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ぐすん、ぐすん。
ぱく、ぱく。
サイラス様、マルス、トム、私悪いおばあさんに捕まっちゃったよぉ。
恐いよ、恐いよぉぉ!
ぐすん、ぐすん。
もぐもぐ。
「……泣きながら食べるたぁ随分と器用なお嬢ちゃんだよ、まったく」
だって、おばあさんが出してくれたスープとパン、すっごく美味しいんだもん。
ごきゅごきゅ、ぷはっ。
「……きゅあ?」
おかわりって、もらえるの?
「……無い事ぁないが、夜の分が……。仕方ないね」
おばあさんは大きな溜息をひとつ吐くと、どっこらしょと腰を上げた。
私はおばあさんに引っ張り込まれた奥の居間で、食事を貰っていた。そもそも私はハラヘリを満たそうとピンクの宝石を持って街に物々交換に来ていたのだ。
空きっ腹におばあさんの温かいスープはご馳走以外の何物でもない。
「ほれ、お食べよ」
トンっと置かれたスープのおかわり。
「きゅあ!」
わーい!
なみなみとスープが注がれたお椀を慎重に持ち上げる。ぶきっちょな前脚が間違ってもお椀を落とさないように、真剣に傾けた。
ぷっはー、うんまぁ!
籠に積まれたパンもぜーんぶ完食し、てんてこになったお腹を擦りながら食後のコーヒーを楽しんだ。
うわぁ、たぶんこれ、凄くいい豆……。
「きゅ」
おばあさん、これ美味しいね。
おばあさんがサイフォンで淹れてくれたコーヒーはかつて飲んだどのコーヒーよりも美味しかった。そしてどのコーヒーよりも体の深いところに染み入るようだった。
「あん? お嬢ちゃんはコーヒーの味が分かるのかい? 全く変わったお嬢ちゃんだよ」
おばあさんは深い皺を更に深くして微笑んだ。
……コーヒーはいつも、現実逃避の道具だった。私は成人を迎えたばかりで、いまだお酒に馴染みは薄い。
そんな私の心を一時解き放ってくれるのはコーヒー。芳しい香りとコクが、苛立った心を鎮めてくれた。ほろ苦さは私への教訓。世の中なんてこんなもの、過度な期待や夢は我が身を蝕むから、今ある現状を良しとしろ、コーヒーの苦み酸味はそう私を諭している気がした。
「これ嬢ちゃん、コーヒーはそれくらいにしときよ。ガキがそんなにいっぱい飲んだらまた夜中におねしょをするよ」
注ぎ足そうとフラスコに前脚を伸ばしたら、寸前でおばあさんにフラスコは奪われた。
そうしてフラスコに残ったコーヒーはおばあさんのカップに一滴残らず注がれてしまった。
あ、あ、あぁぁ~。
「ごくっ、ごくっ、っぷはっ。やっぱりこの豆は一味も二味も違うねぇ~」
うぅぅぅぅ。
美味しい美味しいコーヒーのおかわりは、おばあさんに奪われてしまった。
ちぇっ、でもいいんだ。後味爽やかなコーヒーは口腔にまだ幸福の余韻を残している。
私はまったりとそれに浸った。
ぽん、ぽん。
おばあさんの皺枯れた手が頭を撫でた。
?
そのままおばあさんの両手でひょいと持ち上げられたと思ったら、ひっくり返されたり、逆さにされたりしながら私は全身をおばあさんに撫でくり回された。
「きゅ、きゅあぁ」
やぁ、やぁだ。
おばあさんは一通り私の体を撫でまわすと、ぽふんと元の席に座らせた。
ふぅ。何だったの? 今のは一体何だったの?
「……のうお嬢ちゃん、お前さん一度は龍の国の王城におったのじゃろう?」
「きゅあ、きゅあ」
うん、すぐ出ちゃったけど確かに一度はいたよ。
「龍の国の書庫、奥の奥に厳重保管された幻の桃色龍について書かれた禁書を知っているかい?」
幻の、桃色龍? なに、それ?
きょとんと見上げる私をおばあさんの吸い込まれそうな翠の双眸が見つめていた。
「ははっ。まぁいいさ、あたしゃ色んな仕事をしていてね、ここでは薬師をしてるのさ。お嬢ちゃんには薬草を煮込むのを手伝ってもらおうか? な~に、大鍋で薬草を煮込むだけの簡単な作業さ」
煮込むだけ? それくらいなら私も出来る。滲みにしちゃった絨毯は少し釈然としないけど、美味しいスープとコーヒーのお礼におばあさんを手伝うよ。
「きゅーあっ」
いいよ~。
「いや~助かるねぇ。薬草は一度煮込み始めたら三日三晩混ぜ通さなきゃならないのさ。あたしももう年だしね、一人じゃ体に堪えるようになってきてね、いやいや全く助かったよ~ふふぉふぉふぉふぉ」
え、え、えええええ!? 三日? 三晩? ヒィッ!
ぴょよよんっと飛び上がり、逃げちゃおうと扉を目指す。けれど、浮き上がった瞬間にはもう尾っぽをわしっと掴まれた。
「おや、便所はそっちじゃないよ?」
う、う、うえぇえええん!
こうして再び捕獲された私は逃げ出す事も出来ず、おばあさんと共に三日三晩の重労働に従事する羽目になった。




