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夢は都合のいいばかりじゃない、無情な一面も持っていた。
マルスとトムとの別れは余りにも突然に、私の人化などお構いなしにやって来た。
寝て起きれば腹が減る。今日も今日とて、私はピンクの宝石を一粒首輪に忍ばせて飛んでいた。
既にマルスとトムと暮らして一週間、私の飛行は大分上達をみせていた。
……今日はどうしよう。どこで食べ物手に入れよう。
パン屋さんにはもう三回、物々交換に応じてもらっていた。感じ良く応じてくれるおかみさんを疑ってはいない。
けれど、あまり回数を重ね過ぎるのは上手くないような気がした。
肉や魚もいいけれど、やぱり主食が欲しいよね~。いつものパン屋さんの上空を素通りし、行く当てのないまま街外れの方まで飛んでいた。
うん? あそこ、何屋さんだろう? オンボロな見た目の店構えに反して、甘くて香ばしいい~い香り。もしかすると、お菓子屋さんかな?
吸い寄せられる様に私は黒い屋根のあばら家にひゅるひゅるりと飛んだ。
ギィィイイイイイイ。
「きゅ、きゅーぁ?」
ご、ごめんくださーい?
立て付けの悪い扉を押し開けた。
外は燦々と降り注ぐ陽光が眩しいのに、中は真っ暗けっけで冷やりと湿った空気だった。
えぇっと、もしかしてここ、入っちゃいけない感じの恐いお店?
「……いらっしゃい、可愛らしい幼龍さん?」
「きゅあっ!」
わぁっ!
気配なんてなかった。けれど真後ろから声を掛けられて体が跳ねた。しわがれた、ざらついた声だった。
振り返っても暗さに慣れぬ目に、その姿を確認する事は敵わなかった。
シュボッ。
「っっぎゅわぁあぁあぁあっ!!」
ボバッと灯った炎に照らされて、浮かび上がった皺枯れた老婆の顔に卒倒した。
こ、こ、こわいよぉぉぉぉ!
余りの恐怖にちょこっとちびった。
「人の顔見てひっくり返るなんて、全く失礼な子だよ。おや、漏らしおったね。これだからあたしゃガキは好かないね」
「……きゅ」
……すいません。
そして中身は二十歳ですが、そこは内緒でいいですよね? ちなみに私の名誉の為に言わせてもらえば、私は普段ちびった事なんてない。
今回の粗相はそう、私の体がお子ちゃまトカゲだから、だ。
そしてこの段になると目が段々と慣れてきて、真っ暗だった室内も薄ボンヤリと物の輪郭が浮かぶようになっていた。
おばあさんの指先に灯る明かりもいまだ健在で、私が二目に見たおばあさんは皺こそ深いけど思ったよりも優しい顔をしていた。
ほれ、とばかりにおばあさんが差し出した雑巾。私はぺこぺこと頭を下げつつ受け取って、自分の粗相を拭き取った。ちょこっとだから、サッと一拭き……あ、あれ? 拭けない!
「……お~や、絨毯に滲みが残っちまったねぇ。お高い上等な絨毯だったんだがねぇ」
!?
う、う~ん?
私の頭は絶賛大混乱中だ。それと言うのも、このあばら家は木張りの床で、私の粗相も恐らく木の床に致した筈。
けれど今、見下ろす床は確かにふかふかで真っ白な絨毯敷き。ふかふかの真っ白な絨毯にぽちょんと残る濡れた滲み。
オカシイぞ? 絨毯なんていつのタイミングで湧いた!? いや、オカシイのは私の記憶? う~ん、謎だ。
「という事でお嬢ちゃん、汚した絨毯の分、働いて返してもらうよ」
!?
えっ、えっ、えぇぇぇえええええ!?
「ほれ、こっちにおいで」
おばあさんはニンマリと極悪非道に微笑んで、むんずと私の尾っぽを掴んだ。
「きゅ、きゅあぁああああーー!」
や、やぁだぁーー!
問答無用に私を奥へと引っ張り込んだ。
ギィィイイイイイイ、バタン。
立て付けの悪い、重い扉は何故か勝手に閉まり、私の悲痛な叫びが外へと漏れる事はなかった。




