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第二十話 進撃の五味――

トップクラスのメイドたちの接客を身に付け始めた五味は、『フェアリーズ・ガーデン』において、どんどんとその獲得票数を上げていき、どうやら固定ファンも出来てきたようです。そんな慣れない状況に五味は戸惑いを感じます。

第二十話 進撃の五味――


 十五日目日曜日。

 コンテストが始まって二回目の日曜日も案の定、大盛況だった。土、日曜日はコンテスト出場者九人フルメンバーで挑んでいるのだが、それでもビルの一階まで長蛇の列になる。あまりの忙しさに仕事が雑になりかけそうになるが、すんでのところで、押し止める。

 五味は脳裏に麗子サマを思い浮かべる。技術は一朝一夕には伸ばすことは出来ない。でも頑張ることなら出来る。心の中で踏ん張ればよいのだ。

 忙しい時ほど丁寧に。急ぎたい時ほどゆっくりと。あわてそうな時ほど、心を込めて。

 五味はその言葉を給仕の最中に何度も何度も復唱した。それでも少しはあわててしまったかも知れない。急いでしまったのかも知れない。でも出来る限りは意志の力で踏ん張れたのではないかと思う。

「あのう、すみません。『メイドさんと一緒に撮影コース』というのをお願いしたのですが」

 通りかかったテーブルのお客にそう声を掛けられた。うっかり通り過ぎそうになるのをぐっと堪えて、接客に向かう。が――

「ハイハイー! ゴチュウモンですネ!」

 と割り込んできたのは、案の定クララだ。

「ハイ、オまたせいたしましタ。どのメイドとサツエイ致しますカ?」

 五味のことすら顧みず、そう普通に接客するクララに閉口する。でも、それに対してことさらネガティブな感慨は抱かない。

 そもそも自分は最底辺メイド。別にお客を一人二人奪われたところで大差があるわけでもない。それより、ここの接客をクララがしてくれるのなら、自分は他の仕事に回ろう。

 そう思って身を翻して歩み去り、他の客の動向を観察し始めた時、その当のクララがつかつかと自分の方に向かって歩いてきたことに気が付いた。不思議に思って首を傾げていると、クララは自分の持っている注文票を勢いよく五味に放り投げる。

「うわ」

 あわててそれを受け取って、怪訝な表情でクララを眺めているとクララは五味を睨み付けた。

「あんただってよ」

「……は?」

「だから!」

 クララは声を荒らげて五味に詰め寄った。ほとんど目と鼻の先の距離。ただ五味より十五センチ低いクララは五味を見上げる形になる。

「ごっちんと写真撮影したいんだってよ!」

 そう言ってもう一度睨み付けるとクララは踵を返して立ち去っていった。だが五味の頭の中は今、クララが言った言葉の意味を解析出来ないでいた。

 ゴッチントシャシンサツエイシタイッテヨ…………。

 フリーズすること約十秒。ようやく頭の中のOSが再起動を始める。

「ええええええええええええええ!」

 五味は悲鳴を上げた。とたん、フロア中の客、メイド全員の視線が五味に集中する。が、そんなことに意識を回している余裕は全く無い。

 わ、私と写真撮影したいだって? そんなことはあり得ない! 何かの間違いだ! 壮大な無駄だ。チェキが汚れる。デジタルデータの浪費だ。その客は相当に趣味がおかしいのか? それともドッキリか? ひょっとすると『ゴルディアス』の誰かの差し金か! 一体どんな客だそんな奇特な注文をしたヤツは!

 そう思って五味は写真撮影の要望をしたお客の方に目を向ける。そこに居たのはスーツ姿が素敵なごくごく普通の真面目そうなサラリーマンの男性。その男性は五味と目が合うとにっこりと笑い小さく会釈する。

 ぼっ、と音でも聞こえてきそうなほど五味の顔は真っ赤になった。

**

  十五日目の成績 得票数 トップいおり『三三八』、二位麗子、三位クララ、四位アキ、五位アネゴ。(参考:九位ごっちん『一○一』)

 

