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「おかしいねぇ……しかしそんな筈は無いんだけどねぇ」
うん?
もっきゅもっきゅ、ごっくん。
一夜明け、私は朝食におばあさん手製のおやきを食べていた。昨日の昼食から数えておばあさんの食事に舌鼓を打つのはこれで三回目。
私は気付いていた。おばあさんの料理の腕はプロ級だ。
そんなおばあさんが私の後ろで例の大鍋を掻き回しながら、ブツブツと何事か呟いている。
ぱくっ。
あ! このおやきの中身、野沢菜だ! 私、野沢菜のおやきだ~い好き。
もぐもぐもぐもぐ。
野沢菜のおやきを食べ終えて、大皿から次のおやきを物色する。
う~ん、う~ん、どれにしよう。あ! このおやき、ちょこっと緑の葉っぱが出てる!
私は迷わず野沢菜と思われるおやきを掴ん、……あれ? 掴もうと思ったおやきが、掴む直前で奪われた。
見上げれば、当然奪ったのはおばあさん。
「ふんっ、あたしもおやきは野沢菜が一番でねって、そんなのはどうでもいいんだ」
どうでもいい、おばあさんはそう言ったくせに、ちゃっかり野沢菜のおやきに齧り付く。あー! どうでもいいなら、その野沢菜のおやきは私にくれればいいのにー!
「……もっきゅ、もっきゅ。……そんでお前さん、何かあの鍋に悪さをしやしなかったかい?」
悪さってなに? 悪さって……あぁ、アレかな?
昨晩、確かに私は大鍋の中に皮膚だかウロコだか垢だかを落としていた。
後ろ暗い事のある私はおばあさんの紫の瞳が直視できない。直視できずにどうしたって目線が泳ぐ。
ワシッ!
「きゅあ!」
わぁ!
そうこうしている内に、おやきを食べ終えたおばあさんが私の首根っこを掴んだ。
カラーンッ。
その弾みで、私の首の辺りから何かが床に転がり落ちた。
「うん? こりゃあ何だい?」
おばあさんが腰を屈め、摘み上げた物は!!
あ! あ! あああぁぁぁぁ!
私のピンクの宝石だった。そう言えば、マルスとトムの小屋を出る時に食べ物と交換しようと思って首輪に忍ばせてあったんだ!
「……ほーぅ、こりゃあ随分な値打ち品だねぇ?」
ヒィッ!
おばあさんがジトリと私を見つめる。……恐い、逃げたい。試しに翼をはためかせてみたけど、首を掴むおばあさんの手は容赦がなくてとても逃げられそうになかった。
ひぇええええん!
「きゅ、きゅーあぁ」
かくかくしかじかで、ポリポリかいかいするとゲットできるの。
……逃げは許されず、物の見事に白状させられた。私は仕方なく掻い摘んで簡潔に説明した。
「ほーう、それにしたっておかしいね。普通は龍晶など生涯にニ三個くらいしか落とせないんだがね。お前さんはよくもまぁそんなにボロボロと……。しかもお前さんのは希少も希少な桃色晶だ。身辺にはようよう気をお付けよ?」
この段になると、疑惑は核心に変わった。おばあさんは私の表情を読んでるでもなんでもない、おばあさんには私の言葉が分かっているんだ!
「きゅぁあ??」
なんで??
龍体を取らねばサイラス様にも伝わらなかったのに何故、おばあさんには伝わるんだろう?
「不思議かい?」
「きゅ」
物凄く不思議ですとも。
ピッカーーーーンッ。
わ、わぁあああああああああ!?
私の目の前で、おばあさんは一瞬でキラッキラピッカピカのピンクの龍に変わった! 広くない部屋の中はおばあさんの巨体で埋め尽くされた。
『アッチ! アチチチチチチチチッッッ!!』
おばあさんの悲痛な悲鳴は私の耳から頭からと、大音響で反響した。
た、大変!
