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幸せな分銅  作者: 新在 落花


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21.傾く天秤(3)

 苦悩に満ちた顔で顔を上げたセストが、ラウラを恨みがましい目で見ていた。

 そんな話は聞いてない。物言わぬ目が如実にそう物語っている。


「嫌われてるとは思ってなかったけど、好かれてるという自信もなかったよ。だから、ラウラに待たないと言われた時は全部俺の勘違いだったと失望したよ」

「で、でも、セストは辺境で運命の出逢いをしたよね? 綺麗な金髪の人」

「金髪?」


 そんなことまで分かるのかと驚きつつも、金髪と言われてセストが思い浮かべるのはリタのことだ。


 いつ死ぬかもしれない辺境で、年齢の近いもの同士で自然と親しくなった。しかし、それはリタだけではないくレナートもだ。

 リタとの関係はただそれだけだと胸を張って言える。


「一緒に辺境に行った仲間に、リタという金髪の女性がいる。でも、ラウラが思っているようなことは断じてない」


 セストにはラウラの知らない二年の月日がある。

 何もないと言っているセストの口から、ラウラの知らない女性の名前が出たことに胸が痛んだ。

 待たないと言ったり、運命の相手に嫉妬したりして、そんな自分勝手な気持ちに嫌気がさした。


「……どうしてだろうね? 彼女はセストの運命の人なのに」

「運命じゃなかったんだろ」

「確かに視たのよ。セストが金髪の女性を抱きしめながら、愛してるって言ってた」


 思い出したくもない光景に思わず涙が滲む。

 幼い頃からラウラが憧れていた金色の髪を持つ女性は、更に憧れてやまないセストの恋人の座も手に入れていた。


 唇を震わせながらそう告げたラウラの目尻を、セストの指が優しく拭う。

 ラウラの目線に身体を屈めたセストは、ラウラの頭をなでながら浮かんだ疑問を口に出した。


「それは本当にリタだったか? ラウラだったりはしないか?」


 辺境では持参した食料が尽きれば、次の補給があるまでは自給自足の生活をしていた。

 町から人が去っていたため、市場にも並ぶ物が少なかったからだ。


 騎士でも魔術士でもないセストたちは、補給部隊として行動を共にすることが多かったため、作業の際に重い物を受け取ったり危なげな足取りのときに手を貸したことはある。

 しかし、それを抱きしめたというのは無理がある。

 セストとリタの距離はごく一般的な友人のものだ。


「見間違いじゃないと思う」


 セストとその恋人の未来を視て動揺していたとはいえ、さすがのラウラも自分と他人の区別くらいはつくはずだ。


「でも……」

「リタの話はもういいよ」


 まだ何か言いたそうなラウラを遮って、セストは聞きたかったことを口にする。


「母さんもギーの未来も変わらなかったのに、ラウラは消えかけているよな。ラウラがそうなっている原因はなんだ?」


 一瞬びくりと肩を震わせたラウラがセストの顔を見て、困ったように微笑んだ。

 隠す気はないのだろうが、言いにくそうに口ごもるラウラにセストの脳裏に一抹の不安が過る。


「もしかして、俺に関わる未来か?」

「……おばさんの未来をどうにか変えたいと頑張ったんだけど、私じゃ無理だった。でもね、セストだけは守れたよ」


 あの日ラウラはセストが死ぬ未来を視て、居ても立ってもいられず気がついたらセストのいる辺境の山にいた。

 セストを殺す赤い鬣の魔獣を見つけて、どうにかセストを運命から逃すことができたのだ。


「だからあの魔獣を見て泣いていたのか」

「おばあちゃんが運命を歪めてはいけないって言ってたの。そのときは何のことか分からなかったけど。……私ね、最後にセストにも逢えたから、もう思い残すことはなくなったよ」