*****************************************


 十六日目月曜日。

 コンテスト最後の一週間が始まった。だが、規定上一週間の内どこかで一日休まなくてはいけない。そういうわけで今日は五味の休日となっていた。

「……で、なんで、お前がここにいるんだ?」

 園城は目を丸くして、五味を見つめる。今日の園城は『ゴルディアス』でのバイトの日。夕食時に向けて、甲斐甲斐しくキッチンで皿洗いや下ごしらえをしていた時だった。

 園城はホールで、そこにいるはずのない人間がいるのを発見した。

そこにいたのは五味。しかもメイド服姿で闊歩している。更に来店したお客に対し接客をしている。

「お前、今日休みだろ」

「まあな」

 そう言う五味の表情は晴れやかだ。

「……なんというかだな。一日も休みたくない気分なんだ」

 五味の昨日までの得票数は『百一』。つまり昨日だけで四十九票も獲得したことになる。一昨日の伸び率を更に上昇させて来たのだ。もちろん、昨日は集客が多い日曜日ということも影響したのかも知れない。それでも五味にとっては自分を評価してくれている人間が百人以上もいるということ自体が嬉しくて仕方がなかった。

「……五……じゃない。ごっちんはトップを獲るつもりなのか?」

「なんだと?」

 五味は目を丸くして園城を見つめ返す。そして園城のその言葉を吟味するように噛みしめるとふっと口元に笑みを蓄え、首を振った。

「もちろん、麗子サマやクララの姿勢を見習ってトップを獲るつもりで頑張ってはいる。だが、自分がいざその立場になってみると、自ずと限界も見えてくる。とてもじゃないが、私が彼女らより上に立てるとは思えない」

「なにか起爆剤みたいなものがあれば、更に票を上乗せすることが出来るんじゃないか? ……そうだな。前、アネゴが言っていたじゃないか。メイクをしてみるとか、どうだ?」

「け、化粧だと! 化粧なんて生まれてこの方したこともないし、興味も持ったことがない。当然、やり方なんかも分からない。今更付け焼き刃的な化粧をしたところで、不気味な顔になるだけじゃないか?」

「それなら残りのコンテスト期間だけでも誰か他の人にメイクを頼んでみるとか」

 園城は身を乗り出して、五味に提案する。そんな園城を五味は目を丸くしてみつめていた。

「……ずいぶん、熱心だな園城。いや、ありがたいことだが。園城は私にトップを獲って貰いたいのか?」

「なに?」

 五味のその問いかけに園城は即座に「違ぇよ!」と否定しかけた。だが、改めて自分の心の中を確認してみると、それを否定する要因はほとんどないことに気がつく。

「……そうだな。せっかくここまで頑張ったんだから、上位に入って貰いたいと思う。なんというか、さ。報われて欲しいんだな。今までの努力がさ」

「まあ園城がそう言うのなら更に頑張って見るのも悪くない。だがな、園城。私はすでに報われているぞ」

「え?」

「今回メイドカフェのメイドをすることになって、私はいろいろなものを得た。本気になること。物事に真正面から当たること。責任を持つこと。それだけじゃない。いろいろな人たちと知り合いになれた。ヒメさん、チーハさんら『ゴルディアス』メンバー、アキやサエさん、アネゴらのコンテスト出場組。その誰もが、私が今までの生活をしていたら出会えなかった人たちばかりだ。自分の世界がいきなり何百倍にも広がった気分なんだ。どうだ、これだけでも私は充分報われているだろう。それに」

 五味は最近すっかりと板に付いたその笑顔を口元に浮かべて、こう言葉を続ける。

「私のことを評価してくれている人が百人もいる。園城も含めてな。もう最高じゃないか」

「え?」と、驚いて五味を見つめ返す。

 それってどういう意味……。そう聞き返そうと口を開き掛けたが、五味はお客の視線に気づきすぐに踵を返して、その場から立ち去ってしまった。

 園城は唖然としていた。

 これが五味? あの教室で、俺の隣で、競馬の実況中継を鬱々と聴いていた五味? コンテストに出たことによってこれほどまでに変わったのか?

