20.傾く天秤(2)
占術師の老婆と別れ、セストはラウラの手を引くと人通りの多い通りへと足を進めた。
辺りはすっかりと日が落ちて、明るい街から見上げると遠くで星が瞬いている。
「冷えてきたし、遅くなる前に宿に入ろう」
セストはラウラを伴って、泊まる予定だった宿屋とは別の方向に歩き出した。
「セストの泊まってる宿はこっちなの?」
「違う。あんな安宿にラウラは連れていけない」
セストが泊まろうとしていた宿屋は、金を持たない荒くれ者や訳ありな者が多く、ふとしたことから小競り合いが起きたり、そこかしこで卑猥な言葉が飛び交っている。
自分だけであれば気にならなかったが、とてもラウラを連れていけるような場所ではない。
「かと言って、王都は全然分からないしどうしようか」
「三本向こうの通りにある宿は、ちょっと建物が古いけど掃除が行き届いていて、値段も良心的だって評判だよ。その二軒隣の食堂も安くて美味しいんだって」
少し得意げにラウラが笑っているが、セストは唖然とした顔をしている。
「どうしてそんなに詳しいんだよ?」
「王都に来てから宿の椅子とか食堂の隅とかを借りて寝ていたの。そこで色んな噂を聞いていたから詳しいよ」
ラウラの答えを聞いて驚いたのはセストだ。
王都は決して治安のいい都市ではない。あらゆる場所から様々な職業の人々が集まって来ている。それこそ後ろ暗い過去を持つ者も多い。
そんな場所で年頃のラウラがひとりで寝泊まりしていたと聞いて、血の気が引いた。
「そんなところで寝るなんて危ないだろう!」
「……誰も、私のことが見えないから、危ないことはなかったよ」
困り顔で自虐気味に答えるラウラにセストは言葉を失った。
宿屋の空きを確認しラウラお勧めの食堂に入ったが、案内されたのは壁際にある一人掛けのテーブルだった。
ラウラは給仕に何かを言おうしたセストを押しとどめると、誰の目にも留まらず隅にある椅子を運んできた。
「ラウラ……」
「さあ、何を頼もうか。ここは煮込み料理が美味しいんだって」
セストが給仕を呼んで料理を注文すると、一人でそんなに食べられるのかと心配された。大丈夫だと返事をしたセストだったが、露骨に落ち込んでいる。
ラウラの置かれている状況を分かっているつもりだったが、目の当たりにして衝撃を受けたのだろう。
「せっかくだから、楽しく料理を楽しく食べようよ」
ラウラの故郷の町でラウラがどのような扱いで、孤立していたかを目の当たりにしてやりきれなさが募った。
しかし、目の前のラウラは楽しそうにニコニコと笑っている。
「なんでラウラはそんなに笑ってるんだよ」
ラウラの境遇を悲しんでくれているセストには申し訳ないが、ラウラは目の前にセストがいることに浮かれていた。
もう二度と逢えないと思っていたセストに、再び逢うことができたのだ。
一目見るだけでいいと思っていたセストが、ラウラを認識し声をかけてくれた。もうそれだけで故郷での辛かった日々は払拭されている。
「セストが私のことが分かるとは思ってなかったの。だから嬉しくてつい顔に出てるのかな」
「町の誰もラウラのことが分からなくなったんだな」
「うん。お父さんもお母さんもお姉ちゃんも。どんどん私を忘れていくし、しばらくすると誰も私が見えなくなったよ」
食堂の給仕の心配をよそに二人前の料理を綺麗に食べ終えると、ふたりで宿屋に入った。
前評判どおり、建物は古びているが清潔感がある。セストの部屋は一人用の寝台と簡素な机と椅子が置いてあるだけの狭いものだ。
ラウラを寝台に座らせ、セストはその対面に椅子を移動させて座った。
「ラウラがずっと隠していたことを話してくれるんだろう?」
「うん。全部話すよ。ただ、どこから話したらいいのか迷ってる」
