三十二話 決闘
綺麗な寝顔だ。
成長に伴い、ルナはどんどん美人に育っていく。
今でこそ何でもないがあと数年もしたら、添い寝なんて出来るはずがない。
俺も一応は男である。
恋愛に興味が無かろうと、下心がどこで発揮されるかまでは分からない。
……無駄な心配だと思うが。
隣で眠るルナを起こさないように、準備を始めた。
街に斥候として潜り、だいたいのことは分かっている。
この大陸に住む人族は、住み処を海沿いに限られている。
これは大陸の国家間の誓約であり破れない。
領主は村の近くにも兵士の駐屯所を建てていた。無論、海沿いにだ。崖の下に無理矢理建ててため、基本は誰も居ない。エルバ村に用事の際、寝泊まりする程度の駐屯所だ。
今、領主はここに居る。
領主本来の街は港街だ。村から歩きで五時間程の場所にあり、距離でいうなら二十キロ。東京と川崎くらいだ。
街は煉瓦造りの家々が建ち並び、地球でいう北欧の港町という感じの風景だった。
領主ボーグ・ヴィランの独裁のせいだろう。街に活気は無く、威勢がいいのはゴロツキばかり。兵士もゴロツキと変わりなく、質も品の無さも最低だった。
治める。という行為を甚だしく勘違いしている。
三年も動けないわけだ。
動けないのは闘技者を失ったのも大きい。
エルバさんが命懸けでやったことにはちゃんと意味があった。
準備を終え玄関に向かう途中、今朝は普段以上に早いというのに、フィオが居間で待っていた。
「お兄ちゃん。もう行っちゃうの?」
俺のせいで、フィオは昨日からずっと不安がっている。
「おいでフィオ」
翼を真上に伸ばしもじもじしていた。
「いいから」
勢いよく、フィオは飛び付いてきた。
「お兄ちゃん、だいじょうぶだよね?」
「安心して待ってろ。絶対帰ってくるよ」
フィオはおそらく知っている。
俺の頭の中を覗いて。でなければここまで不安になるはずがない。
心配ごとは決闘ではない。その先だ。
「じゃあ行ってくる。くれぐれも家からは出るなよ。どこに兵士が来るか分からないからな」
抱っこしている間は機嫌が良かったが、降ろした途端に元に戻ってしまった。
あとは行動で示す。
フィオに手を振り家を出た。
家の敷地を離れるその前に、名前を呼ぶ。
「タイガ!」
呼ばれ。何処からともなく颯爽と、虎が現れた。
タイガの成長は早く、体長は俺を越していた。
「二人を頼んだぞ」
喉を鳴らしてタイガは応える。フィオの飼育の賜物なのか、従順で人懐っこく育ってくれた。
強者には特に従順、らしい。
家の守りを完璧にし会議場に向かった。
向かう最中に、時は訪れてしまった。
法螺貝でも吹いたような音が、村中に響き渡っている。
音源は東の方角、翼人地区からだ。
走り向かう途中でアーツと合流した。互いに無言で頷き、地区の端を通りすぎ、村を隠す防風林を抜け辿り着いた。
待っていたのは大勢の兵士と、兵士を束ねる領主のボーグ。それを毅然と睨む、バリエノとアルテだった。
既に舌戦が繰り広げられていた。
「これは立派な反逆行為だな。誓約は何だった?」
「我ら森の民をこの地に縛る誓約のことかな?」
「そちらではない。米はどうした? それから女だ! 昨年の使者は子どもではないか!」
「それらは領主様方の誓約で、我らの誓約ではありますまい? 従う限りはお互いに不可侵のはずですが?」
「呆けたかアルテ? だからこうして来れたのだろう。今度の誓約は優しくはないぞ」
アルテのほうが一枚上手のようだ。
騎乗したままアルテを見下ろしボーグは脅し続けるが、アルテにはまるで響かない。
それにしても太い。
ボーグは丸々と肥えた男だった。
よく馬に乗れるものだ。
舌戦はヒートアップし、やがて話は決闘へと持ち込まれた。