 ……いや、違う。

 園城は頭を小さく振った。そして思う。

 恐らく、これが本当の五味なんだろう。今までは他者とあまり関わり合いを持たなかったから感じ取ることが出来なかったが、この積極性が本来の五味の性格なんだ。それがこのコンテストを通すことによって、今まで隠していた外壁が崩れ落ちたのだ。

「ねー、びっくりだよねー」

 横から突然そう話しかけてきたのはチーハだ。チーハは五味に向けたまま話し出す。

「それなりになるとは思っていたけど、ここまで変わるとはねー。今日来ているお客様の中にはごっちん目当てもいるらしいよ」

「ええ!? ごみ……じゃない、ごっちん目当て!? それはねえよ! あいつにファンなんか出来るはずが……」

 と言いかけて言葉を切る。もう五味はあの能面のような無表情の五味ではない。『笑顔』という強力な武器を手に入れたメイドなのだ。ファンの一人や二人出来たっておかしくはないはずだ。現に『フェアリーズ・ガーデン』では一緒の写真撮影を頼まれることも増えたという。それはつまり五味というメイドに魅力を感じたお客が存在するということだ。

「ふふーん」

 チーハが嫌らしい目つきで、その顔を覗き込んできた。

「どうしましたー、園城君。ちょっと焦っちゃってますかー? 仲が良い女の子にファンが出来てジェラシっちゃってますかー?」

「ば!」

 園城は耳を真っ赤にして、憤る。

「そんなことねえよ! 別にあいつにファンが出来たって俺には何の関係も……」

 と、しどろもどろで弁解のような言い訳を始めて、だがますますチーハの侮るようなにやにやとした微笑みが感じられてきたその時、『ゴルディアス』の入り口の扉が思いっきり開かれた。

「っちわー! お久しぶりー!」

 そこから現れた人物にみな目を丸くして驚く。

「ヒ、ヒメさん!」

**

「いやーおかげさまでギブスも取れてさー! まだ全快で全開とは行かないけど、また頑張るからさ。よろしくお願いねっ!」

 『本日は閉店致しました○(まる)』の看板を掲げてから、『ゴルディアス』メンバーはフロアの奥のテーブルに集まっていた。『ヒメさん、お帰りなさい会』をささやかながら開いているのだ。飲み物は紅茶で、つまみはコンビニで買ってきたお菓子ではあるが。

 おどけて挨拶をしたヒメを見て、チーハはいきなり腕を組んで立ち上がった。そしてヒメに人差し指を突きつける。

「ふふん。ヒメさんの居場所が残っているとでも? 二週間という時間はそんなに軽い物ではないのです」

「な、なんですとー!」

「この通り、引退したはずのタニアさんもお手伝いに来て下さってますし、そしてどうです! ごっちんもこんなに立派になって帰ってきました!」

 チーハは自信満々で五味に向けて右手をかざす。

「……いや、それほどまででは……」

 大きい身体を小さくして恥ずかしがる五味に、チーハは追い打ちを掛けるように言葉を続ける。

「しかも『フェアリーズ・ガーデン』でゲットした客を『ゴルディアス』に連れてくるまでの成長っぷり! もはやヒメさんの抜けた穴は完璧に埋まりまくりました!」

「そ、そんなー!」

 ショックを受け、身をのけぞらすヒメ。

「……そ、そんなこと言わず、また働かせてくれよー……ぐす。なんでもやるからさー……ぐす。……トイレ掃除でもビラ配りでもするからさー……ぐすぐす」

「うわあああー!、嘘です嘘! 冗談を真に受けないで下さいよー。ヒメさんはブランクがあったってウチの絶対的エースですよー!」

 急に涙ぐみ出したヒメにチーハはあわててフォローの言葉を投げかける。

「……ほ、ほんとか?」

 そんなヒメを見ながら『ゴルディアス』メンバーはみんなほっこりと微笑む。園城もほっと安堵の息を漏らした。

 これで少なくとも今まで以上にバイトシフトに余裕が出てくるに違いない。今まではオーナーの友原がいない上にヒメの離脱。おまけに補填要員として雇った五味さえもコンテストに奪われてしまうという超絶の人手不足だった。だがここに来て、退店したのにヘルプで来てくれているタニアに加え、ヒメが復帰してきてくれた。

 これで俺も『フェアリーズ・ガーデン』にもっと通えるわけだ。

 園城はにんまりとほくそ笑む。コンテスト開催期間は残り六日間。残り全部は無理としても半分くらいは行けるはずだ。そこでふと思い出す。そう言えばヒメに訊きたいことがあったということを。

