第9話
「あれ?さっきのお兄さんだ!」
「キミがエルザだったのか……」
エルザは見覚えのある青年の姿に驚きと共に笑みを浮かべる。
「あの後大丈夫だった?あの二人大雑把な所あるから
ちょっと心配だったんだ~」
「あ、あぁ……その、まだ礼を言ってなかったな。有り難う。あの時は助かったよ」
「いいえ~、でもいくらこの国の治安が良くても一人で路地裏なんか行ったら絡まれるのは当たり前だから気を付けてね!」
にこにこと笑顔を浮かべて注意するエルザにセイ皇子は戸惑いながらも頷く。
あの時――つい好奇心に負けキラウエア卿が離れた時。好機とばかりに街を散策していると迷ってしまったのが運の尽きだった。
袋小路の路地裏で柄の悪い男達に捕まりあわや!と言うところで空から現れた少女――それがエルザだった。
エルザの登場に事態は簡単に片付いたが、お礼を言う暇もなく嵐のように去っていった少女。
あの後、王都治安警備をしていた冒険者に連れられて無事に大通りへと戻れたが、成る程。件の少女――エルザが今までの会話から冒険者ギルド本部でも腕利きと納得する。
エルザにとってあんな路地裏を彷徨くようなごろつきなど敵でもないのだろう。
「なんだエルザ会ったことあるのか?」
「うん!ギルドに行く前に路地裏で絡まれてたのを見てね~」
「ああ、だから遅れたのか」
「そうそう」
ザナドの問い掛けに頷き、イリアスの言葉に相槌を返す。
だが、その言葉にキラウエア卿が厳しい目でセイ皇子を見据えた。
「セイ様?」
初耳なんですが、と非難の目で見られたセイ皇子は動揺に体を揺らす。
「い、いや、ほら何ともなかったし、卿に言うほどではないと思ってだな」
「だからと言って言わなくて良いとは思えませんが?」
苦言を呈するキラウエア卿にセイ皇子は罰が悪そうな表情を浮かべた。
ゼルギア王国に来るまでにも何かと苦労を掛けているキラウエア卿にまた負担を掛けるのは申し訳無いと思い口をつぐんでいたが、どうやら不興を買ってしまったらしい。勿論、怒られたくない。との思いも無かったとは言えないが……。
そんな二人を見ながらエルザはまたまた見覚えのある男の姿に声を上げる。
「あ!やっぱりさっきの人だ。もしかしてカードを使ったのかな?」
一人言のように上がった声は後半はザナドに向けて。それにザナドは険しい顔をして頷いた。
「ああ。やっぱりお前が渡したのか」
「うん、だって困ってたんだもん。水蜜草が欲しいって言ってたし、何か決死の覚悟!っていう顔してたし、だったら良いかなぁって思って」
しれっと渡したことを認めるエルザにザナドとイリアスは深い溜め息を吐いた。
「そこがエルザの良さではあるんだがなぁ……」
「自分から厄介事を引き寄せるのは感心しないぞ」
良くある事だからこそ、イリアスは少しばかり呆れた表情を浮かべる。ザナドに至っては注意だ。
人が良く、お節介の世話焼きで面倒事を何かと引き寄せ持ってくるトラブルメーカーなエルザだが、如何せんその面倒事を自分で処理できる実力がある分、たちが悪い。
勿論、きちんと自分の丈にあった分しか面倒事を背負わないし、お節介するのも無差別ではなく、人を選んでいる。
だが、そうやって選んでコレだ。
普通以上の厄介事を進んで背負うエルザにイリアスもザナドも心配と諦観に頭を抱えて嘆いてもバチは当たらないだろう。
「その、先程は有り難う。君のお陰でなんとかなりそうだ」
「なら良かった!で?ザナドさん私たちを呼んだのは何で?」
キラウエア卿が感謝を伝えればエルザは喜色満面の笑顔を浮かべる。
そして呼び戻された疑問に首を傾げた。
「すっとぼけても無駄だぞ。喜べエルザ、そしてイリアス。冒険者ギルド本部から名指し依頼だ」
「まぁ分かってました。エルザのカードが使われた時点で、ね」
ふっと諦めた表情のイリアスにエルザは苦笑を浮かべる。
「まぁ、今のギルドに採取系の冒険者は少ないしね~。でも“剛腕”さんと“ペンタグラム”がまだ居るでしょ?」
エルザもある程度予想はしていた結果に肩を竦める。だが、まだ冒険者ギルド本部にいる高位冒険者と採取系の依頼を率先して受けている冒険者パーティーの名を挙げればザナドは鼻で笑った。
「これを見てまだ言えるか?」
「ん?」
「なになに――あぁ、成る程ねぇ」
ザナドから手渡されたリスト。それはセイ皇子とキラウエア卿が望む薬の材料リストだった。