「とにかく全部。端折らなくていいから、関係あると思うことを全部話してくれ」
ラウラは少し考えた後、ゆっくりと話し始めた。
「私ね、運命の狭間を覗く魔女の末裔なんだって。おばあちゃんが死ぬ前に教えてくれたの」
「おばあちゃんってことは、おじさんもか?」
ラウラの言う祖母とは、一緒に住んでいた父方の祖母だ。それであれば父親も魔女の血引いていることになる。
「そう。女性にだけ受け継がれる能力で、お父さんは魔女のことを何も知らないんだって。絶対に誰にも話したら駄目だっておばあちゃんが言ってた」
それから、ラウラは祖母から聞いたかつての魔女やそれを庇った者に下された悲惨な末路を話して聞かせた。
「初めて未来を視たのはギーだった」
ギーとはラウラとセストが拾った瀕死の子犬だ。
ふたりで世話をして命を繋いで、ふたりと一匹どこに行くにも一緒だった。しかし、ラウラの視た未来のとおり、酔った男に蹴り殺された。
それを聞いてセストは突然過保護になったラウラのことを思い出していた。
「だから、ギーを自由に外に出さないようにしてたのか」
「その時はまだ半信半疑で、あの怖い夢が未来だって信じてたわけじゃないの。でも、ギーのことがあって、魔女の話が本当だって分かったの。だから、セストのおばさんの未来を視た時は絶対に助けないとと思った」
そして、ようやく心を決めてセストの母親の事故について話を始めたが、セストの顔を見て話すことはできず、ラウラはずっと下を向いたままだ。
「ラウラは雨の日に母さんが出かけるのをいつも止めてたよな」
「……どうにかして事故に遭うのをとめたかったの。でも、私はおばさんを助けられなかった」
セストの母親が死んだ時のことを思い出して涙が滲んだ。
セストの父親も姉も、母親の死をそれは悲痛なほど嘆き悲しんでいた。
ラウラももう一人の母のように慕っていたが、最も深い悲しみを抱えていたのはセストたち家族だった。
セストたち家族が母親の死を受け入れて、乗り越えるまでにどれだけの時間がかかったのか、間近で見ていたラウラは知っている。
「母さんが死んだのは、ラウラのせいじゃないだろ」
「本当はずっと後悔していたの。未来を視たことをおばさんに話していたら、もしかしたら助かったんじゃないのかって」
幼かったラウラはあまりに非力だった。
子供がいくら騒いだところでできることは限られている。
祖母の言いつけを守って誰にも告げず、ひとりでどうにかしようとしたが、大人の力を借りれば違う未来があったのかもしれない。
「ごめんね、セスト」
泣かないように唇を引き結んでいるラウラに苦笑いすると、セストはラウラの頬に手を触れた。
「お前ひとりに辛いことを背負わせてしまってごめんな。それから母さんのためにありがとう。あれはラウラのせいじゃなく、不幸な事故だったんだ」
「でも、私は知ってたのに……」
「母さんのことはもういいから、ラウラに関わる続きを話してくれ」
先を促され、ラウラは魔獣が出現し人々を襲い始め、そこへ魔力が発現したセストが動員されること。
セストと同じく魔獣退治に駆り出された、艶やかな金髪の女性と運命の出逢いをすること。
何一つ隠すことなく、ラウラはセストにすべてを伝えた。
「俺が町を出るときに待たないと言ったのはなんでだ?」
「……セストは私がセストを好きなこと知ってたよね? 他に愛する人ができたときに、私に罪悪感を持たなくていいかと思って」
難しい顔をしながら話を聞いていたセストは、ふぅと大きなため息をつくと頭抱えて下を向いた。
「あ、あとは勝手に捨てられるような気持ちになって、逃げてしまったの。強がった振りしてたけど本当は行かないでって引き留めたかったよ」
考え込んでしまったセストに慌てたラウラは、次々に弁解の言葉を重ねていく。




