第六話 帰省
王都へ戻る頃には、日はすっかり傾いていた。
夕焼けに染まる城壁を抜け、二人はそのまま冒険者ギルドへ向かう。
ギルドの扉を開けると、昼間とは違って酒を飲む冒険者たちで賑わっていた。
「お帰りなさいませ。」
受付嬢が二人に気付き、笑顔を向ける。
しかし。
リオンとルナの姿を見た瞬間、その表情が変わった。
「……その怪我は?」
「もう治ってるよ。」
ルナが笑う。
「治療院に行ってきたから大丈夫。」
「そうですか……。」
受付嬢は安心したように息を吐く。
「それで、護衛依頼の方は無事に?」
リオンは少し間を置いて答えた。
「村が襲撃されていた。」
「……え?」
受付嬢の顔から笑顔が消える。
「ゴブリンが十数体。」
「それと、オークが一体いた。」
「オーク……?」
周囲にいた冒険者たちからも、ざわめきが起こった。
「間違いありませんか?」
「間違いない。」
リオンが頷く。
「三メートル近い巨体だった。」
「灰色の肌で、巨大な棍棒を持っていた。」
「……。」
受付嬢はすぐに記録用の紙を取り出した。
「村の被害状況は?」
「家屋の一部が破壊されていた。」
「村人も襲われていたけど、俺たちが到着した時点では何人か生き残っていた。」
ルナが続ける。
「ゴブリンは全部倒したよ。」
「オークも。」
受付嬢がリオンを見る。
「オークを倒したのは……?」
「リオン。」
ルナが即答した。
「私の攻撃じゃほとんど効かなかったんだけど、リオンが一人で倒した。」
「……一人で?」
受付嬢が目を丸くする。
リオンは特に気にした様子もなく頷いた。
「そう。」
「討伐の証明になるものはありますか?」
リオンは腰に下げていた袋から、オークの牙を取り出した。
受付嬢が受け取る。
「……確かに。」
牙を確認した受付嬢は、すぐに奥へ向かって声を掛けた。
「ギルド長へ報告を!」
ギルド内の空気が変わった。
さっきまで騒いでいた冒険者たちも、こちらへ視線を向けている。
「最近、魔物が増えてるって話もあるからな。」
「オークが村まで出てくるなんて珍しいぞ。」
「何か起きてるんじゃないか?」
そんな声が聞こえてくる。
リオンは黙っていた。
ルナも少しだけ真剣な表情になる。
やがて受付嬢が戻ってきた。
「報告はギルド長へ上げます。」
「今回の件について、詳しい調査が行われることになると思います。」
「分かった。」
「それと。」
受付嬢が別の袋を取り出した。
「こちらが護衛依頼の報酬です。」
さらにもう一つ。
「そしてこちらがオーク討伐の報酬になります。」
「ありがとう。」
リオンは二つの袋を受け取った。
それをルナと分け合った。
金貨が入っているらしく、ずしりと重い。
「結構あるね。」
「オークだからね!」
「そうなのか。」
「そうだよ。」
ルナは呆れたように笑った。
「普通のゴブリンとは全然違うんだから。」
その時。
リオンが自分の身体を見下ろした。
「……。」
ボロボロだった。
着ていた甲冑はオークとの戦いで大きくへこみ、何ヶ所も亀裂が入っている。
腰の剣も酷い有様だった。
刃には無数の欠け。
柄も傷だらけ。
今にも折れてしまいそうだ。
ルナもそれに気付く。
