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最後にお一つ雪の花を  作者: 千野狐狼
プロローグ
9/14

雪融けを告げる白い桜―8

漆黒の闇を照らす月の光に、凛の着物が白く浮かび上がる。マンション、一軒家と家々の屋根を蹴り長い滑空をするかのように飛ぶ姿は、まるで夜空を駆ける流れ星の軌跡のような余韻を残していく。

家の屋根に軽やかに足の先だけを着けて、勢いも流れも殺す事のないよう瞬発的に力を込めて、屋根という名の地面を蹴る。見えない壁のような空気を打ち砕いて、風を纏うかの如く宙を駆ける。

そんな疾駆を続けながら凛は子守神社での会話の通り、鬼伏神社(おにふせじんじゃ)と呼ばれるそこを目指していた。住宅街からビル群へと入る。

昨日今日で凛が町や近隣を駆け回り集めた情報を纏めれば、鬼伏神社は餓鬼の根城にピッタリなのだ。

凛が人に聞き資料を調べた限りでは鬼伏神社は今は使われていない廃寺だと言われている。何でも僧侶が亡くなったらしく、後を継ぐ者もいないまま放置されているとの事だった。その放置されているのにも訳があり、墓地が設けられているせいで移動させづらいとか言う話から手付かずのまま放置されているらしいのだ。

さらに名前の由来は昔ここにいた人を食らう鬼を封じ込めたのが鬼伏神社付近であることからであり、その鬼の怨念を封じ込めるために念じて神社として造られたとの事だった。その人食いの鬼が恐らく餓鬼だと凛は踏んでいた。

餓鬼は普段地獄の餓鬼界と呼ばれる場所にいる。その餓鬼界にいた餓鬼が出てこれないはずの地獄から出てきた理由までは凛も分からない。ただし鬼伏神社が廃寺になったのが関係しているはずなのだ。廃寺や空き地、墓地は言わば誰かしらの溜まり場になる。その溜まり場になった場所を誰かが蹂躙し、何の拍子でか餓鬼の封を意図せず解いてしまえば地獄の蓋は勝手に開いてしまう。そうなれば鬼にとってこれほど嬉しいことはないだろう。何も知らず自分を出してくれた者がいるのだから。

しかし、誰かが誤って解いたとしたらその封が何だったのかが一番の問題でもあった。蓋と題した岩だったのか、封じ込めるための札だったのか、はたまた封印した何かの呪物だったのか。そのどれにしても封が解けたことは少なからず怪しいのだ。

仮にも廃れる前は神社だったのだから誰かが触れるような事はしていないはずである。だが、それが石ではなく岩だとしたら触れる事は出来なくない。その場所から動かす事自体言語道断である以上注連縄に札を貼っているだけの所がほとんどなのだから。

しかし、その岩を動かしたというのなら話はおかしい。岩を動かせる人間がいるかどうかという話である。仮に数人で動かしたとして注連縄と札の貼られた岩を動かして何がしたかったのかである。いたずらにしては岩を動かしてまでそんなことをしたいものがいるのだろうかという謎である。

それを踏まえて御札を剥がしたい者がいるかという話である。いたずらだとしたら恐らく剥がした者は境内で餓鬼に食われるのが落ちである。

それが呪物や置物だったとしても本殿に侵入したか置いてあったものを動かしたり壊したりした可能性が高いだけの話である。

何にしても罰当たりな人間に変わりはないだろう。闇の玉手箱の末路に、餓鬼に食われて化け物の仲間入りができる程度である。後生町を騒がせた悪人として恩恵も何も受け取れないだけで凛には知る由もない話である。

肝心なのは一刻も早く餓鬼を退治して、開いた地獄の蓋を閉じなければならないという事である。

仮にも地獄の餓鬼界の封が開いてしまったということは即ち、墓石が壊れ死体の重石がどき、棺桶が開くようになって出てしまった事に等しい事なのだ。そしてそれは進行中ともあり花日町は既に死体が歩いている町だということでもあるのだった。

それでも愛してる者にただ会いたいだけの死体ならばまだ始末は良い。だが現に棺桶から起きているのは人を喰らう鬼である。誰に会いたい訳でも誰に恨みがある訳でもなく、ただ空腹を満たしたいだけで誰彼構わず襲い掛かる始末の悪い物なのだ。

しかもそれは人だけではないと凛は考えていた。

仮に空腹の絶頂に丸腰の生物がいたとしたら食えるだろうかと考えてしまうのが本能である。そこには既に食べて良いかどうかという理性などはないのだ。それでも空腹と理性の狭間で迷っているうちに頭が混乱し、目の前の生物が何もしなければ欲を優先させるのが本能である。