それを読み、イリアスとエルザは納得の表情。
「――これは解呪の媒体と薬の材料、ですか。しかも薬も随分と厄介な」
「これって逆に扱える人の方が少なくない?」
それは稀少な薬草と素材のリスト。勿論探すのもだが、採取した後の扱いもとても難しくて調合するだけの腕も随分と高いものを要求される。
「これ、集めるのは良いけど作れるのは王宮の薬室長以外だとそういないよ?」
「集めるのは良いんだな……」
エルザのあっさりと集められる事を認める発言に呆れる。
「だって、ねぇ?」
「このリストの大半は半年前に採取依頼が出てて俺達が集めたのでその残りを持ってるんですよ」
首を傾げて問い掛けはイリアスに。
イリアスは自分の鞄からリスト内の素材を机に並べた。
「ちなみにその人が欲しがっていた水蜜草もそれで採って来たのを余った分商人ギルドに売ったからねぇ」
だからこそ、半年前に商人ギルドでは水蜜草の販売があったのだろう。
しかし、それを聞いてキラウエア卿は机から身を乗り出してまでエルザに問い掛ける。
「そ、その依頼はどこからだった!?」
「え?えっと……」
まさかの食いつきように戸惑いながらもイリアスを見る。
「あれは、確かベディヴィア帝国からの依頼でした。依頼者は帝国貴族の方でこれと同じものが載ったリストを拝見しましたが依頼は個人向けではなく多数に出されていて俺達が採取したのはその中の数点です」
採取系の依頼は基本的に一つの素材だけのものと複数採取を依頼するものがある。
しかし余程の手練れでなければ複数を同時に採取することは難しいので冒険者ギルドは採取素材を分けて別々で依頼を発注するのだ。勿論その分だけ依頼料は跳ね上がるが、確実を望むのならば個別依頼の方が良い。
イリアス達はいつも通りリム爺から依頼を斡旋された。
その時に本来ならば機密情報でもある筈の元の一枚の依頼リストを見せられたのだ。
その中の数点は既に依頼が完了していたり、受注されていたので手を出す事はなかった。
イリアスとエルザはリストの中でも特に難易度の高い素材を選びそして無事に依頼を完了している。
そのイリアスの言葉を聞いてキラウエア卿はソファーに崩れ落ちるように座った。
「やはりか……」
悔恨の滲む声。頭すら抱えて苦悩するキラウエア卿にザナドが言葉を投げ掛ける。
「もしや、貴殿方が?」
「ああ、そうだ。事も事だったからな信頼できる人間に任せていたのだが……」
しかし依頼が完了している筈なのにも関わらず二人はここにいる。
「……逃げられましたか?」
「いや。任せていた人間は後日死体で見つかった。依頼リストも紛失。加えてこれを書き出してくれた人物が行方不明だ」
間接的な依頼は良く犯罪が起こりやすい。
依頼発注の為の金銭だけ相手に出させ採取された物を手に逃げられることもあるし、物が物ならば強盗などにもあう。
だが、それは一般的な話だ。そこに貴族やましてや王族等が関わればあるのは国家規模での陰謀。
「これはキナ臭いですな。ちょっと調べさせましょう」
顎の髭を擦りザナドが執務机に置いてある通信機を手に取りどこかに連絡する。
それを横目にイリアスはリストを読んでいた目を上げキラウエア卿を見つめた。
「失礼ですが今から上げる病名に心当たりが有るかだけ教えて下さい」
「イル?」
真剣な表情にエルザが首を傾げる。
「黒班病、魔草病、岩皮病……このどれかに心当たりは?」
「……岩皮病以外の全てだ」
「どれくらい前に発病を?」
「今から7ヶ月前に」
「治療は?」
「……魔石を用いた延命だけを、他にも呪いを一つ患っている」
「それは壊死の呪いですね?」
「そう、だが。何故?」
次々と問い掛けられる言葉に答えたキラウエア卿が訝しげにイリアスを見据える。
しかしイリアスはそんな視線を流しリストに目を落とす。
「このリストを見ればある程度分かります。しかしそれなら少しこのリストはおかしいですね。幾つか要らないものと足りないものがある」
「そんな!」
イリアスは物作りを趣味としている。
物作りと言ってもその範囲は広く、魔道具やアクセサリー、服や小物の雑貨類、棚や机の家具類、そして薬もイリアスは自分の力を遺憾無く発揮し、気の向くままに興味のある物、思い付いた物を作製しては研究し、そして最高の一つを作り上げる。