「あ。」
「何?」
「その剣。」
「うん。」
「もう限界じゃない?」
リオンは剣を抜いて眺める。
刃を軽く指で弾く。
カン。
鈍い音がした。
「……確かに。」
「でしょ?」
「新しいの買うか。」
「それがいいよ。」
「甲冑も。」
「絶対!」
ルナが勢いよく頷いた。
「その鎧、オークに殴られた時に壊れかけてたじゃん!」
「そうだったな。」
「次はちゃんとしたやつにしないと。」
「分かった。」
受付嬢に武具店の場所を聞き、二人はギルドを出た。
王都の武具店は、ギルドから少し離れた通りにあった。
店内には大量の剣や槍、盾。
壁には様々な種類の鎧が並んでいる。
「おお……。」
リオンが店内を見回す。
「すごいな。」
「でしょ?」
ルナも楽しそうに店内を見る。
リオンは剣の棚へ向かった。
何本か手に取ってみる。
重さ。
長さ。
握った時の感触。
一つずつ確かめていく。
「これ。」
リオンが一本の剣を手に取る。
細身で、長めの刀身。
「悪くない。」
「それ、金貨三枚。」
「……。」
日本円にしておおよそ金貨は10万、銀貨は1万、銅貨は千円くらいの価値かと思う。
リオンが値札を見る。
「冒険者用のちゃんとした剣だからね。」
「こっちは?」
「それは金貨五枚。」
「……。」
リオンは剣を戻した。
「高い。」
「じゃあ甲冑も見てみよう。」
ルナが棚を指差す。
二人で見て回る。
しかし。
剣も甲冑も、まともなものはかなり高かった。
今回の報酬があるとはいえ、これからの生活を考えれば簡単に使える金額ではない。
「……どうしよう。」
ルナが悩む。
リオンも腕を組んだ。
その時だった。
ふと、昨日のことを思い出す。
「……魔法。」
「え?」
「ルナ。」
「何?」
「魔法で武器を作るって、どうやるんだ?」
「……。」
ルナが固まった。
「え?」
「昨日、弓を作ってただろ。」
「うん。」
「俺にもできるのか?」
「それは……。」
ルナはリオンをじっと見る。
「やってみる?」
「ああ。」
「まずは魔力を感じて。」
ルナがリオンの前に立つ。
「魔力は身体の中にあるから。」
「うん。」
「目を閉じて。」
リオンは目を閉じる。
「深呼吸。」
ゆっくり息を吸う。
吐く。
もう一度。
「身体の奥に、何か感じない?」
「……ある。」
「え?」
「熱みたいなものがある。」
ルナが目を丸くする。
「もう分かったの?」
「たぶん。」
「……すご。」
「そんなに?」
「うん。」
ルナは少し苦笑した。
「普通、魔力を感じるだけでも結構時間かかるんだよ。」
「そうなのか。」
「じゃあ、その魔力を手に集めてみて。」
リオンは意識を集中させた。
身体の奥にある力。
それを腕へ。
肩から肘へ。
肘から手首へ。
そして手のひらへ。
「……。」
淡い光が、リオンの手のひらに集まり始めた。
「できてる!」
ルナが嬉しそうに声を上げる。
「そのまま!」
「何を作る?」
「……甲冑。」
「いきなり!?」
「いつも使ってるから。」
「まあ……そうだけど。」
ルナが苦笑する。
「じゃあ、思い浮かべて。」
リオンは目を閉じる。
自分が欲しい形を頭の中に描く。
その瞬間だった。
ブワッ!
