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悪魔と天使のモノローグ  作者: 無名凡才
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十四話 失態

 

 その日は(ふすま)が開く音で目が覚めた。

 足音で誰か分かったので、寝たふりをした。

「おにーちゃん。あさだよー」

 腹を目掛けて勢いよく飛び上がり、降ってきた。

 直撃を喰らい、軽く(せき)をもらした。

 腹に覆い被さるように乗っているフィオを、首だけを上げ(しか)った。

「フィオ危ないだろ! 失敗したらどうする!」

「おにーちゃんはがんじょうだもん」

「違う! フィオが危ないって言ってるの!」

「むふー」

 怒ってる俺に嬉しそうに抱きついてくる。怒る俺のほうが馬鹿らしくなってしまう。

「そういえばフィオも七歳になったんだってな。おめでとう」

「ありがと」

 腹に両手で抱きつき続け答える。幸せそうなフィオを見ていて、自然とルナを思い出し質問していた。

「フィオは幸せか?」

「うん、しあわせだよ。……でも、おねえちゃんもしあわせなら、もっとうれしいのに」

 大事なことを見落としていた。ルナを救うのに、フィオの協力は必要不可欠だ。

「フィオ! フィオはお姉ちゃんをどう思ってる?」

 フィオの脇の下に手を入れ持ち上げ、そのまま体を起こしながら聞いてみた。

「んー。今はちょっとこわい」

 ルナの幸せを願うような発言をして欲しかったが、そう上手くはいかなかった。

「だっておねえちゃん、おこってこっちにきてるんだもん」

本気(マジ)か?」

 聞き耳をたてると、妹の名前を呼ぶ声が近づいていた。

「フィオ! どこ行ったの!?」

 どこ行ったのと言いながら、寄り道せずに声は近づく。

「助けるからさ。ちょっとお願いしてもいいか」

「なぁに?」


 襖越しから、ルナは丁寧に断りを入れる。

「シュウさん、フィオを連れにきました。入ってもいいですか?」

「どうぞ」

 襖を開き眼に映るその光景は、ルナには珍しく見えるだろう。

 フィオが正座して、ルナを待っていたから。

「……どうしたのフィオ?」

「んーとね。おにいちゃんにいわれたんだけど、あたしのきもちをしょうじきにはなせば、おねえちゃんおこんないって」

 ちらりと、ルナは俺を(にら)んだ。

「なにをいえばいいのかわかんないけど、あたし、おねえちゃんだいすきだよ。おこるおねえちゃんはそんなだけど……。でも、おこってるのもあたしのためなのもしってる。だからね、おねえちゃん。泣いてもいいんだよ?」

 泣く?

「やめなさいフィオ?」

 静かな怒りにびくりと肩を震わせ、フィオは俺を怒鳴りに走ってきた。

「おにいちゃんのうそつき! おねえちゃんもっとおこった! まっかになってるもん!」

「真っ赤になんてなってないだろ?」

 ルナの対応には驚いたが、真っ赤になどはなっていない。怒っているのは確かだが。

「シュウさんの入れ知恵ですか?」

「そうだ。俺がお願いしてやったことだ。でもフィオが言った内容までは指示してない。喋った内容はフィオの思いそのままだ」

 真実を話すと、ルナの目元は緩んでいき怒りは収まったように思えた。

「そうだったんですね」

 怒っていた時の一歩は、巨人が進むがごとく思えたが、今はトコトコと可愛らしく近寄ってきた。

「フィオ、怒ってごめんね」

 そう言うと俺にしがみつくフィオの髪を撫でた。

「見てみて、もう怒ってないよ」

 フィオは振り向き確認する。

「ほんとだ」

 フィオは心を読める。それは分かるがそれだけではなさそうだ。フィオとの会話を聞いてると、ちょくちょく色が出てくるのだ。赤とか青とか頻繁(ひんぱん)に。

「仲直りしているところをごめんな。フィオってもしかして、感情を色で見えるのか?」

 俺の疑問にはルナが答えてくれた。

「その通りですよ。フィオは心を読めますが、会話まで出来る人は限られているんです。たいていは怒ってる人は赤。悲しんでいる人は青。といったふうに色で心を読める程度なんです」

