十五話 公平
太陽は頂上に到達しようとしていた。
「シュウさん。そこ、左です」
「うん……。それよりルナ、大丈夫か?」
「 大、丈夫、です」
大丈夫には見えなかった。
深い森の中をルナと二人で進んでいる。
案内人であるはずのルナは、息を切らして後ろにいる。
正午前、居間で寛ぎフィオと遊んでいた俺を、ルナが迎えにきた。
ベラにフィオを任せ、俺とルナは屋敷を出た。向かった先は屋敷の裏、森だ。
森には獣道ではあるが道はあった。ただ、過酷だ。ルナにとっては。
出っ張った木の根や岩が、ルナの足を掬い転びそうになったり。倒木が道を塞いで遠回りをしたりと、だいぶ時間を取られていた。
このままだと遅刻してしまう。なので、ルナの前で背を向けしゃがんで。
「乗れ。このほうが早い」
と願い出た。
「結構です」
そう言って、俺を通り越していった。
想像通り。だが諦めはしない。
「あーあ。不戦敗になったらどうしよう。フィオが悲しむなぁ」
頭の後ろで手を組みながら、独り言のように言う。
ルナはキッ、と俺を厳しい表情で睨つける。睨みつけるが厳しい表情は次第に薄まり、大きな息を吐くとすっかり和らいでいた。
「……分かりました」
「よし。乗りな」
しゃがんだ俺の背に、静かに体重が加わっていく。おそるおそる乗っているのだろう。肩に乗る腕は突っ張り、腰の上のお尻はバランスが悪い。
「それじゃあ立った時危ないぞ。もっとしっかり掴まりな」
「えっと、こう、ですか?」
突っ張っていた腕は首に回され、身体を密着させてきた。
「うん。これなら走ってもよさそうだな」
「走るのは、ちょっと」
さらに安定するように、ルナの太ももを腕でがっちり支えた。
太ももに腕が当たると、ルナは少しだけびくりと反応していた。くすぐったかったのかも知れない。
おんぶしたのは正解だった。
ルナの指示は指を指し示すだけで分かるし、進むのが断然速い。
これなら遅刻せずに済みそうだ。
「シュウさんはクレイズとネーボのことをどれくらい調べましたか?」
おんぶされたルナが、耳元で囁いてくる。
「んー。クレイズが翼人族。ネーボがエルフ。で、どっちも男。それだけ分かれば十分だろ」
「それだけでいいんですか?」
「身長とかは一目見れば分かるし、無駄な情報は判断を鈍らせたりするしな」
などと言ってはみたが、本当は調べたほうがいい。けれどそれは的確な情報の話だ。
噂話は誇張されやすい。戦う前に自ら敵を見誤るなどお笑い草だ。
「そろそろ着きますから降ろしてください」
おんぶしてから十分くらいだろうか。目的地に着いたらしい。了解し、しゃがんでルナを降ろした。
だいぶ森の奥深くまで来たような気がする。
辺り一面巨木ばかりで、大した差はなく帰り道など分からない。なのにルナは迷わず行き先を示し続けた。
これが彼女たちが森の民と言われる由縁なのだろうか。
エルフと翼人族とホビット族、そしてライカン族。四種族は総称して森の民と呼ばれる。
四種族の案内なしに、彼ら森の民の王国へは辿り着けない、というのも納得出来た。
「シュウさん。こっちです」
ルナが指し示す方向は、森の中なのにやけに明るかった。
道中も暗がりではあったが、適度に木漏れ日が入り込み
幻想的だった。
そんな森の奥深く、目的地は意図的に作られたとしか思えない広場だった。
「なんだこれ?」
広場の端に生えている木々たちは、まるで中心を避けるかのように、外側へと幹を曲げて伸びていた。
そんな木々たちが円となり、広場を形作っていた。
広場は芝生のような草ばかりで見渡しがよく、それが百メートルはあった。
不自然にも程があるが、戦いの場としては十分だ。
「待っていたよシュウ」
歩み寄って来たのはアーツだ。
「遅れてすまない。遅刻はしてないよな?」
「ああ大丈夫だ。ルナちゃんもお疲れ様」
「ありがとうございます。アーツ長こそ、見届け人のお役お疲れ様です」
「見届け人?」
二人の会話に割って入ってしまった。
「そうか、知らなかったかい? 今回の決闘はボクが名の通り見届ける。そして結果はどうあれ、村の者たちに嘘偽りなく伝える。それが見届け人だ」
「信頼されているアーツ長だからこそ託された、大事なお役目なんですよ?」
ご丁寧にルナの補足まで頂いた。
「本来なら父上もいるはずだったんだけど、急に予定が入ってボクに任されてしまったよ」
爽やかに笑い、アーツは言う。
アルテがここにいない理由は知っている。昨晩話していた通り、バリエノのところへ行っているのだ。
今日である必要はないと思ったが、バリエノを決闘に行かせないためでもあるらしい。
バリエノは頭が回る人物で、もしかしたらさらなる悪条件を突きつけてくるかも知れないから、だそうだ。
「では行こうか。二人が待っている」
アーツに案内され、広場の中央へと向かう。中央には対照的な二人がいた。