話を察し、ボーグの兵士たちはセッティングを始めていた。
大半の兵士は、ヨーロッパ中世時代風の出で立ちをしている。
鎧は金属ではなく皮製で、剣や槍の先は銅製だ。
本物の中世ヨーロッパの兵士にはだいぶ劣るだろう。
兵士たちが魔法や持参したもので作り上げたのは、リングだった。
プロレスやボクシングで使うリングに似ている。ロープは縄、コーナーは杭、地面は土俵のように均されたシンプルなリング。
リングが出来上がり、ボーグは俺に話を振る。
「どういうことだ裏切り者! 貴様は人間ではないか!」
馬を操り接近してきた。
「どうも裏切り者こと。エルバ村の人族族長のシュウです。お見知りおきを。で、ボーグ・ヴィラン。お前はぶっ殺す!」
途中で態度を豹変させたのが効いたのか、ボーグは落馬しそうになった。
「愚か者が! 情けを掛けてやろうと思ったものを。シュウとやら! 泣いて詫びようと遅いからな!」
敗者らしい、素敵な捨て台詞だった。
アルテとボーグが互いに誓約を認め合い、時は来た。
上着と靴を脱ぎリングに上がる。
着衣は白く、空手着のようなズボンのみ。
脱いだ俺の身体を見て、辺りはざわめいていた。
身体には鮮明に、虎の爪痕が三本残っている。本来なら傷跡も残さず治るのだが、ルナが無理をして治したから爪痕が残ってしまった。
構わない。寧ろ嬉しい。
ルナが魂を懸けて治してくれた、大切な証だから。
「余所見をするでない!」
ジャンプしてロープを飛び越え、リングインする筋肉達磨。
ボディービルダーのようにムキムキで、色白の七三分け男。彼もほぼ裸。プロレスラーみたいなパンツ一丁だ。
体格はネーボより上。二メートル……数センチはある。ならば体重も百キロを越すのは余裕だろう。
こんなに目立つのに、今まで何処に隠れていたのか……。
「そなたの名は?」
ポージングをしながら尋ねてきた。
「……シュウ」
「シュウか。我輩はホーディ・マッスル! お互い全力を尽くそうぞ!」
ああ、熱い。
「では始めようかシュウ」
瞬時にホーディの表情が変わる。
紳士のような穏やかな顔から、冷酷なファイターの顔付きへ。
構えは脇を締め、両手を顎の高さに配置していた。軽く跳び跳ねるような運足も加わり、あの格闘技を彷彿とさせた。
ああ。勝ったなと思った。
相手がどう動きどう攻めてくるか、全て分かったから。
「参る!」
ドンピシャだった。
ホーディは一発で膝から崩れ落ち、仕留められた。
どう動くかが分かっていれば、素人にだって格闘家に一発は当てられる。
仕留められるかは別だ。
ホーデイの動きはボクシングそのもの。
行動は限りなく狭められ、導かれた初撃の答えは左ジャブ。大当たりだ。
予想通りのジャブをスウェーバックで躱しつつ、カウンターを合わせた。
カウンターは顎への右ハイキック。
ホーディは顔面をバウンドさせながら、崩れ落ちた。
だが、まだ終わってはいない。こんなものは意識が飛んだだけ。
すかさず、追撃を叩き込む。
顔面へのサッカーボールキック。
背中から、ホーディはゴロゴロと転がっていく。
この世界では魔法こそ怖い。
勢いが無くなり転がるのを止めたホーディは、丁度仰向けに寝ていた。
胸を全力で踏みつけ、骨を折る。
これなら喋ることすら難しい。
ホーディが動かないことを確認し、ロープ際のボーグへと詰め寄る。
「終わったぜ、どうするボーグ?」
歯を食い縛り拳を握り締めながらも、ボーグは敗北を宣言した。
勝利し、決闘は終わった。そして不安は的中する
ボーグは部下に命じホーディを回収。そして高らかに宣言した。
「異人どもよく聞け! 余は貴様らに、宣戦を布告する!」




