゆっくり無害化される。


 むやみに人が近付かないよう、監視体制は必要になるけど、今までを思えば楽なものだろう。

 エフィルさんとセレヴィアンさんは、ボクが伝えた生物学の知識を、こちらに適合するよう修正を加えて、まとめ直していた。

 悪い言い方だけどネーミアのお陰で治癒魔法と、神聖魔法の臨床試験が出来たので、その結果も踏まえて修正する。これでこの世界の医療技術は進歩すると思う。


 完成した教本は、『森の呪い』に対する対処法として、直ちに『筆写』されて各地の治療院など、医療施設に届けられる事になった。

 セレヴィアンさんからは、転生者であるとぶっちゃけた以上、隠す必要もないので少しずつでも良いから、この世界で遅れている部分の知識を、教えて欲しいと頼まれた。

 プリムラと二人でやれば、まぁまぁ正確に伝えられるだろう。忘却の彼方に行ってしまう前に、知識を書き留めておくのは悪い事ではない。


 王都に戻って十日が過ぎた頃、ネーミアが立って歩けるようになったと、嬉しそうな『声』が届いた。祖母と一緒に三人で、秋の神殿の治療院に移っていたらしい。隠れて暮らす必要も無くなったし。

 エコー瓶で報告する声はとてもはしゃいでいた。よほど嬉しかったに違いない。ネーミアの可愛い声も聞けたので二度美味しかった。


『ふーん、声美人って、やっぱり、リィもそういうの好きなんだ』

 え? そりゃまぁ、声優萌えとか可愛い声はやっぱり、いいものでしょ? プリムラの声だって、似合っていて可愛いと思うよ。

『なっ、なに言ってるのよ……』



 ナウラミアから、もうすぐ王都に戻るからそれまで待っていて、と連絡があった。

 王都の施設を見学したり、念の為に水質調査しながら待つ事にした。

 調査の時にふと思い付いて、汚染魚に『聖別』を使ってみた。ボクもようやく使えるようになったのと、“害をなす物”の定義を知りたかったからだ。


「聖別<Weihung>」

 手に持っていた魚が、ビタンッと跳ねて地面に落ちた。そこからビチビチっとされると、生き返ったようで気持ち悪いけど、さすがにそれは無かった。

 試しにもう一匹『聖別』してみる。これも手から跳ねて落ちた。今度は汚染されていない魚で試すと、手の中でじっとしたまま。


『見ようによっては、たちの悪い手品ね。子供が見たら、泣き出すんじゃないの?』

 えっと、ボクもまだ子供なんだけど。

 他の魔法と同じで、『聖別』も術者が認識していれば、メチル水銀を“害”として反応する。これなら判定出来る人が増えて安心だろう。


 さっそく水銀、ヒ素、鉛など重金属が身体に与える影響を整理してまとめて、エフィルさんに伝えた。これらが毒と認識されれば、『聖別』を使えば汚染魚を食べずに済む。他の重金属中毒も回避出来る可能性が高い。

 こうして王都を中心に重金属の危険性が知れ渡り、王都ではしばらくの間、魚におっかなびっくり触ったり、手の中で跳ねた魚に驚く光景が見られる事になった。


 他にも王都では黄金の林檎の樹参り、イドゥンさまへの参拝が静かなブームになっていた。万病に効く果実となれば、どんな手を使っても欲しいと考える輩は多いわけで。でもイドゥンさまから認められないと、林檎は頂けないからかなり厳しい。


 いかに黄金の林檎を必要としているか、苦しむ子供がどれ程可哀相か、切々と訴える人が行列をなしているらしい。ユールに見に行って貰ったら、あれから順調に緑は増えて、鳥や栗鼠、野ねずみなどの小動物も増えたらしい。


 それでも林檎は週に一個生るかどうか。昔は十数年に一度と言われたのだから、大盤振る舞いと思うけど。狭き門を潜り抜けて林檎を手にする為に、日参する人は増えるばかりだ。

 イドゥンさまは精霊なので、嘘や偽りはあっさり見抜く。本人もうんざりしているのではと心配したら、ユール曰く、百年ぶりに人と話せて毎日が楽しいそうだ。話し好きな女神さまだしね。


 ネーミアが立てるようになって、さらに五日経った。今日はナウラミアとお祖母さんが、ネーミアを連れて王都に帰ってくる日だ。ボクには理不尽に思える理由で遠ざけられた彼女が、ようやく家族の元に戻って、全員で笑い合える。


