A・ガデンツァ
樹海に基地を移してよかった。心からそう思うし、事実正解だったようだ。
欝蒼と生い茂る草むらに身をひそめ、敵を観察するがあそこまでの重武装アクトは初めて見た。重量や行動速度などを度外視しているとしか思えない外装、背中に取り付けられた両翼はおそらく予備のエネルギータンクだろう、表面の材質から察するに大気中の成分を吸収、分解、そして変換させほぼ無限のエネルギーを生み出す――これはこちらの基地に来る前から研究していたことだが、まさか人間がその技術を完成させているとは思わなかった。
「武装とエネルギータンク、あんな重装備でさらに出力兵器がほぼ無制限で撃ち放題……ほんま、歩く殲滅兵器やな」
あんな装備をフルオープンで解放されれば、どんな場所でも地形が変わってしまうだろう。樹海、都市部、平原、全てのフィールドにおいて、その力を発揮することができる。せいぜい、洞窟などの閉所ぐらいだろう、制限できるとすれば――敵を倒すのみならば、崩落を使ってでも攻撃してくる可能性も十分にあるが、どのみち直撃を受ければひとたまりもない。
「動き鈍いんが唯一の救いやな、まさか反重力装置搭載ってわけでもないやろし」
飛行ユニットなどが反重力装置の類だが、あの武装では明らかに重量過多だ。
歩くたびに武器が擦れ合い、不快な音を奏でているが、強化骨格も旧アクトとは違う特別製なのかもしれない、歩く足取りに全く乱れがない。
技術者として感嘆していると、敵の視線が不意にこちらへと向けられた。
「ああ、ついでに高性能センサーも追加やな、熱源か振動系かはしらんが、ずいぶんと大層なもん装備していらっしゃるわ」
腰のベルトに手を当て、匍匐体勢から、膝を付いた、いつでも行動に移せる体制にチェンジさせ、敵の挙動を観察する。もし敵が一斉掃射でもしようものならば回避できるかどうか怪しいが、今下手に動いて狙い撃ちにされる方が厄介だ。
よくは聞こえないが口の動きからしてデバイスかAIと会話しているのだろう。願わくば識別式のセンサーが搭載されていないことを祈る。
「任務を遂行します」
やけにその言葉だけははっきりと聞こえた。
任務を遂行する、つまりは仕事をするということで、彼女は敵、相手からすればこちらも敵、敵を倒すのが仕事、ということは彼女が言う任務というのは敵――つまりはこちらを消すということだ。
『緊急警告、即座に回避行動を!』
「あかん、間に合わへん!」
ケミネのデバイス、コスモのメッセージが回避を促すが、どう控え目に見ても敵の攻撃範囲と自分の運動能力では回避は不可能だ。
自分が瞬時に行動できる範囲は十メートルと少し、しかし敵の武装や装備を見る限りその回避範囲で避けきることは不可能だろう。
「お待たせしました」
不意に聞こえた声、同時に体を抱き上げられ、体にGを感じるほどの加速でその場から離脱することができた。
「危機一髪や、助かったで、レイ」
「いえ、ガンマ兄さんに指示されたまでです」
攻撃着弾点、範囲二十メートルは完全な更地になってしまったので、攻撃の熱源や振動に紛れて再び木の陰に身を隠す。それもいつまで保つか分からないが、無策で突撃するのは自殺行為に等しい。
「現在ガンマ兄さんはミーネ・ガデンツァと交戦中、最初はあたしが交戦していましたが兄さんが合流し、敵を引きつけている間にあたしを戦域から離脱させ、ケミネ姉さんの援護に向かえとの指示を受けましたが……」
木の蔭から敵の姿を盗み見るが、どう控え目に見てもミーネと闘っている方が楽に思える。外見はかわいらしい少女なのに、全身に装備された武装がミーネとは桁違いだ。
「やはり兄さんをこちらに向かわせた方がよかったのかもしれませんね」
「同感や、デタラメな敵に対抗できるんはデタラメな兄貴だけやろうな」
二人とも心からそう思った。
感情プログラムがないのか、殺気や敵意を感じることができない、委縮することはないが、敵の動きが読み辛いので逆に厄介ともいえる。
「後手に回ってはあっという間に塵にされてしまいます。ですからケミネ姉さんはここを迂回して敵の背後を取ってください、固まって現われては広域攻撃で殲滅されてしまう可能性もありますからね、それまでは正面で攻撃目標をこちらに引きつけておきます」
「……まぁ、戦場ではレイの方が先輩やから従うが大丈夫なんか? 敵のセンサーがどれぐらい高性能かわからへんから少し大回りすることになるで?」
「先ほどの攻撃を見る限りでは、照準から攻撃まで相当のタイムラグが発生します、あたしのスペックなら照準をセットされてからでも十分に回避可能です」
事実、先ほどケミネを助けた身体能力を見れば、それは嫌というほどわかっている。
急激な加速のせいで、一瞬両目のモニターがブラックアウトしたほどだ。
「オッケー、ほんなら背後をとったら通信で知らせるわ」
「それは却下です、ミーネ・ガデンツァには通信を傍受する機能が備わっていました、目の前の敵にもそれが搭載されている可能性が高い以上、通信は許可できません」
「ふむ……ほならあれや。姉妹のテレパシーってやつでどうにかしよか」
「大却下です」
「冗談や、どうせ戦闘に入ったらセンサーなんぞ関係ない、背後を取り次第戦闘に参加するわ、うちの判断でな」
「ずいぶん信用できないプランですが……許可します、くれぐれもお気をつけて」
「敵の正面に立つお前にその言葉、そっくりそのままお返ししたるわ」
口の端に笑みを浮かべ、森の中へと消えていくケミネ、それを見送らず、ケミネが動くと同時にレイも敵の前に姿を現す。いつまでも隠れていてはケミネの動きがばれてしまう可能性が高い。
「敵の存在を確認、これより排除する」
レイに気づいた少女が、ゆっくりと歩み寄ってくる。
動きは遅いが、その分装甲も高いとみていいだろう。
「あなたの名前は?」
名前を尋ねるレイ、感情プログラムが元からないのであれば無意味な問いかけになってしまうが、制御されているのならば十分に意味が生まれる。
「アロマ・ガデンツァ……敵を滅ぼす者」
やはり感情プログラムは搭載されているようだ、人間が操るのに都合のいい人形として制御されているようだが、本質的には自分たちと何ら変わりはない。それがわかっただけでも大きな収穫だが――
「レイ・アクトリプス、あなたを排除します」
肩に搭載された二門の砲身がこちらにセットされる。同時に横方向に跳躍、視線で着弾点を確認すると、地面が真っ赤に染まっている、二門のレーザー照射で溶解してしまったのだろう、あんなものを食らえば部品一つ残らずドロドロにされてしまう。
さすがのレイも背筋が粟立ったが、逆に考えればこちらが優勢なのだ。
「ギガント、ショートレンジ主体で攻める、攻撃プログラムを整理しモード・ゼロを起動」
『ミドルレンジ・ロングレンジの再起動にはAIメンテナンスが必要になるがそれでもいいか?』
「かまわない、あの武装だとどうせエネルギーシールドを搭載しているだろうから出力系の攻撃は全て無力化される、あちらが火力ならばこちらは機動力で対抗するから」
囁きながら再び横っ飛び、先ほどと同じようにレーザーが射出されるが、当たらなければ意味はない、せいぜい逃げ回り、ケミネが到着し次第攻撃に移る。穴はあるが現状では最良の手段だ。