16
人の国が近づくにつれ、色濃くなるももかの気配に我は確信した。
間違いない、ももかは人の国にいる!
そこは草臥れた家屋だった。
しかし間違いなくこのボロ屋からももかの気配がしていた。気が急いて、気ばかりが急いてはやる心のまま扉に拳をぶつけた。
ドンッ、ドンッ、ドッ、……ドンガラガッシャーーンッッッ!!
強めに扉を叩けば、錆びた蝶番はボロリと外れ、扉は崩れ落ちた。見た目に違わず、ボロ屋は造りもオンボロであったらしい。
「あんだっ!? あんだあんだ!?」
「お、俺らの城が崩れちまったぁーー!」
中から転がり出てきた二人組もまた、随分と草臥れた風貌だった。二人の肩を押しやって、屋内を見渡した。
「な、ななななんだアンタ!?」
「か、かかか、勝手されちゃ困んぜ!」
壁からは隙間風が吹き、一歩歩けば床が軋みを上げる。空いた穴ぼこから青空が見通せる屋根は正しく雨露を防ぐ機能があるのか甚だ疑問だ。
……ここに、ももかはいる! ももかの色濃い気配に我は確信していた。
「ここに幼龍がおろう?」
人の身に我の波動は重い。男達は吹き飛ばされそうになるのを柱を支えにして堪えていた。
「ピ、ピピピ、ピンクの赤ん坊龍なんて知らねぇなぁ~?」
「……ほう、幼龍はピンクであったか?」
阿呆共、我が息の根を止めてくれる!!
「トムッ、この馬鹿野郎!」
「う、うぅぅ~、す、すまねぇ!」
必死で柱に縋る男達に歩み寄る。
「どこに隠しておる?」
男達の首根っこを掴み上げた。
「俺達ゃほんとに知らねーんだ! おちびちゃんは俺らを捨てて行っちまった!」
「隠しちゃいねぇ! ちびちゃんは居なくなっちまったんだ! 三食ちびちゃんに食わせてもらって、それに依存しきってた俺らはきっと、ちびちゃんに愛想を尽かされちまったんだ!」
ももかに捨てられた? ももかがこいつらを食わせていた?
我は掴み上げた軟弱な人間をポイッと放った。龍は気配を読む事に長けている。故に冷静に鑑みれば分かる、この人間どもは阿呆だが嘘は吐いていない。
……では、この気配は何だ?
我は尚も騒がしくまくし立てる男どもを視線ひとつで黙らせると、ももかの気配を辿った。
そして綿埃が溜まり蜘蛛の巣が張る小屋の隅に感じた凝縮されたももかの気。
……この中だ! 負い紐の一本が外れ、籠部分も割竹がボロボロッと朽ちた背負い籠からキラッキラピカッピカと一層に溢れ出るももかを感じた。
勢い勇み、壊れた背負い籠に手を突っ込んだ。中から干からびた芋の茎と豆殻に埋もれた麻袋を引っ張り出した。
ももかっ!!
溢れ出るももかの気に、麻袋の口を開ける我の指先が震えていた。
開けた瞬間に滂沱の涙が頬を伝った。
!! ……ももか! ももか!! なんと美しくも無残な姿になり果ててしまったのか!
キラキラと弾けるピンクの輝き。けれど、どこまでも無機質に輝くそれはももかであって、ももかでない。
何故!? どうしてももかがこのような姿に!?
貴石は違えようなく、ももかそのもの!
「……貴様ら、これをどうした!!」
衝撃に呼吸の仕方を忘れた。怒りで体はガクガクと震えていた。
迸る憤怒の情を抑える気もなかった。
「あんだそりゃ!?」
「綺麗な飴玉だなぁ~」
「ばーろいトム、飴玉な訳があるかっ!」
この男どもがももかを害した訳ではない。けれど、ももかをかような姿に落とした人の国など、一国ごと木っ端微塵と散ってしまえばいい。
我の渦巻く怒りの波動は氷点下の冷気となって小屋内を吹きすさぶ。人の身には過ぎた冷気に、男どもはヒュッとひとつ喉を鳴らしてカチンと凍り付いた。
ももか! ももか!! ももかぁああああああ!!
キラキラの貴石になったももかを抱き締めて、俺は慟哭した。何故、何故、ももかはこんな姿に!? 誰がももかをかような姿へと貶めた!? 赦さぬ! 我は赦さぬ!!
どれ程涙に暮れていただろう。
!!
小屋の外、新たに感じたももかの気配にビクリと肩が揺れた。それは再びのももかの気配! ももかの気配が段々とこの小屋に近付いていた!!
!? ももか、なのか!?
ももかの気配に我は激しく混乱していた。
生きておるのか!? 貴石になって儚く散ったと思ったももかが、生きておるのか!?
