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我の治めし龍の国は幾億年と続く常世の国。
千年前、我が龍の国の隣に人の国が誕生した。新興の人の国に対し、我は別段の感慨などない。
龍にとって人を駆逐するのは赤子の手を捻るよりも容易いが、敢えてそれを成す意味はない。人が我ら龍の国に害成そうとすれば、或いは有りうる。
けれど身体能力で圧倒的に劣る人とて阿呆ではなく、優勢の我ら龍へ対抗心を燃やす事はない。
故に両国は比較的に友好的な関係を保ち、人や物の行き来もある。最近では人の国に敢えて暮らす奇特な龍とて現れ始めているのだ。
ここに来て我はひとつの可能性に行き着いていた。
一昨日から五感に色濃く感じるももかの気配は間違いないのだ。しかしももかは我が国のどこを探してもおらぬ。
「ももかは人の国におるのではなかろうか?」
龍王妃たるももかがどのような経緯でもって人の国に行き着いたのかは分からん。けれど、事実ももかは龍の国のどこを探してもいない。
しかし確実にその気配はあるのだ。
「……可能性はある。けれどそれだともう、どっかでペットに……って、なんでもねぇ!」
我の視線にアレスはたじろぎ、慌てて口を噤んだ。
「我がつがい、ももかはトカゲではないっ! 人の国でペットなどをやらされておるのなら、その人間、ただではおかぬぞ!」
人の国に龍と呼ばれる生き物がいる。人族はそれをペットとして飼う事を好む。
けれどあれらは本来大トカゲという種で、我ら龍とは似ても似つかぬ紛い物だ。忌々しい事に水トカゲ、火トカゲ、地トカゲの三種がおり、その色味までが我ら龍を模したかのような色をしてる。
その姿は我らの幼龍と瓜二つ。しかし所詮トカゲはトカゲ! 長じても大トカゲは我らと同様にするりとした龍体に転じるでも、人型を取れる訳でもなく、ずんぐりむっくりした幼龍の姿のまま家畜大に肥大するだけだ。
「アレス、我は急ぎ人の国に向かう! おのれ、ももかを誑かしペットになどしてみろ、紅蓮の炎に焼き尽くしてくれよう!」
「……なぁサイラス、そりゃぁ水龍のサイラスにゃちっと難しくねぇか? ……いや、なんでもねー」
我はめらめらと湧き上がる憤怒のまま龍体に転じ、城を飛び立った。
「ぶっ、ぶっ、ぶぇえええーーっくしょいっ!」
「ぶっ、ぶっ、ぶぇえええーーっくしゅいっ!」
べしょ! べしょ!
「きゅ、きゅああっっ!」
ばっちい、ばっちいよぉ!
ぺっぺっぺっ!
私は不幸に見舞われた。もっさりと美味しい食パンを食べて、ソファでうたた寝していたら、マルスとトムにくしゃみを掛けられた。
逃げようにも飛沫はピッタリ計ったようなタイミングで左右から攻めてきた。私に逃げ場は無かった。
物の見事に浴びてしまったばっちい飛沫を拭う。
わしわしっ。
ふきゅふきゅ。
何で拭ったって? もちろんここには清潔なタオルなんて気の利いた物はない。
だからやむなし、マルスとトムのシャツにそれぞれ順番に擦り付けての二度拭きだ。
「く、くすくってぇぜ」
「くははははっ」
へんっ。
それにしたって、なんだってそんなドデカイくしゃみが出るのよ? さすが夢の中だけあって暑くも寒くもないちょうどいい陽気じゃない。
「……なぁトム、俺ぁ今、猛烈な悪寒を感じた」
「……奇遇だマルス。俺も背筋にぞわぞわぞわーっと嫌ぁな寒気が這い上がったぜ」
なんだなんだ? 私にはさっぱりだけど、二人は顔を見合わせて震えていた。
「「おっかねぇぜ」」
?? わからん。
「そういやぁよ、ちびちゃんはあんな大量のパンをどうやって手に入れたんだ?」
「そうだよなぁ。うめぇうめぇと目ぇ丸くして食っちまったが、まさかクスねてきちゃいねぇだろうな?」
別にクスねちゃいないよ。ちゃーんと物々ごっこで交換したの。
「おちびちゃんよ、盗みはしちゃあいけねぇ。人様の物取って暮らすなんざ最低の暮らしだ。一度やっちまえばお天道様の下、歩けなくなっちまーかんな」
私に言い含めるマルスの真剣な瞳が突き刺さる。
「きゅあ」
わかってるよ。
「ははっ。ちびちゃんは盗みなんかしねーか」
「おちびちゃんは育ち、良さそうだもんな~」
二人はぽんぽん、ぽふぽふと私の頭を撫でつける。最初は撫でさせてなんてあげないって、嫌ぁよって思ってた。
「きゅぁ」
でもね、今はもう結構やみつき。なんだかんだでこの二人、優しいんだもん。
「おーおーいい子だ」
「マルス、おちびちゃんは随分俺らに慣れたなぁ」
……あれ? だけど冷静に考えればおかしな話だ。だって二人は私を浚って……まぁいいや。心優しい泥棒がいたっていいじゃない?
「あぁ、なぁトムよ、ちびちゃんと話が出来たら面白いだろうなぁ~」
「けどよ、俺の予想だとちびちゃんが話せるようになったとしたら、それは俺らとのこの暮らしの終わりを意味すんじゃねーか?」
そうだね、私が成体に転じて人化できた時、それはこの二人との同居の終わりを意味するだろう。
ペットを卒業し、二人の元からの旅立ちの時。
「あんだよ。それなら喋れなくたってこのまんまのがいいじゃねーか」
「言えてらぁ」
カラカラと二人は笑う。
「……きゅぁ」
このまんま? ちょこっとだけ魅力的ではあるけれど、それはやっぱり望めない。
マルスとトムと過ごすこの暮らしはたしかにそうそう悪くない。
だけどやっぱり、サイラス様と同じ空の下にあるのなら、私は一刻も早くサイラス様に会いたい。
夢はまだ途切れない幸福の日々をくれる。けれどいつ再び覚めるとも知れない夢ならば、サイラス様、ライラス様に会いたいよ。
瞼を閉じれば浮かぶのはサイラス様との優しい記憶。
サイラス様は今どこにいますか? 同じ空の下、同じ太陽を眺めてますか? 会いたくて、その声が聞きたくて、切なく胸が締め付けられる。