『そう簡単にいくかしらね。ナリーって、妹の事で親と、特に父親と険悪なんでしょ? 親の側だって、娘に負い目を感じるだろうし』

 うっ、そうなんだけどさぁ、今日くらいは素直に喜んで上げようよ。

 バラエル家から招待状が届いた。ボクたちへの感謝を兼ねた晩餐会を開くそうだ。貴族の晩餐会なんて初めての経験だし、すごく緊張する。

 プリムラはどうでもいい感じで、乗り気に見えない。アルフェルは美味しいものが食べられると、とても嬉しそうだ。


『あれ? アルの家って、ここにあるのよね?』

 よほどの理由が無い限り、貴族なら王都に邸宅がある。アルフェルの家は、代々騎士家で王宮騎士と聞いた。当然ここにある筈だ。

『こっちに来てから、一度も家に帰らないでしょ。いつもわたしたちと一緒』


 言われるまで気付かなかった。彼女は王都の神殿で、ボクと一緒に寝泊まりしていた。家の話は何度も聞いているから、不仲や帰りたく無い理由があるとは思えない。無理に聞いてよい話でも無し、相談された時は真摯に応じよう。

『そこは“紳士”、だよね?』

 ある意味常に紳士なボクに、スキは無かったッ! とか言わせんな!


 晩餐会場に着いた。えーとね、本宅とは別の敷地って、どういう事?

 プライベートな晩餐会だからって。エフィルさんもセレヴィアンさんも、さも当然と受け止めてるし、頼みのアルフェルまで……もうやだこの人たち!

『なにを小市民爆発させてるのよ、せっかくのドレスアップだし、楽しむわよ!』

 そうなのだ、ドレスコードがどうとか、略式だから質素になんて言葉を信じたボクが馬鹿者でした。エフィルさんの服も、ボクの服もいつもの神殿服とはまるで違う。


 これ、どう見てもドレスだよね……

『あら、似合ってて可愛いし、いいじゃない』

 プリムラもいつもと違う、紺色のイブニング風に変えている。帽子も羽根付きの三角帽子。おしゃれな雰囲気を醸していた。

 ボクも馬子にも衣装で、淡い桜色のドレスに、両手のシュシュが髪に合わせた若草色で可愛い。きれいな服を着て、嬉しいと思う自分がなんだか……


 立食形式なので最初の挨拶とネーミアの紹介以外は、砕けた雰囲気で食事を楽しめた。ナウラミアはホストの一人として、あちこち飛び回って大変そうだ。

 ネーミアは元気と言うにはまだ遠い。それでも水色のドレスを着た彼女は、とびきりの美少女だった。いや、美幼女? 幼い女の子は可愛いと感じても、美しいとはまず思わない。

 ネーミアは美しいのだ。


『カーッ、本物ってヤツぁいるのねっ! いいもの見たわ~!』

 オヤジかよっ! マジでお持ち帰りとか言い出さないか心配だぞ。


 エフィルさんに連れられて、アルフェルと一緒に二人の両親に紹介された。

 母親は見た目はエフィルさんくらいで、お祖母さん似だと思う。父親は美中年の金髪エルフさんで、眉が太く鉤鼻だった。かなり頑固者で、意志の強そうな人に見える。

 エフィルさんが、ボクを自分の養子だと紹介した時、頬の辺りがピクピクしていた。笑顔が少し硬い。母親も驚いた顔をしていた。


「此度は娘が大変世話になった。家族一同、心より感謝する。わたしに出来る事であれば、何でも言って欲しい。本当にありがとう」

 彼が頭を下げる姿に、今度は会場中のエルフさんが驚きを隠せない。排斥派で知られるバラエル家の当主が、見た目で他種族と分かるボクに頭を下げる。その意味の重さは十分に承知していた。


 慌てて頭を上げて貰って、いつもナウラミアにお世話になっている事と、今回の支援に対してのお礼を述べた。

「噂以上に聡明なのだな。これからも、娘の良き話し相手になって貰いたい」

 今のやりとりだけでも、言われている程、偏見の強い人ではないように思った。

『まぁ、本人も今回の事で反省してるでしょ。努力してるみたいだし、許して上げる』

 今宵のプリムラさまは、寛容であらせられる。


 黄金の林檎の一件は、公式にはエフィルさんの指示という事になっている。ボクの事は特に隠していないので、知っている人は知っている、程度に噂になっているらしい。緩やかに理解者が増えていけばいいなと思う。

 食事はどれも美味しくて、アルフェルはチョイスに苦労していた。さすが悩める女の子だ。ボクは良く動いてるし、育ち盛りだから大丈夫! ……だよね?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