表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔と天使のモノローグ  作者: 無名凡才
31/71

 三十一話 前夜


 あれほど黄金で埋め尽くされていた田園が、今では綺麗に刈り取られていた。

 村のどこへ行こうとも緊張感が伝わる。皆、領主が来るのはいつか、そんな噂ばかりしている。

 私は三日前にベラさんに教えてもらっている、だから分かっている。近日中、それこそ今日か明日に現れても可怪(おか)しくないことを。 

 ベラさんは引っ越しをしてからも、ちょくちょく訪れ、私たちの手助けをしてくれた。

 三日前を最後にベラさんは村に帰ってない。斥候を続けているんだと思う。

 シュウさんも斥候として、街に潜入したりもしていたとベラさんは言っていたが、本人は何も言っていない。

 ベラさんだって今の状況に対して、(いそが)しく動き回っているのに。

 決闘をする本人。シュウさんが一番ゆったりしている。

 もしかしたら今にも、領主は来るかも知れないのに。

 会議を終え、帰ってきてからもシュウさんは何事も無かったかのように、庭でフィオとタイガと遊ぶ。

「フィオ、タイガに伝えてくれ! 爪は出すなって!」

 ……何をしてるんだろう? タイガに跨がったフィオと、追いかけっこ? 

 毎日よく飽きないな、と関心する。

 私としてはちょっぴり寂しい。運動は苦手だから交ざれない。

 シュウさんが誘ってくれて、交ざってみたりもした。でもだめだった。二人にはとても付いていけない。

 なんであんな、無駄に疲れることばかりやれるんだろう。

 きんとれという、疲れることを。

「よし! 一本取った!」

 終わったらしい。結局、今日は何をしていたか分からず終いだ。

 縁側から見ているだけでも、楽しいからいいけれど。私にも、もっと構って欲しいとは思う。

 もっと色々教えて欲しい。

 そんなことを考えていたから、顔に出ていたのかも知れない。

「どうしたルナ?」

 最近、シュウさんの臭いを嗅ぐと可怪(おか)しくなる。身体の芯がむず(がゆ)くなってしまう。

 汗をかいている今は、さらに危ない。

「なんでもないです。私、晩御飯の用意がありますから、失礼します」

「そうか。いつもありがとな」

 困ってしまう。

 一緒に混浴をしたあの日から、心の割合が変わっていく。フィオのことばかりだった毎日にシュウさんが加わり、今ではフィオよりも、割合が多い。

 これが恋なのかな? 

 だとしたら、辛い。

 シュウさんはどうしたって、私を子ども扱いしかしない。大切に大切に扱ってくれる。フィオと同じように、バランスよく注意深く、接してくれる。

 だから、辛い。決して女性としては扱われない。

 でも希望はある。

 子どもだからいけないのだ。大人になれば、きっと。

「ルナ、(こぼ)れてる」

「ほえっ!」

 (かまど)の前で妄想し、お米を煮立たせてしまっていた私。そんな私の後ろからシュウさんが、鍋の蓋を外した。

「あー、焦げてる。ま、食えなくはないな。どうしたルナ? らしくないぞ」

「ごめんなさい」

「いいさこのくらい。普段は失敗なんかしないんだし。焦げたところは俺が食べるから、気にするな」

「でも!」

 反論しようとした私の口は、人差し指で蓋をされた。

「俺、焦げたのが好きなんだよ。それに大事な話もしたいんだ。炊き直したりしなくていい」

 大事な話って、何だろう?

 考えながらも、今度は失敗しないよう注意しながら晩御飯の用意をした。

 猪の葉包み蒸し焼きに、茄子(なす)の生姜煮付け。あとは漬け物とお味噌汁で完成だ。

 普段よりは豪華だけど、このくらいでいいのかな?