「あ、あのヒメさん。その右腕って、本当にラクロスで怪我したんですか?」

 園城の問いかけに五味も小さく首肯した。五味の興味もそこにあったようだ。

 ヒメはぎくりと身体をびくつかせ、そしてあわてて園城から目を逸らす。

「ど、どうして、そんなことを訊くのかな? 嘘を吐く理由がないじゃん。正真正銘大学でラクロスのサークル中に怪我したんだよ?」

 ……嘘くさい。あからさまに挙動不審だ。バレバレのミエミエだ。

 ああ、世の中に嘘のつけない人間って本当にいるんだな、と園城は妙な感慨を抱いた。

 ……とすると、やはりコンテストの反対派の妨害で負傷したのか。そう考えると、ヒメは脅されているのかも知れない。もしくは怪我を負わせた相手が知り合いか。もしくそうでないと、ヒメが嘘を言って隠している理由がなくなるからだ。園城がそう深く考え込んでいるとヒメは左手で園城の背中をぱんと叩いた。

「な、なに考え込んでいるのよ! 嘘吐いていないって言ってんじゃん」

「本当ですか?」

「ほ、本当だって」

 だらだらと額から汗を滴らせるヒメ。そんなヒメの表情を見て、園城は諦めたように肩を竦めた。

「信じますよ」

 嘘だ。全く信じてはいない。だが、これ以上ヒメを追求しても本当のことを話して貰えそうになかったから、とりあえずそう言っておく。

「あー、よ、良かったよ! 本当の本当にラクロスで怪我したんだからねっ!」

 今回のことで確認出来たことは、とにかく、このコンテストの陰で何かが起きているということ。そして園城の方で出来ることは残りの六日間、五味にその被害が及ばないよう、しっかりと援護してやることだ。それがメイドカフェマスター、キング・オブ・ご主人様の自分に出来ることである。園城は五味の横顔を見ながら、そう決意していた。

**

 十六日目の成績 得票数 トップ麗子『三六八』、二位いおり、三位クララ、四位アキ、五位サエ。(参考:八位ごっちん『一五二』)

******************************************


 十七日目火曜日。

 出勤して五味を出迎えたのは、驚愕の報告だった。

「ごっちん。昨日の得票数は五十一票ですよ。過去最高得票ですね」

 牛久店長がにこにこ顔で五味にミニパソコンを見せた。

「嘘だ。計上ミスだ。昨日は出勤もしていないのに」

 顔を引きつらせてそう言う五味に、店長は柔和な表情でこう言った。

「知っての通り、『フェアリーズ・ガーデン』では欠勤しているメイドにも投票することは出来ます。恐らく今まで接客されたお客様が投票して下さったのではないでしょうか」

 ぶるっと五味は身震いをした。何か空恐ろしい物を感じる。百五十二人に評価されて貰ったということは百五十二人に対しての責任というものも生まれたということだ。期待を裏切りたくない。そう思って歯をぐっと食いしばった時、五味の肩をぽん、と叩く者がいた。

「ごっちん。あんまり重く考えると心が参ってしまいますよ?」

 優しく包み込むような表情でそう言ってくれたのはメイだ。

「『私のファンがこんなにいっぱいいる、すごーい!』くらいの軽い気持ちで良いのですよ」

 考えていることが言葉に出ていたのだろうか。そう思った五味はあわてて自分の口を両の手のひらで覆う。

「ふふふ。ごっちんの顔を見ていれば考えていることなんてモロ分かりですよ」

 今度は、がばっと顔を両手で覆う。そんな五味を見てメイは楽しそうに微笑み、去っていった。それを確認した店長は再び五味にミニパソコンのディスプレイを見せる。

「あと、ここを見て下さい」

 店長の指差す項目に目を走らす。本名の項目の左隣に小さく数字がある。今まで何の変化もなかったので、特に興味も示さなかったその数字。その数字は『八』となっていた。

「これは」

 店長は満足そうに頷く。

「そうです。初の最下位脱出ですね。八位おめでとうございます。九位の方の名前は明かせませんが、一票差でしたよ」

 頭がくらりとした。一票とは言え自分が人より上に出るなんて。物凄く居心地が悪い。自分は最下位がちょうど良いのに。そんなことを思いながら、ショックの連続でふらふらの足取りで更衣室に向かうと、ほわりとした声が背中に掛けられた。

