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「おばあさん、行っちゃった……」
「ああ、けれどこれが今生の別れではないからな」
遠ざかるおばあさんが見えなくなるまでサイラス様と並んで二人、ずっと宙を仰いでた。
寂しさはあるけれど、今私の心は晴れやかだった。
「ねぇサイラス様、今日から私も政務室に行っていいですか?」
サイラス様と繋いだ手にぎゅっと力を籠めた。
おばあさん見てて? 今度会った時、私はおばあさんがびっくりするくらい立派な龍王妃になっているから!
「ふむ、それは構わんが手持無沙汰になってはいかんな。ももかは何が得意だ? 何か簡単な仕事からやっみるか?」
「ぜひ! 私、経理会計が得意です。王妃様のお仕事にそれっぽいのはありますか?」
高校生の時、すっごく頑張って簿記一級を取ったのが私の唯一の自慢だ。
こう見えて私、パソコンタイプは超スピード級。電卓だってバチバチ叩いちゃうんだから。
え? ここにはパソコンも電卓もない?
大丈夫! 私、そろばんも出来るから! ……あるのかな?
「ももかは頼もしいな! だがももか、龍王妃たるももかの仕事はにこにこと笑顔で我の隣にあるだけで良いのだぞ?」
えっ、それでいいの??
首を傾げる私の頭をサイラス様は優しくぽふぽふと撫でた。
「ももかはそれでは不満か?」
「不満じゃないよ。でも全部おんぶに抱っこじゃなくて、私もサイラス様の負担を一緒に分け合いたいって思う。だって私とサイラス様は唯一無二のつがいだから!」
サイラス様が目を見開いた。あんまりにも大きく見開くものだから、綺麗な水色の瞳が零れ落ちそう。
そして次の瞬間、サイラス様は弾けるような笑顔を見せた。
っ!
わ、わぁぁ。サイラス様が微笑めば、キラキラ、ピカピカの粒子が舞う。最近はサイラス様の美貌に少し耐性がついてきた。
それでもこんな、蕩けるみたいに甘い微笑みは反則でしょう? ドキドキが止まらないよ。
だけど、私のドキドキはこれだけじゃ終わらなかった。サイラス様が終わらせてくれなかった。
「……ももか」
僅かに首を傾けたサイラス様が私に顔を寄せる。
?? 私の視界を埋め尽くすキラキラ、ピカピカの美貌がドアップに迫り……。
ふわん。
??
砂糖菓子より甘くって、マシュマロよりも柔らかい。
私の唇に一瞬触れたその感触は……。
「#$%&’#”っっ!!」
「ももかっ!?」
サイラス様との初めての口付けは、……ダメだ。頭に血が昇っちゃって真っ白けっけ。
へへっ、へへへへへっ。頭が沸いちゃう。
「……ももか、どちらかと言えば龍王妃の本職は経理会計よりも……いや、我は五十年待ったのだ。……まだ待てる……おそらく」
?? サイラス様、今の私は何を言われても上の空。後でもう一度、教えて下さ~い。
パチッ、パチパチパチパチッ。パチン、パチンッ!
そろばんがあったのならばこっちのもの。
珠を弾いて弾いて弾きまくる。分厚い資料を端から珠算。
「なぁサイラス、ももか様の計算スピードヤベェな。城の財務担当官もう抜け殻んなってんぞ?」
「我のももかは可愛いだけでなく、なんと優秀なのか!」
「サイラス、とても氷の龍王と皆に恐れられるお前の言葉とは思えねーわ。つがいが出来っと変わるもんだな」
後ろでぶつぶつ言ってるサイラス様と補佐官のアレスさんを尻目に、私はそろばんを弾いて弾いて弾きまくった。
こうして山と積まれた財務資料はあっという間に平らになった。
あれっ? これで終わり?
「サイラス様、もっとお仕事ください?」
振り返り、サイラス様におかわりを要求。
「……ももか、そうそう根を詰めんでいい。我と散歩に行かないか?」
「はいっ!」
別に根は詰めていないけど、お散歩のお誘いは喜んで!
翼を広げ、くるくるぷかぷか、サイラス様の隣を飛ぶの。
平和な龍の国を眼下に見ながら、どこまでもずーっと一緒。
「サイラス様、私サイラス様が大好き」
「ももかよりもっと、我はももかが大好きだ」
「じゃあ、私はそれよりもっともっと、大好き!」
へへへっ。
ぴっこ、ぴっこ。ぱった、ぱった。
「ねぇサイラス様、今度人の国のパン屋さんまでデートをしませんか?」
「すまんがももか、パン屋は先日閉店している」
「えっ!? あんなに美味しいのに、つぶれちゃったの!?」
「いいや。新装開店のためだ」
「わっ!! サイラス様、おかみさんにとびきり大きな花輪を手配をしなくっちゃ!」
「ふむ、そうだな。とびきり立派なのを手配しよう」
「あ、マルスとトムの鍛冶屋さんにもだね!」
「……ふむ、ついでということで仕方あるまい。ほどほどなものを手配しよう」
大好きなサイラス様との空中散歩は、うっきうきのわっくわく。
……ぴこ、ぴこ。
ぱた、ぱたっ。
「ももか? それ以上高度を下げては、可愛いお腹を地面に擦ってしまうぞ?」
「へへへっ、サイラス様、実は私ちょっと疲れてきちゃったの」
だけどピンクの赤ちゃん龍は、そうそう遠くまでは飛べないの。
「どれ? ならば我の背に乗るといい」
でも私には、百人(龍)力の飛行力のサイラス様がいる。唯一無二のつがい同士に、遠慮は無用。疲れちゃったら私だけの特等席、サイラス様の背中に乗るの。
「はーい」
ぽよぽよの前脚で、キラキラツヤツヤのたてがみを握る。
「ももか、落ちぬようしっかり掴まっておれよ?」
サイラス様はグンっと高度を上げて、力強く飛行する。
「はーい!」
私はこれから先も大好きなサイラス様と一緒に飛んだり、背中に乗ったり、同じ景色を眺めていくの。
サイラス様と一緒に、私はこの地に生きていく。
(コソコソ……)桃色の夜のお話しをお月さまの彼方に、こそっとアップいたしました。
ご興味おありの方はどうぞ、お月さまへ……。
ちょっとでも「ももちゃんはそんなのダメ!」と思われましたら、こちらにとどまっていただけますと無難です。