リオンの身体から魔力が溢れた。
「えっ!?」
ルナが一歩下がる。
魔力がリオンの身体を包み込んでいく。
黒い光。
それは胸へ。
肩へ。
腕へ。
脚へ。
全身へと広がっていった。
ガキン。
金属が噛み合うような音が響く。
ガキン。
ガキン。
光が形を変えていく。
やがて。
そこに立っていたのは。
「…………。」
漆黒の甲冑を身に纏ったリオンだった。
黒い胸当て。
鋭い肩当て。
腕を覆う籠手。
脚を覆う具足。
無駄な装飾はなく、細身で動きやすい。
それでいて、見る者に威圧感を与える。
黒光したバシネットからリオンの眼光が見える。
「…………。」
ルナは完全に固まっていた。
リオンが自分の腕を眺める。
「……できた。」
「できたじゃないよ!」
「うわっ。」
突然の大声にリオンが驚く。
「何これ!?」
「甲冑。」
「見れば分かる!」
「じゃあ何?」
「なんでいきなりそんなの作れるの!?」
ルナが甲冑を眺め回す。
「私だって弓を作るのに練習したんだよ!?」
「そうなのか。」
「そうだよ!」
「でも。」
リオンは自分の胸当てを軽く叩いた。
コン。
「これなら使えそうだ。」
「そういう問題じゃないって……。」
ルナは頭を抱えた。
「……じゃあ、剣も。」
リオンが手を前へ出す。
「ちょっと待って。」
「何?」
「本当にできると思う?」
「分からない。」
「ならやってみよう!」
「うん。」
リオンは再び魔力を集める。
今度は手のひらへ。
黒い光が集まり、徐々に細く伸びていく。
リオンは剣を思い浮かべた。
長い刀身。
細身で鋭い刃。
握りやすい柄。
そして。
黒い甲冑に合うような、シンプルで美しい形。
シュンッ。
光が一瞬で固まった。
リオンの手に一本の剣が現れる。
「……。」
ルナが目を見開く。
刀身は黒銀。
光を受けると、刃の表面が僅かに青白く輝く。
鍔はシンプルながら美しく。
黒い柄がリオンの手にぴったりと収まっている。
「……かっこいい。」
ルナが思わず呟く。
リオンは剣を軽く振った。
ヒュンッ。
空気を切り裂く音。
「……いいな。」
「いいな、じゃないよ。」
「?」
「めちゃくちゃカッコいいじゃん!」
「そうか?」
「そうだよ!」
ルナが剣を覗き込む。
「……。」
リオンは剣を見つめる。
手に馴染む。
まるで、ずっと昔から使っていたかのように。
そして当然ながら重さも全く感じずに動き易い。
「これなら。」
リオンは剣を握り直す。
「戦える。」
「うん。」
ルナが笑う。
「じゃあ、それがリオンの新しい武器だね。」
「そうだな。」
ルナが笑う。
リオンも少しだけ笑った。
店主はリオンの姿を見るなり、言葉を失った。
「……お前。」
「はい。」
「それ……魔法で作ったのか?」
「そう。」
「剣も?」
「そう。」
店主はしばらく黙っていた。
そして。
「……うちの商品、いらねぇじゃねぇか。」
「そうなるな。」
「そうなるな。じゃねえ!」
ルナが吹き出した。
「ふふっ。」
「笑うな、お嬢ちゃん!」
「ごめんなさい!」
店主はため息を吐きながらも、リオンの甲冑を眺める。
「……まあ、魔法で作った装備なんて珍しい。」
「普通はこんなの作れないのか?」
「少なくとも俺は見たことがない。」
「そうなのか。」
こうして。
リオンは新しい剣と甲冑を手に入れた。
いや。
正確には。
自らの魔力で生み出した。
それからリオンは、戦う時にはこの黒い甲冑を纏い、黒銀の剣を握るようになった。
今までの装備とは違う。
「じゃあ、そろそろ戻ろうか。」
ルナが言う。
「ああ。」
リオンは甲冑と剣を魔力へ戻した。
黒い光となって消えていく。
「……便利だな。」
「でしょ?」
ルナが得意げに胸を張る。
「魔法は便利なんだよ。」
「ルナのおかげだな。」
「……。」
ルナが一瞬固まった。
「何?」
「いや……。」
少しだけ頬を赤くしながら笑う。
武器屋に使っていた甲冑と剣を引き取って貰って、リオンは布や皮製のブラウスを腰の周りで革のベルトで締めた、シンプルな服装になった。
そして、ふと家族の事を思い出す。
