第百三十五話
双子は休日も違えば、その過ごし方も違う。
ロニアは休日になると、一日のほとんどを我が家のキッチンで過ごしていた。三食を彼に任せられるので楽だ。
ちなみになにをしているかというと、クッキーのレシピ研究である。最近はキッチンにほんのりと甘い匂いがしみついていた。
それでも「もうクッキーはいいや」なんてげんなりした気持ちにならないのは、ロニアはこれぞという出来のものしか試食として出さないからである。できたもの全てを食べていたら、きっと今頃クッキーを見るのも嫌になっていたと思う。
休日のロニアは、午後三時になるとエプロン姿で店に私を呼びにくる。
「エル兄さん、おやつにしませんか?」
そんな言葉を伴って。
まだ私の家族が生きていた頃、私が父にかけていた言葉を思い起こさせる。まさかそんな言葉を、誰かに言われる日がくるとは。
店の入り口のドアに「休憩中」の看板をぶら下げ、家へと引っ込む。
窓を開けて換気をしていても、対面式のキッチンからは焼き菓子特有の甘い匂いが漂っていた。
テーブルの上には、三人分の紅茶とクッキーが置かれている。今日はジャムサンドクッキーか。赤いジャムが宝石のようにきらきらしている。「基本を大切に」とバタークッキーばかり焼いていたロニアにしては珍しいメニューである。
キッチンに上って洗い物をしていたミモラを待って、私たちはおやつに手をつけた。
「エル兄さん、またお願いしてもいいですか?」
私の隣に座っていたロニアが小さな包みを渡してくる。中身はジャムサンドクッキーのはずだ。
ロニアから預かったクッキーは、ある人物に食べさせている。その人物こそ、ロニアの試験でクッキーを食べてもらい腕前のほどを判断してもらうという約束をしている者だ。
もちろんロニアには、それが誰であるかは教えていない。正体が分かってしまえば、もしかしたらその人物の好みに合うようなクッキーを狙って焼くかもしれないのだ。そうなってしまえば、わざわざセルスのところで修行させた意味がなくなってしまう。
誰かひとりの好みに合わせるのではなく、不特定多数に「美味い」と思わせる可能性がある味。ロニアにはそういったものを作れるようになって欲しいのだ。
ミモラがジャムサンドクッキーを大事そうに持ってサクサク食べる中、ロニアが少しばかり期待したような視線を向けてくる。
「それで、あの、前回の感想などは……」
まるで恋する乙女だ。
「ああ、ちゃんと聞いてきたよ」
そう応えれば、ロニアが表情を輝かせた。
だが。
「『美味いバタークッキー。差し入れで貰ったら嬉しいが、自分で買うほどではない。良くも悪くも家庭の味』だそうだ」
私が預かっていた辛辣な感想に、ロニアの表情はあっという間に曇ってしまった。
しかしこれがあいつの感想だ。私だってロニアに優しくしてやりたいという気持ちはあるが、ここで甘い嘘をついて喜ばせるのはよくない。そんなのはロニアの今までの苦労を馬鹿にするに等しい行為である。
だからあいつも私も、ロニアのクッキーに関しては真剣に向き合っている。
それにロニアも、ただ落ち込むだけではなかった。
「なんとなくそう言われるような気はしてたんです」
言葉が強がりではない証拠に、ついさっきしょぼくれた顔をしていたロニアははもう自信のある目をしている。
「今回はセルスさんが分けてくれたバターを使ってみました。粉の配合も少し変えてみたので、きっと大丈夫です」
ひとりで立ち直って見せたロニアが微笑む。
「これならきっとユニアも『美味しい』って言いますよ。ユニアの大好きなイチゴジャムを挟んだんですから」
そんな呟きは、無意識にしたものだったらしい。やや遅れて己の心の傷をえぐったと気づいてしまったようで、ロニアの笑顔が弱々しくなり、やがてはすっかり消えてしまった。
そう、ユニア。
ロニアはユニアにも食べて欲しいと、いつもクッキーを焼くたびに彼女の分をよせていた。しかしユニアは一口たりとも食べていない。
それどころか、会話らしい会話もない。
