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05:拠点購入

 古都カマクラ――数千年前から現在に至るまで、重要文化財として保護されている都市である。観光客が多いので実際に住んでいる人間はそれほどでもないのだが、文明が発達し、男性が滅びたとしても生活の部分はあまり変わらない。


「うわー! ぴかぴかの建物がいっぱいだ! これ全部人が住んでるの!? ありえなくない?」

「ありえなくない、じゃないですよ。むしろ今までのミカドの人生の方がありえないんですよ」


 カマクラのターミナルから少し離れた路地裏でタクシーを降りた二人だったが、その時点でミカドは初めてサーカスを見た子供みたいになっていた。


 やはりカマクラで抑えておいたのは正解だったと、アレックスは内心胸を撫でおろす。


「さて、ここから表通りに出るわけですが、僕は人前では話せませんからね。一応サポートはしますが、ミカドはあまり変な言動を避けるようにお願いしますよ」

「そんな変な言動しないよ」


 ミカドは子供っぽく怒りながら、路地裏から駅前へ足を踏み入れる。時間帯は早朝だが、働きに出る人が既にもう数十人はいた。


「女の子がいっぱいだー!?」

「にゃあ!」

「あ痛っ!」


 ミカドが馬鹿でかい驚きの声を上げた瞬間、アレックスが尻尾をムチのようにしてミカドのすねを引っぱたいた。その騒ぎのせいで、バスを待っていた学生らしき女子が何名か集まってきてしまった。


「わー可愛い真っ白な猫! あなたも真っ白だし、すごいキレイ!」

「え? あ、ど、どうも……」


 恐らく地元の学生なのだろうが、純粋な好奇心で寄って来たのだろう。興味深げに純白のミカドと白猫を眺めている。


「その制服、聖霊(せいれい)? すごーい! お嬢様なんだね!」

「そんなこと無い……いや、あるのかな?」


 ミカドは自分がまとっている制服がどれほどのものなのか分からない。しどろもどろに答えたが、相手は謙遜だと思ったらしい。ミカドが傲慢な態度を取らなかったのと、足元の猫がちょこんと座っていたせいで、ぐいぐい距離を詰められる。


「にゃーん!」

「かわいー! ねえ、この猫ちゃん触っていい? あたしお菓子持ってるよ? 食べる?」


 ミカドに詰め寄っていた学生から注意をそらすように、白猫アレックスはその女子の足に擦り寄った。女学生はカバンに手を突っ込み、小魚とアーモンドの入った小さなパックを取り出した。


「へへ、カルシウム補給として入れてるんだよね。はい、あげるね猫ちゃん」


 女学生が小魚の部分だけ取り出すと、アレックスは目を細め、実にうまそうに食べた。その動作があまりにも可愛らしかったので、学生はアレックスを撫でまわした。


「あ! そろそろ行かないと! じゃあ縁が合ったらまたね!」

「う、うん」


 嵐のように詰め寄ってきた学生たちは、これまた風のように走り去り、やってきた通学バスへ乗り込んでいった。ほとんどが通学生だったらしく、駅前はほぼ無人になった。


「まったく、人用の食べ物を猫に与えるのはご法度ですよ。まあ僕は食べても大丈夫ですが」


 アレックスは口の中に入っていた小魚をまずそうにぺっ、と吐き出した。先ほどの学生たちが見たら幻滅すること間違いなしだ。


「せっかく貰ったのに」

「猫の姿は便利ですが、どうにも愛嬌がありすぎるのがネックです。可愛いというだけで内面を見抜けない人間は呆れ果てますね」


 可愛さが一ミリも無いセリフをアレックスは呟いた。それからミカドを促すように、周りに人がいないことを確認し、ほとんどバスが来ない停留所のベンチに並んで腰掛けた。


「ところでさ、この制服のこと聖霊とか言ってたけど、よく考えたら全然知らないや。アレックス知ってる?」

「聖エスメラルダ霊峰学園。略して聖霊と言います。良家のお嬢様や金持ちしか入学資格が無いのですよ。そこに入れるというだけで箔が付くので、籍だけあって通信教育というのもあります」

「ふーん」


 アレックスの説明を聞いてもミカドはピンと来なかった。それに、あくまで学生の身分はカモフラージュのようなもので、ミカド自身は通学する気はさらさら無い。


「それを着ているだけで先ほどのように一目置かれる程度の効果はあります。目立ちはしますが、無用なトラブルを避けるくらいの魔除け効果はあるでしょう」


 アレックスはそう補足した。聖霊の制服に身を包んでいるだけで、例えば喧嘩などがあっても、取り締まる側がビビって問答無用で解放したり、高額な店に入ったとしてもやたら接客がよくなるなどだ。