「……食料を買って帰ろう。」
「実家に?」
「ああ。」
「そっか。」
リオンは少しだけ笑った。
「母さんたちも喜ぶと思う。」
二人は市場へ向かった。
王都の大通りは、昼間とはまた違った賑わいを見せていた。
露店が並び、商人たちが声を張り上げている。
「新鮮な野菜だよ!」
「焼きたてのパンはいらんかね!」
「王都名物の串焼きだ!」
人々が行き交い、馬車が石畳の上を走っていく。
リオンはそんな街並みを、いつもよりゆっくりと眺めていた。
「……すごいな。」
「ん?」
ルナが振り返る。
「何が?」
「王都。」
リオンは足を止めた。
目の前には、どこまでも続いているような石畳の大通り。
左右には何階建てもの石造りの建物が並び、遠くには巨大な建物が見える。
高くそびえる尖塔。
白い壁。
色鮮やかなステンドグラス。
「……あれ、何?」
リオンが指を向ける。
「ああ、大聖堂だよ。」
ルナが答える。
「王都の大聖堂。」
「でかいな……。」
王都の中心にそびえ立つ大聖堂は、遠くからでもその存在感が分かるほど巨大だった。
何本もの尖塔が空へ伸び、壁面には精巧な彫刻が施されている。
陽の光を受けたステンドグラスが、まるで宝石のように輝いていた。
リオンはしばらく何も言わずに眺めていた。
前世では、こんな景色を見たことがなかった。
いや。
見たことがあったとしても、こんな風に感じることはなかっただろう。
琴線に触れたというやつだ。
「すごいなあ。」
「今さら?」
ルナが笑う。
「だって、改めて見るとすごいだろ。」
「まあね。」
ルナも大聖堂を見上げる。
「私も王都に来たばっかりの頃は、ずっと上見て歩いてたよ。」
「分かる。」
リオンは石畳を踏みしめる。
街を歩く人々。
商人。
冒険者。
騎士。
魔法使い。
様々な種族や服装の人間が行き交っている。
道の向こうには巨大な噴水まである。
王都。
ここが、この国の中心なのだ。
リオンは初めて、心の底からそう思った。
「じゃあ、食料買おう!」
ルナの声で現実に戻される。
「そうだった。」
二人は市場を歩き回った。
小麦。
パン。
保存の利く干し肉。
野菜。
果物。
それから調味料や豆類まで。
「これも買って。」
ルナが籠へ入れる。
「これは?」
「保存が利くから。」
「じゃあ、これも。」
「あと塩。」
「塩も?」
「絶対使うから。」
「……なるほど。」
気が付けば、二人の荷物はかなりの量になっていた。
「ちょっと多くない?」
ルナが苦笑する。
「家族がいるから。」
「そっか。」
リオンは荷物を持ち上げる。
「これくらいなら大丈夫。」
「力持ちだねえ。」
「そうかな。」
「そうだよ。」
ルナは笑った。
市場を出る頃には、太陽が少しずつ西へ傾いていた。
王都の街並みに、夕暮れの光が差し込んでいる。
石畳が橙色に染まり、大聖堂の尖塔も夕日に照らされていた。
リオンはもう一度だけ振り返る。
「……また来たいな。」
「王都?」
「ああ。」
「じゃあ、傭兵として頑張らないとね。」
「そうだな。」
リオンは小さく笑った。
しかし。
王都の門へ向かう途中、ルナが突然足を止めた。
「あ。」
「どうした?」
「ごめん、リオン。」
「何?」
「私、ちょっと用事があるんだった。」
「用事?」
「うん。」
ルナは腰のポーチを確認する。
「昨日の村で薬草を結構使っちゃったでしょ?」
「ああ。」
「それで、ギルドから頼まれてた薬草を治療院に届けないといけないの。」
「今日中に?」
「うん。」
ルナが申し訳なさそうに笑う。
「治療院の人と約束してたんだけど、村のことでバタバタしてて忘れてた。」
「じゃあ、行ってきなよ。」
「わかった!」
「じゃあ、今日はここでお別れだね。」
「そうだな。」
「また、ギルドで会おう。」
「ああ。」
ルナが数歩歩いたところで、振り返る。
「リオン!」
「ん?」
「剣と甲冑、絶対また見せてね!」
「分かった。」
「あと!」
「まだあるのか?」
「今度、魔法もっと教えるから!」
リオンは少し笑った。
「楽しみにしてる。」