「うん! だからおにいちゃんはすごいの!」

「なんでだ? すごいのはフィオだろ?」

 俺の素朴な疑問にフィオは考え込んでしまった。

 腕組みしながら左右に頭を振っている姿が、なんとも可愛いらしい。

 それに引き換えルナの視線は冷たい。フィオは許したが、俺を許してはいないからだろう。

「なんていうかね。こう、入ってきていいよー。ってしてる人じゃないと、もじはいかないんだよ」

「なるほど。つまりフィオに心を覗かれてもいいって思ってる人じゃないと、ああいう会話は出来ないのか」

「うん、そんなかんじ。だからおにいちゃんはすごいの。さいしょからあたしをしんじてくれてたんだもん。色はかわるけど、いつだってきらきらしてるし」

 子どもに警戒心を抱く必要などあるはずもない。俺には当たり前すぎてフィオがいう、(すご)さが分からない。

「ところで、きらきらってなんだ?」 

「むふ。やさしそうでね。あったかそうでね。やわらかそうでね。かがやいてるの」

 嬉しそうに笑ってから言い出したが、よく分からない。

「おそらくなんですけど、愛情なんだと思います」

 困っていた俺を助けるように、ルナがサポートしてくれた。

「ああ、なるほど。合ってる合ってる……」

 口に出してから急激に恥ずかしくなった。

 だってそれは、俺が愛していると公言したようなものなのだから。

「むふー。おにいちゃんはずかしいの? なんで、へんなことじゃないよ?」

 恥ずかしがる俺を見て、フィオは嬉しそうに胸へと顔を(うず)め、頬擦りをする。

「フィオの言う通りだ。言う通りなんだけど、やっぱりこういうのは恥ずかしいんだよ。男は」

 俺の答えを聞いて満足したのか、あぐらをかいてる俺の上に座り、足をゆっくりバタつかせ大人しくなった。

 後頭部しか見えないが、ご機嫌なのは間違いない。

「フィオの話は終わりましたね?」

 ご満悦(まんえつ)の妹とは違い、俺にもの申したい姉の出番がやってきた。

 フィオに見えないようになのか、俺の真横にやってきて小声で話し出した。

「放っておいてくださいって、言いましたよね?」

 ルナは間違いなく言ったし、俺は確かに聞いた。けれど了承した覚えは無い。

「私のことが嫌いだからですか?」

 俺が反論するより早く、フィオが喋り出した。

「そんなことぜったいないよ! おにいちゃんはおねえちゃんを見てるときだってきらきらしてるもん!」

「そう、なんですか?」

 フィオの発言に、ルナは真っ赤になっていく。

 おそらく俺も少し紅潮(こうちょう)してる。

 ここで恥ずかしがってはいけない。ルナを大切に想う人がいる。と伝えるべきだ。

「うん。間違いない。俺はルナを大切に想ってる。だから放っておけって言われたって関係ない。俺はルナを助けるって決めたから」

 一瞬、真っ赤だったルナの顔に困惑した表情が浮かび。

「失礼します!」

 と、部屋から急いで出ていってしまった。

 追うのが正解かも知れない。知れないが、フィオが乗っていて追えなかった。

「おにいちゃんはおねえちゃんをどうしたいの? たすけるってなに?」

 言っても分からないだろと口にするつもりだったが、やめた。

 誤魔化(ごまか)しが出来ないくらい、真摯(しんし)な瞳がそこにはある。

 俺の上に乗ったまま、向きを変え見つめてくる。

 フィオだってルナを愛している。子どもだからなどと、仲間外れにしていいわけがない。

「あのな。俺の世界では心の病気がたくさんあったんだ」

「心のびょうき?」

「うん。頑張り過ぎな人とか、自分より他人を優先する人は心の病気になりやすいんだよ」

「そうなの? おねえちゃんいつもがんばってるから、びょうきになったの? それじゃあ、あたしのせいなの?」

「違う! それだけは違う!」

 失敗した。油断も油断だ。情けない、で済むことではない。

 事実を隠すために気をつけていなかった。

 原因は他にある。けれど原因をフィオには伝えたくない。知ってほしくない。

「だって、おねえちゃんあたしのためにがんばってるんだよ? それにねおにいちゃん。あたしわかるんだよ。おにいちゃんがかくしてたって、わかるんだよ?」

 ! 迂闊(うかつ)だった。フィオは俺の心を文字通り、読めるんだった。土壇場(どたんば)で考えないようにするなんて、不可能だった。

「止めろフィオ!!」

 フィオはじっと俺を見つめ、考えを読み取ってしまった。

「……おかあさん、なの?」

「違う!!」

 もう、遅い。自分が嫌になる。

「マーレって、おかあさんのことだよ?」

 嘘をつくことも出来ず、思いを口にすることしかなかった。

「違うんだよ……。お母さんが原因だけど、お母さんだって悪くない。ただ、幼いフィオが心配だっただけなんだ。だからこれ以上、俺の心を読まないでくれ。お前まで傷ついてほしくない。俺の言葉と、フィオのお母さんを信じてくれ」 