「あ、ごっちん、おはようでござるー」

 その特徴的な声は振り返らなくても分かる。コロンだ。

「いやあ、毎日眠たいねぇ」

 そう言ってロッカーの前に立つと、ばっさばっさと服を脱ぎ散らかし出す。そんなコロンを見て五味はふと思った。自分が最下位から脱出したということは自動的に最下位になったメイドがいる、ということだ。昨日までの上位の麗子サマ、いおり、クララ、アキ、サエは自動的に外される。残るはアネゴ、メイ、コロンの誰かということだが――該当するのは、コロンしかいないような気がする。アネゴは前々日の五位であるし、メイも数日前には上位に入っていた。ここしばらく上位に名を連ねていないのはコロンくらいだ。気になり出したら止まらなくなって来る。ちらちらコロンの表情を盗み見るが、年中ほけらーっとした表情のコロンからは何も読み取ることは出来ない。

 五味は自分を恥じた。

 他人の順位を一喜一憂してどうする。しかも最下位争いだ。そんなことより、自分は自分のメイドとしての完成度を高めるべき――

「ところでごっちん、八位だよねぁ? 私九位になっちゃったからぁ。ランクアップおめでとう、えっへっへぇ」

 自分から言って来た! しかも更衣室全体に聞こえるくらいの大声で何の衒いもなく!

「コ、コロンさん。もう少し小声で言ったほうが……」

「ほえ? なんで?」

 何の屈託もなくそう答える。全身下着姿のままで真底理由が分からないような表情でこちらに向き直るコロンを見て、絶句した。そして思った。

 大物だ、と。

「……でも自分でも何かの間違いじゃないかと思ったりするんだ。私なんかがこんなに評価される理由が分からない」

 五味はわずかに頬を染めて、俯き加減で呟くようにそう言う。そんな五味をきょとんと見つめていたコロンだったが、やがてほわほわとした笑顔をその満面に浮かべると口を開いた。

「なに言っているんだよぉ。ごっちんなら当たり前だよぉ。これからどんどん順位は、上がっていくよぉ」

「……いや、さすがにそんなことは」

 頭を掻き、顔を真っ赤にしてそう言葉を返そうとしたその時、どんと五味の肩に誰かがのしかかってきた。

「ごっちん! 順位が上がったんだって?」

 クララは目をきらきらとさせて、五味の首に両腕を回してくる。

「い、いや、その」

 一応下位の順位は非公開が原則である。もちろん、当の本人たちが了承すればそれは他の人間に話しても良いことなのだが、今回はコロンの事情も関わっているので、即答は躊躇したのだ。だが、当のコロンは、ほけらーっと良く分かっていない表情でにこにことしているだけだった。その様子を見る限り大丈夫そうだ。

「うん。まあ。ちょっとだけどな」

「ごっちんも、ようやく本領を発揮してきたわけだね! よっしゃー勝負勝負だね!」

 まじまじとクララの顔を見返す。てっきりクララは他人が票を獲得することに対してあまり良い感情を持っていないのではないかと思っていたのだ。でも、どうやらそうではないらしい。どうもクララはトップを獲るだけでなく、その過程の勝負みたいなものも楽しむタイプのようだ。コロンに引き続き、クララに対しても認識を改めなければならないようだ。

 その時、自分の携帯電話が小さく鳴る。この音はメール着信だ。チェックしてみると、予想通りの相手からのメールだ。

「なんだ、園城からじゃないか」

「サトニャンからっ? ごっちん、サトニャンのメアド知ってんだあ。くそー、いいなあ!」

 クララが喚いているが、それは放っておく。というか、それどころではなかったのだ。

 『サーヤさんが見つけたけど、ネットにお前のスレが立っていたぞ。URL→』

 そのメールの文面を読んで、背筋に嫌な汗が滴り落ちるのを感じた。

 私のスレ? 一体どんな? 嫌な予感しかしない!