そんなイリアスにとって材料のリストを見ただけでも何に対して必要な素材なのか、それで何が出来上がるのか一目瞭然だった。
イリアスの言葉に悲鳴に似た驚愕の声を発するのはセイ皇子。
「何故……」
「理由は我々には分かりません。しかし……この材料を見る限り決して良い事にはならないでしょう」
思案顔でリストを見つめるイリアスにエルザがその手元を覗き込む。
「これ全部で何が作れるの?」
「……一応、呪いの解呪や薬などの材料ではあるが、諸々の事情を踏まえた上で……これ全てを使えば……呪いの媒体と劇物、かな。特にこれと、これがヤバイな。確かに一見すると貴重な薬の材料だけどこの二つは絶対に混ぜてはいけないヤツだから……もし混ぜたらどうなるか……随分古い文献を見ただけだから何とも言えないが、確か村を一つ飲み込み大地が腐り果てたと書いてあった」
「「……」」
「まじかよ」
「わーお、ヤバイねぇ」
「その他には、これとこれ、基本的に錬金術の媒体だけど下処理の方法次第で呪法の媒体になる。今は禁じられた――死人の呪いの」
「っ!それは!解呪、出来るのか……?」
リストの材料を指差しイリアスはどれが、どれなのか皆に告げる。
もしこのリストが本当に解呪や治療の為の薬ならばいくつか抜けがあった。だが逆にこのリスト全てを使えば出来るのはその反対の効果を持つものだけ……。
普通の医者や薬師では分からない工夫と材料の希少性を考えるとそのリストは余りにも悪意に塗れていた
呪いの媒体と聞き息を飲んだセイ皇子が縋る様に尋ねる。
どうか、あって欲しいと願うその瞳にイリアスは冷静に見つめ返した。
「材料と解呪が出来る人間が居れば、或いは。ですが、その人間は正直我が国の白の魔術師団団長か、青の医師団団長しか心当たりはありません。それも確実に、とは言えない」
それはゼルギア王国が有する魔術師と医師の最高峰の二人。
――数多く居る魔術師、その中のひと握りの選ばれた魔術師のみが所属出来るゼルギア王国の白の魔術師団。
様々な種族が入り乱れるゼルギア王国で、その多種多様な魔法、魔術の知識を有し、操り、世界の理の深淵を覗き込むことが許されたただ一人が白の魔術師団団長だ。
そして、ゼルギア王国が有する青の医師団は周辺国からは国境なき医師団とさえ呼ばれていた。
既存の病気から新種の病気、魔物や魔草によって出来た怪我、魔力が原因の病、そして――呪い。
癒やしや浄化の魔法を操る医師、薬師の魔術師達により構成された青の医師団は助けを求める声で何処へでも赴く。
国と国の垣根を越えて、助けを求めるの者に癒やしの救いを。
その言葉を団訓とした初代青の医師団団長の志を受け継いだ者達にとって国境など関係無かった。
現在その頂点である青の医師団団長は特に解呪特化の魔法特性を持つ。
――その二人ならば或いは解呪、もしくは治療を行う事が出来るかもしれない。とイリアスは告げる。
しかしそれはベディヴィア帝国の二人には到底無理な話だった。
理由は幾つかある、
まず一つめ、白の魔術師団団長も青の医師団団長も金を積めば依頼を受ける冒険者などでは無く、国所属の人間だ。
助力を要請するにしても国と国の話になる。
キラウエア卿とセイ皇子の二人は国には内密に出国しており、このゼルギア王国にいるのも己の事情。
それに幾ら助けを求め、それにゼルギア王国が応えてくれても……現在ベディヴィア帝国は帝位継承争い真っ最中だ。
そして二つめ、その件の呪いと病を患っている人間は帝位継承争いをしている一人――皇太子であり、敵対しているのは帝弟だった。
そして残念な事に現在実権の殆どを帝弟が握っている。
帝弟は傲慢で横暴で、強欲な人間だった。
少しでも気に食わないことがあれば暴力を、下手すれば首を切り落とされる。
圧政と重い税に民は疲弊し、その希望として皇帝の第一子である皇太子が担ぎ出されたが……それを許す帝弟では無かった。
皇太子が呪われ、病に苛まれている原因は分かっているが……ゼルギア王国が救援に応え、治療の申し入れをしても帝弟はそれを拒否し、拒絶するだろう。
それか申し入れを受けてはゼルギア王国に借りを貸したと、無理難題を吹っかけるかもしれない。
それを思えば気軽に助けを求める事は出来なかった。
それにゼルギア王国は余程の事が無ければ国の事情に介入する事は無い。