「うん!」
ルナは嬉しそうに笑い、王都の人混みの中へ消えていった。
一人になったリオンは、王都の門を抜けた。
背後を振り返る。
巨大な城壁。
その向こうにそびえる大聖堂。
夕日に染まる王都。
「……またな。」
小さく呟き、リオンは故郷へ向かって歩き始めた。
王都を離れてしばらくすると、景色は少しずつ変わっていった。
大きな建物はなくなり。
人の数も減る。
やがて石畳の道も途切れ、土の街道へと変わった。
リオンは食料を積んだ荷物を背負いながら、黙々と歩く。
足取りは軽かった。
家族に会う。
母さんはどんな顔をするだろう。
父さんは相変わらず無口だろうか。
妹と弟は少しは大人しくなっているだろうか。
そんなことを考えていると、自然と口元が緩んだ。
道中通りかかった馬車に乗せて貰ったりもしながら。
そして。
見慣れた山が見えてきた。
「ああ……。」
リオンは足を止めた。
懐かしい景色だった。
何度も歩いた道。
子供の頃、走り回った森。
遠くに見える小さな丘。
「もう少しだ。」
荷物を持ち直す。
足取りがさらに速くなった。
村が近付いてくる。
しかし。
何かがおかしい。
「……?」
リオンは眉をひそめた。
いつもなら、遠くからでも見えるはずの村の家々。
煙突から上がる煙。
畑で働く人々。
子供たちの声。
それがない。
妙に静かだった。
「……なんだ?」
嫌な予感がした。
リオンは歩く速度を上げた。
そして。
村へ続く丘を越えた。
「…………。」
足が止まった。
そこにあるはずの村が。
なかった。
正確には。
村は、あった。
だが。
家々は黒く焼け落ちていた。
木造の家は崩れ。
畑は焼け。
柵は壊されている。
ところどころに黒い煙が残っていた。
「……え?」
リオンの手から、荷物が落ちた。
ドサッ。
買ってきたパンや野菜が地面へ転がる。
「……なんで。」
声が出ない。
身体が動かない。
さっきまであったはずの期待が、一瞬で消えていく。
「……母さん?」
返事はない。
「父さん?」
静寂だけが返ってくる。
リオンは走り出した。
「母さん!」
村の中へ駆け込む。
「父さん!」
焼けた家。
崩れた壁。
焦げた木材。
見覚えのある道。
「……違う。」
否定するように首を振る。
「違う……。」
自分の家があるはずの場所へ向かう。
そこだけは。
そこだけは無事であってくれ。
そう願いながら走る。
そして。
「…………あ。」
リオンの足が止まった。
家がない。
そこにあったはずの家は。
完全に焼け落ちていた。
壁もない。
屋根もない。
玄関もない。
ただ黒く焼けた木材と、崩れた石が残っているだけだった。
「…………。」
「……嘘だ。」
一歩。
また一歩。
焼け跡へ近付く。
「嘘だろ……。」
膝をつく。
黒く焦げた木材へ手を伸ばす。
まだ僅かに熱が残っていた。
「……母さん。」
返事はない。
「父さん。」
返事はない。
「……みんな。」
返事はない。
リオンの呼吸が乱れる。
頭の中が真っ白になる。
村へ帰れば。
家へ帰れば。
家族がいると思っていた。
だから。
王都で稼いだ金を持って帰った。
食料も買った。
喜んでくれると思っていた。
「……なんで。」
拳を握る。
爪が掌に食い込む。
「なんでだよ……。」
声が震える。
「……俺、帰ってきたのに。」
誰もいない。
返事をしてくれる人間も。
迎えてくれる人間も。
そこにはいなかった。
「…………。」
リオンは焼け跡を見つめる。
やがて。
身体から力が抜けた。
その場に座り込む。
「……母さん。」
「……父さん。」
「……みんな。」
何度呼んでも。
誰も答えない。
握り締めた拳が震える。
涙が頬を伝った。
「……嫌だ。」
「……帰ってきたのに。」
その言葉だけが。
何度も何度も。
焼け落ちた故郷に響いた。
そして。
リオンはまだ知らなかった。
それが。
王都周辺で起き始めていた魔物の異変と繋がっていることも。
今のリオンには。
ただ一つ。
家族がいないという現実だけが。
あまりにも重くのしかかっていた。




