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ぐつぐつ、ことこと。
はぁ~~。
盛大な溜息も仕方ないと思うんだ。大鍋はとてつもなく大きくて、私は飛びながらヘラで混ぜないと奥まで掻き回せない。
だけどこれだと湯気が熱い。それこそ私は蒸しトカゲになってしまいそうだ。
「はははっ。知っているかい? 蒸したトカゲの肉は鶏肉みたいな食感で淡白で美味いんだ」
ぞぞぞぞぞっ。
……今ので一気に暑さも吹き飛んだ。
せっせ、せっせ。まぜまぜ、まーぜまーぜ。
私、一生懸命混ぜるから、どうか蒸して食べないで。
だけど不思議なんだよね、おばあさんにも当然私の言葉は通じていない筈。なのにおばあさんとは顔と顔、目と目で意思の疎通が出来ている。
それに初見の時は思わず腰を抜かしたけれど、こうして改めて見ればおばあさんは物凄く端正な顔立ちをしていた。
もちろん老齢故に皺は深く刻まれている。けれど目鼻立ちの並びは整い、何より深い紫の瞳が宝石みたいに綺麗だった。
きっと若かりし頃は大層モテた事だろう。
「いやだよこの子は、あたしゃ今だってたまに国に帰ろうもんなら、男どもが放っておいちゃくれないんだからね」
おばあさんは喉の奥でクツクツと笑いながら、すり鉢で怪しげな紫色のブツブツをごーりごーりとすり潰しながら答えた。
……あの紫色のブツブツ、下からぶくぶくと気泡が上がってくるんだけど大丈夫なんだろうか。
「さて、こんなもんかね。それじゃお嬢ちゃん、あたしゃ奥で一寝入りしてくるよ。起きたら混ぜるのを交代するよ」
「きゅぁ」
おばあさんは怪しげな紫を少量ずつ薬紙に包み終えると、奥の続き部屋に消えた。
あ~あ、今頃マルスとトムは私の事、心配してるだろうな。手掛かりを探そうと小屋中を調べれば、背負い籠の中のピンクの宝石にも気付く。……いや、あの二人はまるっきり建設的じゃないからただただ「(お)ちびちゃんが居なくなっちまったぁ」って、捜索もせずに泣いているだけの可能性も……。
いやいや、それは考えまい。あれを元手に、二人がまっとうな暮らしを始めてくれたらいい。
なんだかんだで、マルスとトムと過ごした時間はえらく楽しい物だった。
なんとなくあの二人と共に暮らす日はもう来ない気がした。けれど顔をつき合わせ、笑い合う日は来るだろう。そんな予感がした。
ぐつぐつ、……むずむず、かーゆかゆ。
! やぁ、なんかまた背中、痒くなってきちゃったよ。
擦りつけに行きたい。物凄く擦りつけに行きたいけれど、鍋をほったらかして行ったらおばあさんは絶対怒る。鍋底を焦がした日には、私は蒸しトカゲ確定だ。
かゆかゆかゆ、かゆかゆかゆ。
う、うぅぅぅぅ。痒いったら、痒い。
……仕方ない。私は鍋を混ぜていた木べらを抜き、くっ付いた薬草の煮込みかけをぺっぺと振って払う。
そのままおもむろに、背中に木べらを回し……。
ぞり、ぞりぞり……。
あ、届く届く! 木べらは存外いいところに届いた。
ぞーりぞりぞり、ぞりぞりぞり……。
ぐつぐつ、ぐつぐつ。
あ、いけないいけない。ちゃんと混ぜないと鍋が焦げ付いちゃうよね。
掻くのを中断し、木べらをブスッと鍋に戻す。
ま~ぜ、ま~……!
混ぜかけて、慄いた。大鍋の中に浮かぶピンクのキラッキラに慄いた。
わ、わわわわわ! 掬わなきゃ! 取り出さなくちゃ!
だけど慌てて浚おうとしたピンクのそれは見る間に溶けて消えた。
……わぁ、消えちゃったよ。
……えぇっと、見なかった事にしよう。……だってこれは夢だもん。うん、そうしよう!
ぐつぐつ、ことこと。
まーぜまぜ。
ふぅ、全くもう。一瞬凄く焦っちゃった。
でもさ、私の剥がれた皮膚だかウロコだか垢だかって硬い宝石みたいなのに、溶けちゃうの? へんなの。でもま、これはファンタジーな夢だから何でもありだ~。
夢ってすっごく自由!
そうして混ぜ続けた前脚、飛び続けた背中、湯気を浴び続けた全身が限界を迎えて煮立つ鍋に突っ込む直前、交代に戻ってきたおばあさんが危機一髪で私の尾っぽを引っ掴んだ。
「あらやだよ? この鍋は浸かるにゃ少々熱めだよ?」
……知ってるよおばあさん。だけど満身創痍で落っこちかけた私を掴んでおいて、どうして私が自分から進んで鍋に浸かろうとしたと思うのか、私にはおばあさんの思考回路の方がよっぽど分からないよ。
「……きゅ」
ともあれ、私は疲れたよ。
おばあさんが掴んだ尾っぽを放すと、私は重たい尾っぽを引き摺ってひょこひょこと奥の寝室に向かった。
ぐぅ。
布団を目にした瞬間にはもう、倒れ込んで泥のような眠りについた。