 フィオの肩を両手で掴み、心のままに伝えた。

 けれどフィオは茫然として、何かを考えているようだった。

 フィオを巻き込んだことを強く後悔した。

 ルナを救うためにフィオを傷つけるなんて。最悪だ。

 後悔の念に押し潰され、深く目を閉じ項垂(うなだ)れてしまった。

 項垂れていると、小さな手が頬に触れた。

 目を開けると、ぎこちない笑顔が目の前にあった。

「……うん! しんじる! しんじるし、あたしきずついてないよ?」

「本当か?」

「ほんとうだよ。だってあたし、おかあさんおぼえてないもん。だからへーきだよ」

 そう言ってフィオは、俺の胸に顔を(うず)めた。

 埋める直前の顔は、今にも崩れそうだった。

 背中が少し痛い。俺の服を握り締めるフィオの手が、少しずつ皮膚に食い込んでいく。

「ねぇ、おにいちゃん?」

「なんだ?」

「おかあさん。わるい人じゃないよね?」

「うん。絶対違う」

 震え、顔を埋めたままのフィオを、震えが止まるまでやさしく抱き締め続けた。


「今朝は随分(ずいぶん)ゆっくりなのだな」

 眠ってしまったフィオを抱き(かか)え居間に行くと、機嫌が悪そうにベラが出迎えてくれた。

 座ってることなど食事中しか見れないベラが、湯飲みでお茶を飲みながら正座していた。

「怒ってるのか?」

「洗い物が終わらんからな」

「だよな。ごめんなさい」

 機嫌が悪かったベラだが、食事をするためフィオを任せると態度が一変した。

 俺は俺で安定した抱き方をするが、完全に筋力によるもの。ベラの安定した抱き方はもっとこう、女性特有の力強い安定さがあった。

 母性らしさを見せられ、聞いてみた。

「ベラは子ども好きなのか?」

 食べながら喋ったせいで、少し不快そうにベラは答えた。

「大好きだ。私は子どもを望めないから尚更(なおさら)な」

 黙るしかなかった。

「そう気にするな。我々は人族と違い、そういう場合が多いから」

 今日は厄日(やくび)だな。失敗ばかりしている。

 なので、黙って朝食を食べ終えた。

「まったく。これで洗い物が終えられる」

「すいませんね。……そういえばルナは? 今日は家事を手伝わないのか?」

 ベラは目を白黒させていた。

「まさか、屋敷にいないのか!」

 あのまま家を飛び出したのでは! そう思い、急いで立ち上がると。

「ルナ様なら部屋にいる。さては貴様、忘れてるな?」

「忘れてる? 何を?」

 ベラはため息をついていた。

「今日は決闘の日だろうに」

 忘れていた。

 フィオが来る前に、アルテが俺の部屋にやって来て伝えてくれたことを。

 昨晩。翼人族族長バリエノが示した条件を飲むことに決め、話し合いは終了した。

 夜も遅く、すぐに布団に入ったのだが寝つきが悪く、明るくなりかけてから寝た。

 そんなに時間が経たないうちに、アルテは訪れた。俺は半分寝惚(ねぼ)けながら返事をしていた。

 正午に決闘を行うことに決まったと。報告しに来てくれたのにすっかり忘れていた。時間に余裕はあるとはいえ、危なかった。

 不戦敗なんて、悔やんでも悔やみきれない。

「やれやれ。行くときはルナ様に声をお掛けしろ。決闘場所は森だろ? シュウだけでは辿(たど)り着くことも出来まい」

「迷うのか?」

「間違いなく」

 迷う場所で戦うことになるとは、少し不安だが、それよりルナに会うのはもっと不安だ。

 考え込む俺に、ベラは構わず話し掛けてきた。

「貴様はルナ様をどうするつもりだ?」

「どうするってなんだよ」

「婚約するのだろう? ルナ様はあの通りフィオレ様の幸せばかり考えている。自分のことは一切考慮(こうりょ)せずな」

 ベラは厳しい視線を俺に向け、鼻で笑った。

「貴様のことだ。勝った瞬間、婚約を破棄(はき)するつもりだろう?」

 当たりだった。考えを読まれた驚きが、顔に出てしまったと思う。

「やはり、か。いいかシュウ」

 立ち上がり、視線だけではなく身体ごと向き直りベラは近寄ってきた。

「婚約は破棄するな。婚約はルナ様の心を、幸せを取り戻す好機(こうき)なんだぞ? 夫になると権限(けんげん)が貰えるんだから。それを上手く利用しろ」

 近寄り、人差し指で俺を小突きながら言ってくる。

「権限?」

「……なんだ、知らされてないのか?」

「初耳だ」

「まったく。婚約相手には一つだけ誓約を()すことが出来るんだ」

「あん? なんだよそれ」

 奥歯を強く噛み締めたせいで(こす)れ、口腔内(こうくうない)に嫌な音が響く。

 俺の表情を見て、ベラは心底驚いていた。

「本当に……、貴様という奴は」

 驚いた後、何故かベラは笑っていた。

「大抵の男どもは初夜だの他の男との交際を禁じたりと、下らんことばかりに使うそうだが、その点シュウは心配要らないな」

「当たり前だ。男だってそんな奴ばかりじゃない」

「それを聞けて安心した。いいか、婚約は破棄するな。誓約をルナ様の幸せのために使え。使った上で、ルナ様と二人で婚約のことは決めればいい」

「ルナだって破棄するに決まってるだろう。いくら歳が離れてると思ってるんだ」

「分からんぞ? 私たちは寿命の関係で年齢差などさしたる問題ではないからな」

 少し微笑み、冗談めいてベラは(ささや)く。

「あぁ、だが万が一。ルナ様に手を出しそうになったら私に言えよ。夜伽(よとぎ)程度なら私がしてやるから、大人になるまでルナ様は我慢しろ」

「馬っ鹿……」

 唇に人差し指を押し付けられ、蓋をされた。

「そう言うと思っていたよ。シュウ」

 言い残し、木製の食器を持って出ていってしまった。

「くそっ。してやられた」

 フィオは寝ているので、いつもの独り言でしかなかった。

 

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