帝位継承争いの一端を担うこの救援に応えてくれない可能性だってある。
……今回だとて冒険者ギルドに話を通す事はしてくれてもそれ以上の助力はしてくれなかったのだから……。
「……どうすれば」
頭を抱え項垂れるセイ皇子。
それを見てザナドは少しのため息を吐いた。
「……それでも、お前なら出来るんだろう?イリアス」
「まぁ、確実にとは俺も言えませんが」
「え、」
「それに俺には出国制限が掛かっているので、でもあの二人よりは今回は自由に動ける事は確かですね」
特に問題は無いと頷くイリアスにセイ皇子が顔を上げる。
「……問題は何を目的に出国するのかだけ、ですが」
「確か……ベディヴィアの手前らへんで厄介な魔獣が出たと報告されてたな。うちのB級を向かわせるかと話が出てたからお前、行ってこい。国王には俺から伝えとく」
「なら決まりですね」
依頼人の二人を置いてけぼりで決まっていく話。
「わ、私も行く!」
「お前は駄目だ」
「エルザは無理だろう?」
はい!はい!と手を上げて主張するエルザの言葉はザナドとイリアスに無碍に却下された。
「な、なんで?良いじゃん!イリアスが行くんだから……」
「お前の両親が許さないだろ」
「一緒に行ったとしてもエルザ、お前何もすること無いぞ」
駄々を捏ねるエルザにザナドとイリアスの親子の連携が炸裂する。
「そ、それはほら。魔獣退治をするから――」
「俺一人で十分だな」
「寧ろ過剰戦力だから許可が下りん」
現実はエルザに対して非情だった。
「むぅ」
「大人しく待ってるんだな」
年相応にむくれるエルザに苦笑してザナドが頭を撫でる。
その手を叩き落としながらイリアスは改めて依頼人の二人に向き直った。
「どうしますか?」
「えっと……」
「報酬は何が望みだ?」
イリアスの問い掛けにセイ皇子では判断が付かぬのかキラウエア卿に目をやる。
冷静に事態を見極めその依頼に対する代償を尋ねる壮年の男にイリアスは初めて困った表情を浮かべた。
「正直、報酬と言われても俺達は正式な冒険者ではありませんからなんとも言えませんが……報酬は要らないと言われても貴方方が困るでしょうし……」
「俺達冒険者ギルドとしては仲介料位だしなぁ」
ちらりとイリアスの目配せで悩む様に腕を組むザナド。
その視線は部屋の天井を見上げ思案げに顎髭を撫でた。
イリアスもエルザも特例として冒険者ギルド本部所属とはなっているが、正式なランクは付いていない。
依頼こそ受けているがそれはあくまで既に報酬が決まっているモノのみ。
報酬が未定の依頼は今まで受けた事は無い。
これが普通の冒険者ならば金銭やベディヴィア帝国内での優遇で済むだろうが、基本的にゼルギア王国から出る必要も無い二人には正直意味の無い報酬だ。
それが報酬足るとは到底思えない。
「――ならさ、この際私達とお友達になるとかで良いんじゃない?」
「は?」
「む」
応接室のお菓子を片手にエルザが事も無げに言う。
「だってさ、お兄さんもおじさんもどんな人が分からないけどベディヴィアではそれなりの身分の人なんでしょ?何かややこしい事情あるみたいだし、金銭的にも限られてるっぽいし、ならそういったのを抜きにして私達と関係を繋げることも報酬足り得るんじゃないかな?」
もぐもぐとお菓子を咀嚼するエルザに注目が集まる。
「んぐっ、っと、それでさ私達は正直お金なんて要らないし、別にそうそうこの国出ないからベディヴィアでの優遇とか権力とか意味無いし、でも二人はそれで信用は出来ないよね?見返り無く助けて貰えるなんて考えて無さそうだし、その気持ちは理解出来る。タダほど怖い物は無いってね。だからさ、私達と友達になってよ。そうすれば無償で助けられるのも納得するだろうし、もしこれから私達が二人を頼る事があってもそれは友達の範疇で収まるから無理難題は拒否できるし、悪いことは無いと思うけど?」
どう?と首を傾げる少女に周囲は少し沈黙する。
口の周りに付いた食べ滓を取ってあげるイリアスは甲斐甲斐しくエルザの世話を焼くがその言葉に納得しているのか微かに頷いた。
「まぁ、それが一番妥当ですかね」
「しかしそれでは我らに得しか……」
「だからこその“友達”という関係ですよ。これからこの先、どうなるか分かりませんが借りと言う事では貴方方に不利な事を俺達は頼るかもしれない。でも“友達”であるならば貴方方は許容出来る事と出来ない事の区別が出来る。俺達も“友達”だからこそ頼れる事と頼れない事の判別が出来る」