我はももかの欠片を拾い集めて麻袋に戻す。それをきつく抱いたまま、新たなももかの気配を求めて小屋の外へと飛び出した。
「っ!」
「あんれっ!」
飛び出した瞬間に、訪ねて来た人物と鉢合わせした。
あるいはももか本人(龍)ではないかと淡い期待があった。結果、現れた人物はももかではなくふくふくと肥えた人の女だった。
「あんれ~、あんたがここのお宅の方かい? こりゃーまた、ボロ屋にはそぐわないえらい色男だね。おやおや? 立派な氷像が二体もあるね、兄さんの趣味かい?」
女は凍り付いた二人を前にしても、朗らかにカラカラと笑って見せた。ももかの気配を色濃く漂わせる肝の据わったその女に、我は何故か毒気を抜かれていた。
「……最近氷像にハマっていてな」
「そうかいそうかい! ほれ、これが薬師のおばばからの預かり物さ」
薬師のおばば?
女は我が何か言うよりも前、まるまるふくふくとした手に握る封筒を差し出して寄越した。
封筒からもまた、ももかの気配が滲み出ていた。
我は震える手で封等を受け取ると、破るように開封して中身を取り出した。
コロン。
転がり出たのはやはり、ももかの貴石!
ぎゅっと手のひらに貴石を握り締め、貴石を包んであった紙をカサリと開いた。
『ピンクのお嬢ちゃんがアンタらに伝言したいってんで、代筆で伝えるよ。お嬢ちゃんが背負い籠の中のピンクの宝石をアンタらにやりたいそうだ。背負い籠の中にはコレと同じのが十個程入ってるそうだ。お嬢ちゃんはそれを元手にアンタらが真っ当に生きていくのを望んでるよ。それと、分かっちゃいると思うがコリャ目ん玉が飛び出る程の高級品さ。せいぜい悪い輩に狙われないようにしっかり管理をおしよ』
!!
達筆に綴られた文章の最後には、ももかの手形のスタンプが押されていた!
あぁ! なんと可愛らしいももかの手形!!
「これを! これを書いた人物は誰だ!? 今、何処にいる!? その人物はピンクの幼龍を連れていたのか!?」
畳みかける我に、女はころころと笑った。
「ちょいとお待ちよお兄さん、そう一気に捲し立てられちゃ答える間がないよ」
女は人好きのする笑みを浮かべ、ベシベシと我の腕を叩く。
「す、すまぬ」
「あたしゃこれを薬師のおばばから、ここのお宅に届けて欲しいって頼まれたのさ。薬師のおばばとあたしゃ旧知でね~。あたしの勘じゃ、あのおばばはきっと只人じゃないね。それにしたって、まさかおばばがあのお嬢ちゃんを飼っていただなんてちっとも知らなかったけどね」
その薬師の女がももかを飼っているのか!
「その龍は!? そのピンクの龍は生きているんだな!?」
「やだよお兄さん、ピンクのお嬢ちゃんは元気も元気。出発の時にはおばばを急かして、おばばの背中に体当たりしていたよ」
ああ!! ももかが、ももかが無事に生を繋いでいる!
しかし出発とは何の事だ?
「薬師の女はどこにいる!?」
「おばばはね、一昨日この街を出ちまったよ。それこそピンクのお嬢ちゃんに急かされて随分と慌ただしく出て行っちまったもんだから寂しいさね」
なんと!
「何処に向かったのか知っているか!?」
「いや~、そこまでは知らないね。だけどおばばもピンクのお嬢ちゃんが急かすもんで仕方ないって笑っていたよ。ピンクのお嬢ちゃんがよっぽど何処かに行きたがったのかねぇ?」
女は首を傾げてみせた。
自惚れかも知れぬ、けれど仮にももかがどこかへ行く事を望んだのだとしたら、それは我の元ではないか!? その可能性は十分にあり得ると思った。
……戻ろう。我は龍の国に戻り、ももかの帰りを待つ!
「そうそうお兄さん、あんたえらくいい男だからコレをあげるよ!」
女は前掛けのポケットからキラリと金色に光る小瓶を取り出した。ズイッと差し出されたそれを反射で受け取った。
「? これは?」
日に翳せば、瓶の中の液体はトロリと揺れて、陽を反射してキラキラと光った。
「最高級の蜂蜜さ。それはお嬢ちゃんがえらく気に入ってねぇ~。家のパン屋じゃそうそう出る品物じゃないんだが、お嬢ちゃんの為に仕入れたのさ」
なんと! この蜂蜜をももかが好むだと!?
ももかの行方が知れたなら、大量に買い付けて我が城に届けさせよう!
「お嬢ちゃんから代金の代わりに渡されるピンクの宝石はとてもパンと交換していい代物じゃなさそうだが、お嬢ちゃんが交換してくれと頭を下げるものだからさ~。まあね、あたしのパンを一度食べたら他のが食えないのはその通りなんだけど、金額的なところを考えると心が痛んでね。それでまぁ、せめてもと思ったわけさ」
……パ、パンと交換!? ももかの貴石をパンと交換だと!?
