ミズナラを覆う黒雷(ミズナラをおおうこくらい)
黒い雷が、夜を裂いた。
廃墟と化した通りの真ん中に、十歳にも満たない少年がひとり立っている。
その瞳は、純白に燃えていた。両の拳には、バチバチと爆ぜる二振りの黒い剣。刃は、少年を取り巻く嵐を貪るように呑み込んでいく。
空気は歪み、軋んだ。こんな小さな身体に宿っていいはずのない力が、重くのしかかっていた。
Tenseiの軍服をまとった兵たちが、青ざめた顔でよろめき後ずさる。
ひとりが、側溝に胃の中身をぶちまけた。
もうひとりは震える手で胸の前に印を切り、祖母に教わった祈りを唱える。
「天の神々よ、天の神々よ……」
言葉は喉につかえて、途切れた。
「Chijin……だと……?」
誰かが声を絞り出す。
「ありえない……!」
空は、完全に黒く塗り潰されていた。
雷鳴が止むことなく轟く。まるで天そのものが、目の前の光景を否定しようとしているかのように。
通りの果てに、将軍の外套をまとった長身の男がいた。
無言のまま、すべてを見つめている。その眼差しに恐れはなく、あるのは鋭い興味だけだ。
男の手には、すでに凝縮された雷の大鎌が形を成しつつあった。
少年が、一歩踏み出す。
雷が、応えた。
そこで幻は、幕を引くように断ち切られた。
あとに残ったのは、あり得ない嵐の残響と、風に漂うオゾンの匂いだけ。
――これが、ミズナラ。
世界は、きれいに二つに分かたれている。
山々と大河が隔てるその境を、ただの人の足が越えたことはない。
遥か高みでは、Tenseiが白い石の城に住み、夜でも輝く都を築いていた。
彼らは歩けるようになった日から、同じ聖なる真理を教え込まれる。司祭も母親も口をそろえて囁き、それは呼吸のように当たり前になっていく。
「神々は清らかな天の粘土で我らを形づくり、神の力を血に吹き込まれた。
その強さこそ証。我らの居場所は、上にある」
遥か下、低地の村や町にはChijinが暮らしている。
畑を耕し、道具を鍛え、荷を運ぶ者たち。
彼らもまた幼いころから、同じ言葉を叩き込まれる。やはり呼吸のように当たり前になるまで。
「お前たちは、余った土から作られた。
お前たちの居場所は、Tenseiに仕えることだ」
それが、Chijinの子が最初に学ぶ教えだった。
低地の村では毎朝、人々が広場にひざまずき、「暁の誓い」を唱える。
「我は劣りし土。太陽は汝に仕えよと定めたもう。頭を垂れよ、さもなくば焼かれよ」
最初の儀式で失敗すれば、皮膚が裂けるまで公開で鞭打たれ、そのあと血灰の坑へ落とされる。
子どもたちは、言葉を覚えるより先に、頭を下げることを覚えた。
高地と低地を隔てるのは、山と大河。
行き来は厳しく管理され、情報はほとんど届かない。
Chijinの村々では、内なる力を指す古い言葉さえ、日常の会話から消し去られた。代わりにあるのは、沈黙か、怯えまじりの迷信だけ。
Tenseiは言う。神の恩寵を持つのは、我らだけだと。
Chijinは教えられる。お前たちには、はじめから与えられていないのだと。
こうして仕組みは回り続ける。
誰ひとり疑おうとしなかった空の下で、何年も、何年も。
だが、真実はもっと単純だ。
人は誰でも、同じ力を持って生まれてくる。
――Shinki。