おばあさんの龍体に驚くよりも、巨体のおばあさんの尾っぽの先っちょが鍋に突っ込んでいるのに大慌てだ。
私は飛んでって、おばあさんのぴらぴらキラキラした尾っぽの先っちょを鍋から引き上げる。
そして私は尾っぽの先っちょをおやきと一緒に飲んでいた麦茶のコップに押し込んだ。コップの中にはいまだ溶け切らずに氷が残っているから冷え冷えだ。
尾っぽの先っちょのぴらぴらキラキラはピンクから赤に色を変えていた。……尾っぽのほんの先っちょって、鬣とか髭みたいに神経なんて通ってなさそうに見えるのに、おばあさんは跳び上がって熱がった。
へー、ちゃんと感覚あるんだ。私も尾っぽの先っちょだからと油断しないで、気を付けなくちゃ。
シューーーン。
「ヒー、ヒー、全く酷い目にあったよ。かれこれうん千年振りに龍体を取ったもんだから、すっかり自分のサイズを見誤っちまった」
あ。
見る間におばあさんは縮んで、おばあさんに戻った。
見上げるおばあさんの紫の目には薄く涙が浮かんでいた。……可哀想。
「はぁ~、で? どうじゃ、分かったろう?」
「きゅ」
うん、分かった。おばあさんが結構ドジだって事も分かった。
そして、おばあさんの正体は私と同じピンクの龍!
へへへっ、なんだろう胸がほわんと温かいこの感じ。仲間? 同士? 上手く表現できないけど、おばあさんと私が同じだって分かった事はとにかくとーっても嬉しい。
ふふふふふっ。今日という日は嬉しい日だぁ~、ん? あ! あのおやきも緑が出てる!
「……全く暢気なお嬢ちゃんだよ。珠玉の桃色晶をボロボロ生みだせるとあっちゃ、どれだけ注意したってし過ぎるこたぁ……って、まるっきり聞いちゃいないね」
もっくもっく、ぱくぱく。
やっぱり野沢菜のおやき最高。だけどそろそろお腹がくちい。次はあんこのおやきを食べて最後にしよーっと。
あ、麦茶飲みたいな。だけどおばあさんの尾っぽが浸かった麦茶ってちょっと抵抗あるよね。
「きゅぁ?」
おばあさん、新しいコップを頂戴?
***
「……こりゃあ、とてもじゃないが売り物にはならないね」
ガーンッ。
三日三晩煮込み続けた薬草の大鍋を前にしたおばあさんの呟きに撃沈した。
そんな、そんなぁ~。
襲う蒸気に何度も蒸しトカゲを覚悟して、体力の限界で何度も煮え滾る鍋に落ちそうになり、それでもなんとか混ぜ続けてやっと完成に漕ぎついたのだ。
「きゅあ~!」
なんでよ、なんでよ~! ボフッ!
「これこれ」
おばあさんに体当たりで抗議すれば、おばあさんは私をひょいっと腕に抱き上げて、聞き分けの無い幼子を諭すみたいに私の頭を撫でつけた。
わぁ……こんな風に誰かに我儘を言う、そしてその我儘を受け止めてもらう。それはなんてくすぐったい感触がするんだろう。
なでなでするおばあさんの手はこの上もなく優しかった。
……ころころ。
「これには希少な桃色晶がどっぷり混ざっちまったんだよ。人の身にちょいとばかり効きのいい鎮痛薬が、お前さんのおかげでどんな傷も一瞬で消え、不治の病もたちどころに治る妙薬になっちまったのさ」
!!
あばあさんが呆れた様子で告げた事実に目玉が落っこちるかと思った。
そ、それはファンタジーな夢にしたってミラクルが過ぎる。
「きゅーぁぁ」
それは、とてもじゃないけど売れないね。……ごめんね、おばあさん。
「まぁいいさ。人の国で売ろうものなら大問題じゃが、龍の国に戻って売りゃあいい。そんで城屋敷の二戸や三戸も買おうじゃないか。龍が桃色晶を抱いて眠れば桃源郷の如き桃色の夢がみられるからね。そうさね、龍王様に売っ払ってもいいね。確か今代龍王サイラスは独り身が長いからね、案外喜び勇んで買うやもしれん」
!? サイラス!? 今、おばあさんがサイラスって言った!
「きゅあ! きゅああ! きゅーああ!!」
うわぁぁあああ! よかった!! よかったよう!!
私、同じ空の下、サイラス様と同じ時代にいたんだね!!
おばあさん、私、もうすぐにだってサイラス様に会いたいの! 居ても立ってもいれないの!
グイグイとおばあさんの袖を噛んで引っ張った。
「あん? 直ぐにでも龍の国に行きたいって? ……仕方ないね、別にここに留まる理由もないんだ。それじゃ、食ったら出ようかね?」
ぜひっ!!
そうして私とおばあさんはいそいそと人の国を後にして、サイラス様のいる龍の国へと旅立った。
サイラス様待っていて。私、サイラス様に会いに龍の国に行きます!