 文章の後に続いて貼り付けてあるURLをすかさずクリックする。しばらくの転送時間を伴って、そこに表示されたのは――


 『ごっちんの競馬予想が当たりまくる件について』


「あ」と五味は間抜けな声を上げた。拍子抜けした。肩すかしを食った気分だ。気をしっかり持っていなければ、その場でへなへなと崩れ落ちてしまいそうだった。

「くっ。はっはっはっ」

 思わず忍び笑いを漏らす。クララやコロンのみならず、更衣室で着替えていた他のメイドがぎょっとして、五味の方を振り返る。だがこの時は他の目を気にしている余裕が五味にはなかった。そして思い出す。そう言えば、一度競馬新聞を読んでいるお客がいて、後ろから「三ー七が固いな」とか言ってしまったこと。そしてここ数日競馬の話題を振ってくるお客が多かったこと。そう考えるとここ数日の得票数の伸びも理解出来るというものだ。別段、自分がいきなり可愛くなったりしたわけではなく、競馬予想や競馬談話をお客が気に入ってくれたということなのだ。そう理解するといきなり肩の荷が降りたようにすっと気が楽になった。

 そうか、そうなのだ。こういうメイドの存在もアリなのだ。メイドの魅力はその可愛さだけではない。そう言えばこの前コロンも言っていたではないか。メイドカフェではメイドさんと会話するのが楽しみの一つと。その方向性なら私にもどうにかなる。

 五味はようやく自分なりの手応えを感じてきたのに気がついていた。

**

 十七日目の成績 得票数 トップいおり『三九七』、二位麗子、三位クララ、四位アキ、五位アネゴ。(参考:八位ごっちん『一七八』)


*****************************************


 十八日目、水曜日。

「遅くなっちまったなあ……」

 園城は携帯電話のディスプレイに表示されている時刻を見ながらそう呟いた。今日は『ゴルディアス』のバイト日だった。コンテストの最後の三日間の金曜、土曜、日曜は集中的に『フェアリーズ・ガーデン』に通いたいので、シフトを前倒しにして貰ったのだ。今日はキッチンの照明の付け替えという余計な雑用が入ったため、退社が遅れてしまった。五味には『一緒に帰ろうぜ』とメールを送ってある。本日のコンテストの状況を訊くためだ。

 今日は園城が学校で掃除当番だったせいもあって、五味とは一緒には秋榛原に来ていない。六限の授業以来会っていない計算になる。放課後下校する時、五味は「それじゃ、行ってくる」とすがすがしい表情で園城に挨拶をしていった。あの調子なら今日も順当に票数を上げていったに違いない。

 そうこうしている内に『フェアリーズ・ガーデン』が催されているビルに到着する。そして五味といつも待ち合わせの時に使用する一階ロビーのイスに腰掛けた。そして携帯電話を確認する。五味から返信メールはない。

 何をやっているんだろう。まだ携帯を見ていないんだろうか。それとも用事があって、まだ仕事が終わっていないのだろうか。

 携帯電話をぱたんと閉じて顔を上げると、エレベーターホールから見知った顔が降りてきた。さらさらとしたロングヘア。華奢な身体のライン。儚げな表情。アキだ。

「あ、アキちゃん」

 園城は手を振る。本来ならお客のいわゆる出待ち行為は禁止されているのだが、園城の場合は五味の友人ということで黙認がされている。アキは園城の存在を確認すると、ひきつった表情で園城の元に歩み寄った。

 首を傾げる。アキらしくない、と思ったのだ。アキは元気活発なタイプではないが、楚々とした笑顔は絶やさない娘である。それが強ばっている。

 恐怖? 怒り? 戸惑い? そんな感情が入り乱れているように感じられる。

 アキは園城の前まで来ると足を止めた。そしてその強ばった表情のまま口を開いた。

「聡さん、一体ここに何しに? てっきりごっちんと一緒かと思っていましたが」

「え? 何で? 俺、五味と一緒に帰ろうと思ってここに来たんだけど」

「……ひょっとして、ご存じないのですか?」

「何が?」

 嫌な予感が園城の心の中を駆け抜ける。黒々とした得体の知れない何かが自分の腹の底の方から湧いて出てくるのを感じた。アキの次の言葉を聞きたくない。だが聞かなくてはならない。アキのその可憐で小振りな唇がゆっくりと開かれる。

「ごっちんのメイド服が何者かに……ずたずたに……切り裂かれていたんです。そのせいでごっちんは……早退したんですよ」

  

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