 大事な話だからって、目出度(めでた)いとは限らない。悪いことかも知れない。 

 どうしよう。不安になったきてしまった。

 不安になったところで仕方ないのに、私はおろおろしだした。

 父様を亡くした時の、嫌な記憶が(よみがえ)ったから。

「ルナ。もう出来たか?」

 びくりと肩を震わせ、驚いてしまう。

「あ、はい。あとは運ぶだけです……」

「今日も(うま)そうだな。じゃあ運んじまうぞ」

 シュウさんはいつも通りだ。ならきっと大丈夫。一人、不安に思ったのが馬鹿みたい。

 食事中に、大事な話はされなかった。食後のお茶を飲みながら、シュウさんは語り出した。

「明日、領主は来る」

 いつになく、真剣な表情だった。

「二人を不安にさせたくないから迷ってたんだけど。一応、遺言は伝えておくよ」

 嫌な記憶が蘇る。

「……相手は、そんなに強いんですか?」

 シュウさんが遺言を考える相手、と心配してたのに。

「いや、全然。決闘は勝つよ。絶対」

 淡々と宣言された。されたけど、シュウさんの表情は冴えない。

 フィオは先程から大人しい。おそらく私以上に、シュウさんの心を読み取っているんだ。少し羨ましい。私は()かないと、分からないのだから。

「じゃあ、どうして遺言なんて残すんですか?」

 シュウさんは困った顔をして、後頭部を掻いていた。

 こんな大事な時に、戸を叩く音が響く。

 聞こえたのは玄関からだった。

「……私、行ってきますね」

 こんな時に尋ねるなんてと、私は少し怒っていた。

 戸板を開け、立っていたのがバリエノ様でなければ、怒鳴っていたかも知れなかった。

「ルナ、か」

 残念そうに私を見下ろして、ため息をついた。

「……勿体(もったい)ない。エルバの娘でありながら、人族などと」

 聞き捨てならない。

「あの、バリエノ様」

「なんだね?」

 私は前からバリエノ様が苦手だった。

 この人の眼は冷たい。父様がいた頃はまだ良かった。バリエノ様は族長になってから、冷たさがどんどん増していった。

「ルナよ。ワタシはお前に期待していたんだぞ? それを、こんな児戯(じぎ)のために失いおって。エルバに対して何も思わないのか?」

 言い返したいのに。バリエノ様に睨まれると身体がすくんでしまう。

 けれど、すくんでいた身体は、瞬時に解きほぐされた。

 バリエノ様の視線が、私の後ろに移ると、熱い(てのひら)が肩に触れた。

「何用ですか、バリエノ族長? うちの娘にちょっかい出すのは止めてもらいたい」

 私は心底ほっとした。

 二人は玄関で言い争い、私に聞かせないために庭へと行ってしまった。

 いけないことなのはわかってる。わかっているけど、私は縁側の戸板に耳を当て、聞き耳を立てた。

 ほとんどの会話は聞き取れなかったけど、喧嘩口調なのは分かった。

 はっきり聞き取れたのは、怒鳴り、シュウさんが言い切ったこと。

「勝つなだと!? …………黙れ! お前の指図は受けない、責任は俺が取る! 出ていけ!」

 勝つな? バリエノ様は何を言ったのだろうか? 

 不安が募っていく。シュウさんが帰ってきてから、再度話し合いにはならなかった。フィオは慣れない空気に疲れたのか、寝てしまったし、シュウさんもぴりぴりしていた。

 寝ることになったけど、募った不安のせいで寝れなかった。

 だから、フィオのように尋ねてしまった。

 襖をそっと開けて中を伺うと、すぐに声を掛けられた。

「寝れないのか?」

 と、上体を起こし、手招きしていた。

 誘われるがまま近寄ると、あぐらの上、太股(ふともも)をぽんぽんと叩いていた。

 どうかしていたと思う。座ってしまったんだから。

 優しく髪を撫でられながら、他愛もない話をした。

 ひょんなことから、話題は婚約の話になった。

「そういえば、誓約使ってなかったな」

「えっと、使いたいんですか?」

「ははっ」

 何かを誤魔化(ごまか)すように、笑っていた。

「も、もしあるなら、何でも良いです。言ってください」

 シュウさんのことだから、ベラさんが教えてくれたようなことはしない、とは思っていた。

 誓約はシュウさんらしかった。

「俺はルナよりだいぶ先に死ぬ。もしそうなった時、ルナは死ぬなよ。俺に何があっても、辛くても苦しくても生きてくれ。ルナが笑って生きてくれる。死んだって俺は、それが何より嬉しい」

 この人で良かったと思いながらも、少し怒った。

「シュウさん。不安に思う娘の前で、そんなこと言っちゃだめですよ」

「あー。確かに、ごめんなさい」

「でも分かりました。ルナ・レ・シエッロはその誓約をお受けします。それでも、長生きはしてくださいね?」

「……努力する」

 会話はゆっくり減っていき、そのまま添い寝までしてもらい、気がつくと朝を迎えていた。 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