 目立つことがネックではあるが、かといって先ほどのように馬鹿みたいに騒がなければ遠巻きに見られる程度だ。メリットの方がはるかに大きい。


「そっか……だから父さんはこの服を用意してくれたんだね」


 ミカドは胸に手を当て、愛おしげに制服のリボンタイを撫でた。


「感傷にふけっている場合ではありませんよ。外部でこうして喋り続けるわけにもいきませんし、早く拠点を見つけなければ」

「拠点? 隠れ家って事?」


 そう言われ、ミカドは辺りを見まわす。そして、ビルの一角を指さした。


「あの建物の隙間なんかどうかな? 十階くらいの所に隙間があるから、そこに潜り込んで」

「ミカド、魔の島でのサバイバルじゃないんですよ。ちゃんと人間が住む部屋を用意しろと言っているんです」

「そうは言ってもどうやって?」

「こうやってです」


 アレックスはミカドの太ももの上に手を置き、以前やったハッキングの要領で目の前にウィンドウを表示した。複数のウィンドウに家の写真と文字列が表示される。


「こんな感じで物件を探すんですよ。とりあえずこの辺りの圏内に絞りましたが、ミカドの財力ならどれでも即金で買えます」


 アレックスは検索条件をカマクラの駅近く。そして金さえ振り込めばその場で自動的に入手できるものを選んだ。ノータイムで買える物件は条件がとてつもなく厳しいのだが、今のミカドが持っている権限なら、コンビニでお菓子を買う感覚で購入できる。


「どれがいいのか分かんない……適当でいいや」


 ミカドが選んだのは、駅から徒歩三分の大型マンションだった。お値段一部屋たったの八億である。


「ええと、冷暖房防音完備。ペット可能。防音百パーセントにセキュリティ完備。爆撃無効に対空ミサイル設置に……ま、いいんじゃないですかね」


 いらないオプションが多数付いているが、アレックスは途中で面倒くさくなったので読むのをやめた。ここで喋り続けるのはアレックスにとっても、ミカドにとってもあまり得策ではない。


「じゃあ買うね。えっと……ポチっとな」


 購入しますか? と表示されたボタンをミカドは押した。本来なら規約などが出てきて、いいんだな? 本当にいいんだな? とうざったいくらい聞かれるのだが。ミカドの生体IDはそれを即座にクリアできる代物だった。


 ピコーンという軽い音と共に、八億の家が一瞬でミカドの所有物件となる。それと同時に、生体デバイスに住所登録がされる。


「本来なら地図を確認するのですが、ここから五分も掛からない場所です。早速移動しますか」

「うん。人間の家ってどんな感じなのかな。楽しみ!」


 まるで人外みたいなセリフを口にしながら、ミカドはルンルン気分で歩き出す。そうして駅の反対側へと渡ると、巨大な長方形の建物が見えた。


「……ここ?」

「ここ」


 ミカドは、首をかなり反らさないと上が見えないほどの建物を見て固まっていた。


「何をしているんですか。今日からここの一室に住むんですから早く行きなさい」

「え、でも……」

「にゃっ!」


 人が近づいてきたので、アレックスは馬を追い立てるように尻尾ムチでミカドのふくらはぎを叩く。ミカドはしぶしぶといった感じでエントランスに入るが、そこはまさに異世界だった。


 今まで朽ち果てた遺跡のような場所に住んでいたのに、いきなりほこり一つ落ちていない最新式のマンション住まいである。石器時代からワープしてきた原始人のような反応になるのも仕方ない。


「こんなの人間の住む場所じゃないよ!」

「多少豪勢ではありますが、人間の住む場所はこんな感じです。早く慣れてください」

「もう帰りたくなってきた……」


 弱音を吐きつつも、ミカドは恐る恐るエレベーターへと乗り込んだ。高速で動くのに体に負担が一切かからず、まるで浮遊しているような気分になる。高い所は全然大丈夫なはずなのだが、安全なエレベータの中に居るのにミカドは逆に怖がっている。


「28階ですからね。間違えずにボタンを押してくださいよ」

「28階のどこ?」

「だから28階ですよ。丸ごと」

「丸ごと……って?」

「表示されてた部分を丸ごと買ってしまったんですよ。キャンセルは効きませんからね」


 そう、ミカドは何も考えずポチポチとボタンを押していたので、その階層の六部屋分を丸ごと買い取ってしまったのだった。つまり、28階は事実上ミカド層ということになる。


「なんで教えてくれなかったの!?」

「別に丸ごと買ってしまっても問題無いからですよ。じじいの金なんて使いつくせばいいんですよ」

「えぇ……」


 アレックスは面白そうに笑う。そうしているうちに、エレベーターは28階に着いてしまった。

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