長男復帰
『チェック完了、スリープモードを解除します、お疲れ様でした』
デバイスAIのメッセージで目を覚まし、ゆっくりと立ち上がる。同じ姿勢で座っていたせいか全身の動作が鈍い気がするが、すぐにほぐれるだろう。
『おはようございますガンマさん、レイさんやケミネさんから合計三十近いメッセージをお受けしています』
「解析し、状況を説明しろ」
これが五通程度ならば放っておく事もできたろうが、三十ものメッセージと、この場に直接呼びに来ない状況から見て緊急事態なのだろう。
『今から二時間前に人間が攻めてきたようです、現在の状況をギガントさんは敵が二体と判断しています、二体の人間側オリジナルアクトが戦場の流れを大きく変えているようですね、そのうち一体はミーネ・ガデンツァとの報告も受けています』
「なんだと?」
全身の凝りを解す動作を止め、ガンブレードに視線を向ける。状況は呑み込めたが、ミーネに関しては完全な予想外だ。
「するとあれか、人間側は十年前から俺たちの懐にスパイを潜り込ませ、尚且つ秘密裏に戦力を保持していたってか? しかも俺たちが調べるであろう場所を巧妙な情報操作で、あたかも人間がブレイカーという存在がいたことを忘れたように見せかけたと?」
『そういうことのようです、おそらくミーネさんから人間側に情報が渡り、今回のような奇襲に打って出たのでしょうね、レイさんもケミネさんも完全に不意を突かれたようで』
「二人の状況は?」
『レイさんとミーネさんが現在交戦中、ケミネさんはもう一人の敵に接近中です』
状況は呑み込めた、とりあえず地下から外に出ることが先決のようだ。ここで情報を整理しているよりも、自分の目で確かめた方が早い。
「地上に出るぞ。レイとケミネ、どちらが近い?」
『レイさんです、基地を出て五時の方角』
「これよりレイの援護に向かう、ちくしょうなんだってエラーチェックなんかしちまったんだ俺は……」
ガンブレードを背負い、地上へ上がるルートを駆け抜け、エレベーターに辿り着き――異変に気づく。
「作動していない……まさか!」
エレベーターのドアを無理やりこじ開けると、電力供給がカットされた小さな小部屋程度のエレベーター。さらにマントの飛行ユニットを使用し、天井を突き破って上昇、地上に着いた頃には、異変が確信へと変わっていた。
「扉がひしゃげている……ってことは……」
乱暴にドアを蹴り飛ばしたガンマの目に映ったのは、壊滅状態の基地。一軒家と同じ造りの基地は、壁という壁が砕かれ、フローリングの床は剥がされ、家具などは全て破損、もしくは大破していた。
『敵部隊が侵入したという報告はありませんので、高確率でミーネさんかと……』
「わかっている!」
廊下を駆け抜け、ラボに向かう。
この様子だと、真っ先に破壊される部屋。あそこには妹や自分のバックアップデータが保存されているメインコンピューターがあったはずだが――
「やられた……」
――思わず漏れ出た一言。
メインコンピューターが機能していない、防衛システムなどは発動しているが、これではデータの復旧は不可能だろう。
『ガンマさん、足元……』
ガンブレードに言われ、足元に視線を移すと、首の無いアクトの残骸、背中に突き立てられたガンナイフ、そして見覚えのある作業服。
「……ケミネは生存していると言ったな?」
『はい、ケミネさんのAIは間違いなく戦場にいるはずです』
「てことは……別のボディにデータを転送したか……ケミネを壊したのもミーネの仕業だな」
『断言できませんが、おそらく……』
我知らずのうちに拳を握り締める、いくら予測していなかった出来事とは言え、なぜ自分はこんな肝心な時に眠っていたのか。
「急ぐぞ、状況を簡単に見れば三対二だが、ミーネやアンノウンを片付けてもまだ人間が残っている、これ以上戦力を削られる前にぶっ潰す」
背中のガンブレードを抜き、ラボの壁を叩き壊して基地の外へ出ると同時にユニットを起動させ飛翔、迷うことなくレイとミーネが交戦しているであろう場所に向かう。森のあちこちから煙が立ち上っているが、人影は見当らない。戦場と言うよりも戦場跡と言ったほうが納得できる光景だ。
「本当にこの樹海には俺を含めて五人しかいないようだな」
『はい、こちらの部隊も全小隊が撤退し各地下通路でスタンバイ状態で待機しています。起動状態で発見されると、そのまま基地の地下を襲撃されてしまう恐れがありますので』
「いい判断だ、レイの指示か?」
『いえ、各小隊長の判断ではないかと推測されます』
「理由は?」
『コスモさんとギガントさん、そして私が随時情報を共有するデータリンクを使用していますが、そういった指示を出したというデータがありません』
ということは、それぞれの小隊長が本能で感じ取ったのだろう――この敵は危険だと。
「なるほど、だとしたら前言を撤回する、指揮官からの指示もなしに撤退、及び待機の判断は大きな誤りだ。現にこの戦場に人間の部隊がいれば難なく突破され、今頃基地は壊滅している」
現に、ケミネもレイも一人の敵に手が塞がってしまっているし、仮に空いていたとしても数百もの敵を相手にすることは出来ない。ガンマの言葉を仮定といってしまえばそれまでだが、実際にそうなってしまう可能性もあったのだ。
「まぁ、結局は俺の不在が招いた結果だ、あまり攻めることも出来ないが…………もう一つ前言撤回だ、あれを見ればそりゃ逃げ出したくもなるだろう……」
視界に入ったのは必死に距離を取ろうと後退するレイと、それを悠然と追い詰めるミーネの姿。獲物を追い回す野生動物の構図がピッタリと当てはまりそうだが、遠目に見てもわかるその異様さはガンマの背筋を粟立たせるのに十分だった。
別に全身から凶悪な電磁波を放っているわけでも、触れただけで粉々にされてしまいそうな武器を持っているわけでもない、ただ単にレイを追い詰めているだけだ――哂いながら。その表情がガンマに戦慄を与えた、ただただ無邪気な笑顔、昔に貧民街で見たことがある追いかけっこをする子供の顔、両手にはガンナイフを持ち、エネルギー球をレイの逃走ルートに撃ちながら、徐々にレイの行動を制限していく。