ロニアと交わす言葉は「おはよ」「おやすみ」の二つだけだった。
休日だけでなく生活リズムがずれているのも重なって、双子はほとんど会話をしていない。おかげで、普段なら仲のいい双子の間にはぎくしゃくとした空気が漂ってしまっていた。
「ユニアはやっぱり……僕がクッキー屋をしたいって言ったのを許してくれないんでしょうか」
「そう思うのはどうしてだ?」
「それは」
ロニアがティーカップを両手で包み、中の紅茶に視線を落とす。うちにひとりで現れたユニアもしていたその仕草に、やはり双子だなとしみじみした。
そんな私の見ている中、ロニアの口がもごもごと動く。ややあって、ロニアは重苦しい空気と共に言葉を吐き出した。
「それは、僕がクッキー屋をやりたいって思っていたのを、ずっとユニアに言わなかったから」
ミモラがクッキーを食べ続ける中、ロニアがぽつぽつと語り出す。
「エル兄さんは『青い屋根のクッキー屋さん』って絵本、知ってますよね?」
「ああ。よく知っている」
「僕がクッキー屋になりたいと思ったきっかけは、あの絵本でした。もちろん、誰かの願いを叶える魔法のクッキーなんて無理だって知ってます。でも、せめて幸せにするクッキー屋になれたらって……そう思っていたんです」
そう語るロニアの思考が、断片として表層に現れていたのは知っている。うちでなにかを作ってユニアに食べさせるとき、彼女が美味そうに食べているのをロニアは目を細めて眺めていた。
「いつかユニアと一緒に店をやれたら、すっごく楽しいだろうなって。そんなことを考えてました」
ロニアが話す間、ミモラはきちんとおとなしくしてくれている。
何事も落ち着いて行動するようにと言い聞かせ続けた結果、ミモラは話に割り込まずおとなしくクッキーを食べられるようになっていた。子供用のマグカップでちびちび紅茶を飲んでは、ロニアが焼いたジャムサンドクッキーに手を伸ばしている。
そんなミモラの様子を眺めながら語るロニアは、寂しげだ。
「でも僕がそう思っていても、ユニアは違った。人を助ける夢喰屋になるんだって旅に出たんです。ユニアをひとりで行かせるなんてできなくて僕も一緒に旅に出たんですけど、飽きっぽいユニアにしては珍しく『旅をやめる』なんて一言も口にしなくて、そんな生活を続けているうちにどんどんクッキー屋の話は言い出しにくくなってしまって……」
ふう、とロニアがため息をつく。なんとも重いそれに、ロニアが悩んできた時間が滲み出ていた。しかしいくら重すぎるため息をついたとて、悩みというものは消えるわけがない。
「僕はユニアを傷つける気なんてなかったんです。それに一緒に旅をしたことで、ユニアがどれほど夢喰屋という夢を真剣に考えているかも理解しました。今は僕の夢に付き合ってくれなんて言うつもりはありません。でも……」
ロニアがもうひとつ重い息をつく。
「僕の思いをどうやって伝えたら、ユニアに間違いなく伝わるのか。それが分からないんです」
ロニアの悩みはもっともだった。
現在のユニアの態度からして、強引に捕まえて話そうとすれば激しい喧嘩になるのが目に見えている。しかもすぐに手足が出る気の短いユニアだ。ロニアがどれほど「話し合いを」を言ったところで、耳を貸しはしない。ユニアがひとしきり暴れて終わりだ。
双子を預かっている以上どうにかしないといけないとは私も思っている。
しかしどうしたものか。
悩んでいたら、あることを思い出した。
「そういえばロニア。たしかクッキー屋をしようと決意したのはユニアの影響だとかなんとか話していたな。あれはどういう意味だ?」
「そのままの意味ですよ。旅の間、おやつ作りは僕の役目だったんです。宿屋のキッチンを借りたりして作ったものを、仕事終わりのユニアにあげてました。そうするとユニアが、『元気が出る味だ』なんて笑ってくれて、それがとても嬉しかった。何度もその顔を見ているうちに、お菓子で人を幸せにできたらって強く思うようになったんです」
「なるほど」
そういう話なら、ユニアがロニアに決意させたとも言えるか。