だが、餓鬼はそうやって必死になってありつけた生物に食らいついても満たされる事はないのだ。食欲を満たされることが禁じられているのだから。食べたものは灰になるかの如く炎へと変わる。まだ灰の方が食べ涯はあるかもしれない。そんな食べられない空しさを知らせるかのように当然とばかりにそこで腹は鳴り、更なる空腹を覚える。そうしてまた考えるのだ。この空腹を満たす物を探そうと。

この終わりそうにもないスパイラルが彼等を動かす根元であり、それが餓鬼の意味でもあるのだ。餓鬼は魂事殺されて成仏するか、自分でその苦痛を解く方法が分かるまでは延々と同じことを繰り返す。それがあろうことか地獄ではなく、餓鬼にとっては天国のような食べ物の宝庫とも言える町で目覚め彷徨いているのだ。

凛が見た限りではまだ数はそれほど多くないために騒がれてはいない。子守神社での事も餓鬼が現れた直後に森へ追いやりそこで殺したため、見たものは少ないはずだった。自分の姿を見られたとはいえすぐに消えたため幽霊という噂で終わると予測していた。

しかしこれ以上餓鬼が増えれば噂などと言える者はいなくなり、最悪餓鬼のみでこの町や近隣は人も動物もいなくなるだろう。

そうなれば…………。

と、凛は高層ビルの柵に降り立ち屋根を踏む足に力を込めた。今までよりも飛ぶ距離も速度も上がる。眼下には煌々と車や家の明かりが灯る町がある。

この町の人間はあの少年と少女を含めて誰一人として知らないのだ。人も生き物も刻一刻と減り、やがて全てがなくなるという恐怖を。

その恐怖を起こさないために、自身のために凛は夜の闇を駆ける。

目指すは鬼の城である。






閑静な住宅街からの細い道を抜け、国道へ出るための、ビルが立ち並ぶ駅から一直線の道を宗太と瑠美は駅へと向かう人々の流れに逆らいながら走っていた。

ビル群のネオンが二人の視界や側面で輝き、走る二人を訝しげに見る人々が過ぎて行く。子守神社からここまでの道を五分程走り、二人の息は弾んでいた。それでもまだこれからどんなに早くても二十分は走る。遅いと三十分は走りっぱなしなのだ。

そんな二人が目指すのは凛と同じ鬼伏神社である。そこまで走って神社に着いた所で二人は何が出来るか分からなかった。餓鬼と遭遇しても対抗するまでの力も何も二人にはない。居たところで特別何ができる訳でもない。しかし、あのまま場所と何をするかまでを聞いておいて餓鬼と対峙する凛を放っておく事も出来ず、心と体の動くままに二人は鬼伏神社へと向かっていた。

鬼伏神社は国道を少し行った所にある二車線程の脇道を登った小高い丘にあった。周りには家が僅かにある程度で森をそのまま残している場所だ。その場所にある鬼伏神社は名前は聞いたことがあっても町の大半が行ったことはない場所だった。

その理由はその先にあるのが遠回りする形で十字に走る街道へ出るための国道の脇道で、ほとんどがそれを使わずに駅や国道から直進して街道へ出るためだ。そのため鬼伏神社はその丘の近くに住んでいる僅かな人が利用していたぐらいの小さなもので、だからこそ宗太も瑠美も行ったことはなく場所もうろ覚えだったのだ。

二人はあと少しで国道という場所で信号のため止まった。宗太が左右をみて一方通行の道を車が通るのを確認して、歩き出す周りに合わせて走り出した。瑠美もそれに続いて走り出す。

「鬼伏神社って……どのくらい登ったっけ」

「分かんない、けど…………ちょっとした登山ぐらい?」

苦しそうに言った瑠美へと宗太は顔を向ける。瑠美は顔を歪めながらも懸命に走っていた。約二キロを走り続けたせいか宗太もかなり息が厳しかった。

「行けそうか?」

瑠美が苦しそうなのを隠してニッと笑った。

「ここまできたら行くでしょ?」

宗太はそれに頷いて顔を前に向けた。瑠美は根性と体力がある。だからこそ言いながら笑えるが宗太はこの状況で笑える余裕はなかった。

二人の目の前に横と縦に延びる国道が見えた。車のライトが前後左右から飛び交っている。街灯が等間隔に道を照らしている。車道にはかなりの車があるが、歩道にいる人は極めて少なかった。

その道路を見て、

「左だったよな?」

「うん、そう!」

二人は十字路で左へと曲がる。

曲がった先に続くのは飲食店や一昨日のマンション、歩道と車道を照らす街灯と車のテールランプだ。その長く続く中央分離帯の遥か先、夜の影に黒く染められた丘が小さく頭を覗かせていた。

その場所を目指して、二人は国道を真っ直ぐ走る。

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