 先ほどは堪えた涙が、今度は滂沱の涙となって流れ落ちる。それでもラウラは笑っていた。

 ラウラはきっと今までセストに見せた中で一番不細工な顔をしているという自覚があった。

 最後に見せる笑顔がこれだったら嫌だなと、見当違いなことを考えていた。


 発言の半分くらいは本心だった。

 皆の頭の中からラウラの存在が消えていく中で、最後に逢いたいと願った相手はセストだった。

 だから、町を出て王都にやってきた。

 どこかで一目だけでも見ることができれば、それだけで思い残すことはないと思っていた


「……俺のせい」


 どこか呆然としたセストが呟くようにそう言った。

 ラウラは首を振りながらそれを否定する。


「違うよ。セストは関係ない。私がそうしたいからしただけ。それにね、もし心が咎めたとしても私のことは綺麗に消えてしまって、セストのどこにも残らないから大丈夫よ」


 表情が曇ったセストはラウラのことで罪悪感を抱いているのだろう。

 セスト苦しめるつもりはなかったが、セストがそう感じても仕方ないと思っていた。ラウラが逆の立場なら、やはりセストに対して罪の意識を持つだろう。


 消えてしまうその時になっても、ラウラはきっと後悔はしない。セストのためにできる限りのことができた。

 他の未来を変えることはできなかったけど、それでもたった一人の大切な人のために、自分の存在を賭けて守ろうと足掻き続けることができた。


 ただ無為に消えるのではない。

 私はきっと幸せだ。


「セストから私は消えてしまうから、最後に言いたいことを言っておくね。私はセストの運命の相手が他にいるってわかっても、セストの側にいたかったの。おばさんもギーも、セストが悲しむからどうしても助けたかった。セストが魔力を持っていることを秘密にできたら、魔獣退治に駆り出されることもない。だから、隠し続けて欲しかった」


 一呼吸置いて、一番言い辛かったことを口にする。


「なにより、セストが誰かに渡したくなかった」


 浅ましい気持ちを直接伝えるのを躊躇ったが、ここで隠し事をする必要はない。


「消えてしまう間でのもう少しの時間だけ、セストを好きでいさせて」


 それは最早懇願だった。一度は収まった涙が、再びラウラの頬を濡らす。


「頼むから消えてしまうなんて言うなよ。俺からラウラを奪わないでくれ」


 セストが泣いている。

 生まれたときから一緒にいるラウラでさえ、セストが泣いているところは数回しかみたことがない。セストの母親が死んだ時と、魔力が発現した時だ。

 そのセストがラウラを惜しんで泣いてくれている。


「本当は一目でもセストを見ることができたらいいなと思って王都に来たの。でも、セストに逢えて欲が出たみたい。……私を本当のセストの恋人にして」


 とても大胆なことを言っている自覚はあった。それでも残された時間を一時でも無駄にしたくなかった。

 ずっと好きだったセストと本当の恋人になりたくて、普段なら絶対に言えない言葉を口にした。


 セストにはきっと伝わっている。

 時間を惜しんで焦っていることも、きっと消えてしまうからと大胆になっていることも。


「俺の方がずっと恋人になりたいと思ってたよ」


 セストが掠れた悲鳴のような声をあげた。

 とめどなく涙が流れている。ずっとセストに愛されたかった。未来に視た金髪の綺麗な女性ではなく、ラウラがセストに愛されたかった。

 消えたくないと望んでも回避できないことだとわかっている。だからこそ、今だけはセストの恋人になりたい。


 セストは壊れ物に触れるようにラウラに触れた。大切な宝物を扱うように。

 初めて唇が触れて、思わず閉じていた目を開けたラウラに、顔を寄せていたセストは格好がつかないから目を開けるなよと笑っていた。


 ラウラが消えてしまえばあの未来がやってくるのだろうか。ラウラを忘れたセストは辛い任務を支え合いながら乗り越えたあの人を、こんな風に大切そうに触れるのだろうか。


 おばさんもギーも助けられなかったけど、彼のために命を懸けられたのは誇りに思ってもいい。

 それほど私は彼が好きだった。

 セストが忘れてしまっても、私は消える瞬間までずっと覚えているから。

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