我は聞かされた衝撃の事実に気が遠くなりそうだった。
「色男のお兄さん、よかったら今度あたしのパン屋に来とくれよ。お兄さんになら、たんとおまけを付けたげるよ。それじゃ~ね」
コロコロと笑いながら女は来た道を帰って行った。
女はパン屋と言ったな? ……ふむ。ももかが好きならば我が城の専属パン職人として引き抜いてもいいやもしれぬ。
いや! 今はそれより、ももかが我が城に向かっているやもしれぬ! かくなる上は、一刻も早く帰城をせねば!
踵を返そうとして、我は右手に握った封筒と左手に握った麻袋に思い至った。ついでに、屋敷の中で凍ったままの二人組にも。
……今、我の手にあるももかの貴石。しかしこれらはももかが自らあの二人に託した。
我すら持ちえぬももかの貴石。その全てが奴らのものだと言うのか!?
……許せん。とてもとても見過ごせぬ由々しき事態。けれど、それがももかの望み。
涙を呑んで小屋に戻ると、二体の氷像をゲシッと蹴りつけた。
ピキッ、ピキピキピキッ。ピッキーンッ。
すると、蹴りつけたところから氷はひび割れて中からキンキンに冷えた二人が現れた。
「ブ、ブ、ブ、ブエックショーイッッ! こんちくしょいさっびぃよぉぉぉぉ!!」
「ブ、ブ、ブ、ブエックシューイッッ! こんちくしょい凍えっちまぁよぉぉ!!」
二人は凍っていたくせに起き抜けからして随分と威勢が良かった。こんな事ならばもっと長く凍らせておくのであった。
そして我はおもむろに手巾を取り出して両頬を拭った。左右から飛んできたくしゃみの飛沫は避けようも無く、我は物の見事に被ったのだ。
王である我にかような仕打ちをした者はこれまで一人としていない。……そんな打ち首物の非礼を我は一度に二人から食らった。
「おっめぇ人の事凍らせやがって、人にゃやっていい事と悪い事があんだ!」
「……ってかトムよ? 俺達の事を凍らせるってそりゃあもう、人でねぇだろがよ?」
「……言えてらぁ!」
我は特大の溜息をひとつ溢すと、右手に握る封筒を差し出した。
「あん?」
本当は差し出したくなどなかった。けれどももかの意思に添い、我は泣く泣く差し出した。
男達は手紙に目を走らせて、そして揃って腰を抜かした。
「こ、ここここ、このキラッキラのピッカピカを俺たちにってか!?」
「こ、ここここ、こりゃーすげぇ!」
ももかそのものと言っても過言でないこれらを、二人はどこぞかに売り払うのだろうか?
そうならば、我はなんとしても全てを買い戻す。
「……何処に売るのだ?」
例えももかの一片とて他の誰かがその懐に温めようなどと許せる筈もない。ももかの全てを我の手に!
「あーん?? 売るわきゃねーだろ、売るわきゃよ! こりゃちびちゃんが俺らに残した餞別だ。ずっと取っておくにきまってるだろうが」
「ああ! こりゃ今度おちびちゃんに会う時までの預かりもんだ!」
!
我の予想に反し、ももかの貴石は丁寧に二人の懐に仕舞われてしまった。
……不思議だった。誰にも渡してなるものかと思った。けれどももかの貴石が二人の懐に仕舞われた今、我の心はさほど波立ってはいなかった。
はぁ。仕方がない、ももかの貴石はこ奴らに託すしかなさそうだ。我は今度こそ小屋を後にして龍の国へと向か……うん?
振り返れば男達が我のマントを鷲掴んでいた。
「人外のあんちゃんよ? オメェさんまさか俺らの小屋さぶっ壊して、そのまま行っちまおうってんじゃねーよな?」
「そうはいかねぇぞ!」
一度は我に凍らされ恐怖に縮みあがっていると思いきや、この二人には存外気骨があるらしい。いや、ただ阿呆なだけかもしれんが。
「……金か?」
我は懐から小切手を取り出した。龍王の紋入りゆえ、国境の両替所ですぐにも換金可能だ。
さて、この小屋の損壊に一体いくらの値を付けるべきか……。あぁ、きっと凍り付かせた分の慰謝料も上乗せする必要があるのだろう。
「馬鹿言っちゃいけねぇ!」
「そうだそうだ!」
我が金額欄にペンを走らせようとした瞬間、まさか小切手はペチンと叩かれて地面に落ちた。
男達は一も二もなく頷くだろうと思っていた。けれど意外にも、二人は金で解決するのが不満らしかった。
「……では、どうしたらよいのだ?」
金でないとすると、まさか地位や名誉でも望もうというのか。
「「俺たちも(お)ちびちゃんに会いてぇ!」」
!!
「……連れて行けというのか?」
我にこの愚鈍な二人を龍の国へ伴えというのか?
「「おうよ!」」
……我は伴った。物凄く不服だが、伴った。