一人はでかい長耳の男。
二メートルに近い身長だ。
この男は特にだが、アーツやベラも身長は高い。エルフというのは長身なのかも知れない。
その上この男は長身だけではない。筋肉があり、横にもでかい。まさに巨体だ。
一番の特徴は、ハゲだ。
髪の毛が無い。一本も。だが彫りの深い、いい顔をしている。
こいつがネーボだな。なら自動的に、あいつがクレイズだ。
茶色い翼を生やした、百六十センチくらいの坊や。
逆立ってつんつんした茶髪に、ニヤニヤした顔つき。
なんていうか、チャラい。
どちらも成人はしているそうだが、ここでいう成人は十七歳でこいつらは今年十七歳になった。
二人ともルナやアーツと同じ民族衣装のはずなのに、色はもとより汚れや傷みと着こなしで、まったく違って見える。
制服は不良が着ると違うものに見える、と記事で読んだがこの世界で体感できるとは思わなかった。
「遅ーぞ無人!」
痺れを切らしたのか、クレイズが腕組しながら喋りだした。
隣のネーボは表情一つ変えない。
「黙れクレイズ。お前は決闘をなんだと思ってるんだ」
「アーツ長は無人のお味方なんですかぁ?」
「ボクは公平な立場だ。だからこそ、クレイズの挑発めいた発言を注意してるんだ」
凛とした態度で、アーツはクレイズに詰め寄った。
アーツに詰め寄られ、クレイズは舌打ちをし黙った。
「すまなかったシュウ。改めて紹介しよう。クレイズとネーボだ」
自己紹介をし手を差し出すも、握られることはなかった。
それを見てアーツは、右手で顔を覆っていた。
ネーボは分からないが、クレイズは先ほどから俺の下半身ばかり見ている。
正確には、俺の後ろで張り付くように隠れているルナを見ているんだけれど。
ルナは俺の服を掴み離さない。
「どうしたルナ?」
返事はなかった。
後ろのルナを見て、顔を戻すとだいたいは分かった。
クレイズが歯噛みをしながら俺を見ていた。
「無人! てめぇルナの何なんだ!」
何故かは分からないが、無性にクレイズをいじりたくなり、冗談を言った。
「未来の旦那かな」
てめぇと言い残し、殴り掛かってきたクレイズをネーボが止めた。動き出したクレイズの、後ろの襟首を掴んで。
「ネーボ……、そうだな。ここで失格になったら意味ねぇよな。決闘が始まれば自由に殴れるんだからな」
頷くだけで何も言わないネーボに対して、クレイズは勝手に話を進めていた。
「まったく。すまないなシュウ」
「この程度どうってことないさ。それより早く始めようぜ」
分かったと、アーツは頷き俺たちを集めた。
アーツの前に、三人で横に並ばされる。
始まると分かり、ルナは逃げるようにアーツの後方に下がった。
「では、誓約を始める」
「あ、ちょっと待ってくれ」
挙手して儀式を止めた。大事な話をしないといけないから。
「俺、誓約効かないから無しにしよう」
全員が驚いて俺を見ていた。後方に下がり、小さくなっていたルナは定かではないが。
驚きの次は、笑いが起こった。
「ばかだこいつ。本当に誓約が効かねぇなら、だまってりゃいいのに」
はっきりと笑うクレイズと、表情を変えながらも口元を隠しながら笑うネーボ。
正面には対照的に、何かを納得したような表情のアーツがいた。
「それでアーツ長。どうします? まさか、オレらだけを誓約でしばったりしませんよね?」
アーツは目を深く閉じながら考え、口を開いた。
「それでは不公平だ。誓約は課さない。だが規約は守ってくれ。武器の使用は禁止、命までは奪わないことを、約束してくれ」
「約束しますよー。ついでにアーツ長、決闘のやり方も乱闘形式じゃだめっすか?」
クレイズ! っとアーツは怒鳴ったが。
「構わない。それでいいぜクレイズ」
と言ってやった。
「シュウ!」
今度は俺へと詰め寄る。そんなアーツに小声で話した。
「大丈夫だってアーツ。俺だって考えなく言ってるんじゃないさ」
「勝算があるっていうのか?」
「まぁ、ね」
屋敷を出る前にベラが教えてくれたことだ。
「可能な限りでいい。とにかく強さを示してくれ」
「人族は嫌われてるんだろ、強さを示したら駄目じゃないのか?」
「そうはならないから安心しろ。シュウの人柄はすでに、ある程度広まっている。私に怪我を負わせないように勝った、とな」
納得いかない顔の俺を見て、ベラは続けた。
「貴様は私に勝ったが倒してはいない。誰も強さが分からない状況だ。だから今回は、強さを見せてこい」
「なるほど。でもさ、強すぎたら怖がられるだろ?」
「たわけ。それは敵の場合だ。シュウの人柄は伝わって受け入れられつつある。つまり味方だ。味方で強いのなら、それは頼りになるというんだぞ」
そう言ってベラは、俺を送り出した。
二対一。
強さを誇示するには打ってつけだ。
ハンデは多いほうがいい