依頼内容を損得の話とするならばベディヴィア帝国の二人にとっては得しかない。損などあって無いようなものだった。
しかしイリアスとエルザにとってもこの依頼は手間は掛かるという損はあるがそれだって瑣末なほど。
「何故、そこまで……」
「うーん、何というかねぇ?」
「俺達はゼルギア王国の者ですから、としか言えませんね」
ただの冒険者ならば命を天秤に掛けた依頼だろうが、二人にとっては命を掛ける程でもなく、材料の採取場所も知っているし、手持ちにいくつか余分に余った材料だって持っている。
面倒な事情だらけと言うのも分かっている。
ザナドは件の薬が必要な人物を知っているが、エルザとイリアスの二人はまだ知らない。
それでもベディヴィア帝国の貴族を使い薬の材料を集める依頼人の二人はそれなりに高い身分なのだろうし、その貴族が死に、リストを作った人物が行方不明なんて最悪な面倒事だ。
普通ならばそれを理由に幾ら冒険者ギルド本部所属の冒険者だって断る可能性の方が高いだろう。
ややこしい事情持ちで、依頼料だって然程高くも無い。ハイリスクローリターンで損ばかりの依頼。
しかしイリアスもエルザも、そしてザナドも依頼を受ける気満々で話を進めている。
それを何故?と問い掛けるキラウエア卿に三人は苦笑を浮かべた。
その問い掛けに返す答えはただ一つだけ。
だって――ここは“ゼルギア王国”なのだから。
「『助けを求める者には救いの手を』そう言葉を残した初代国王の想いを違えるつもりはありませんから」
「勿論、私達だって何でもかんでも助ける訳じゃないよ?でもね、助けてって必死に運命に抗う人には少しの救いはあっても良いと思うんだ」
「ただの現状を嘆き助けが来るのを待つだけならば俺達は何もしない。だが、死ぬ気で現状を変えようと抗うならばその力になろう。――それが俺達ゼルギア国民の、俺達の国の信念だ」
イリアスが、エルザが、ザナドが、告げる。
――己の魂にすら刻まれた誇りを。
……遥か昔、様々な種族がこの大陸には住んでいた。
しかしそれぞれが己の住まう土地の為、仲間の為に、そして欲望の為に、血で血を洗う醜い争いがあった。
国が生まれては消えていく戦乱の時代。
大勢の命が失われた。幾数多の悲しみがあった。
敵は敵対している種族だけではなく、魔物や魔獣など人知を超えた化物だっていた。
そんな最中、周りと意見が違ったからと殺され、少しだけ人と違うからと迫害され、外見が異形だと言うだけで忌み嫌われ追われる種族がいた。
優しさなど夢物語。他人なんて気遣う余裕も無く、ただ怯え、恐れ、そして醜い感情しか抱けなかった時代。
たったそれだけで?と思う些細な事で忌避され嫌悪され殺され迫害される――そんな世界に異議を唱えたのは小さく弱い筈の一人の人間の男。
彼は仲間と共に世界に対してその剣を向けた。
居場所が無ければ安住の地を、振るう力が扱えなければ扱う術を、支えて欲しいならばその後ろ盾を。
……そうして『助けて』と、伸ばされた手を彼は出来るだけ掴み取った。
やがて、彼の仲間は大勢集まった。
彼に助けられた者が、彼の志に共感を抱いた者が、彼と共に戦いたいと彼の元に種族を問わずに集まった。
――それがゼルギア王国なのだ。
そして、初代国王となった男の志を信念として国民はその言葉を決して違えない。
自分達が、自分達の先祖が、そうして助けられたから、今度は自分達が助ける。
それが、ゼルギア国民の誇りなのだ。
「そうか……」
「本当は報酬とか要らないんだけどねぇ」
「“助けて”と一言言われただけで俺達は動きます。ですが国と国の問題はややこしいのが基本ですからね」
「だからこそ、私達冒険者が居るんだよ」
「特にここ、冒険者ギルド本部は初代国王が初めて作った場所ですから、本部所属の冒険者はその傾向が強い」
「ちなみにその辺の有無も実は本部所属の規定にあるんだよねぇ」
その信念を貫き通せるか、その心を確かに体現出来るか。
本部所属の冒険者に求められる必要不可欠な最低限の志。
裏を返せばその志さえあればどんなに弱い者でも本部所属となる事が出来るのだ。
実力など後から鍛えれば良い、だがその心は、信念は簡単に抱き、変えられるものではないのだから――