第九十七話『記憶を辿って』
一週間が過ぎたが、私は全くと言っていいほど、心のモヤが晴れなかった。
どこか違和感を感じるのだ。何かが欠けているという錯覚を覚える。特に、隣に。
何が欠けているのかが全くわからないのに、特定のものを聞くと変に涙が出てくることには変わりない。今日も秋の肌寒い風を受けて、どこか変に感傷に浸ってしまった。
今日は授業のない土曜日なので、朝から自習室に籠る予定だ。お母さんが出かける前、
「今日、雪が降るらしいから、早めに帰ってきなさいよ。雪で電車止まっちゃうから。」
と言っていた。
雪
この単語もどこか私の心を揺さぶる一つだった。
午後6時、ここからラストスパートで勉強する。しかし、自習室の扉が開く音がした後、塾のアドバイザーの方が大きな声で言った。
「これから、雪が激しく降る予報です。すでに降り始めているので、塾は臨時的に締めます。」
(帰らなきゃ……家で集中できるかな……。)
そう思いながら、参考書をリュックに入れ、お供にしていたコンビニで100円程度で帰るお茶もリュックの横のドリンクホルダーに差し込んだ。
「お疲れ様。気をつけて帰ってね!」
塾のアドバイザーの人は大学生がほとんどなので、かなり距離が近いことが多い。そんな元気な声を聞いて、
「ありがとうございました。」
と自習室の席の札を返して、塾の扉を開けた。
まだ粉雪だが、雪が降っている。
雪、雪が降っている。
不意に空を眺める。何かが降ってくるような気がするから。
…
……
……思い出した。ティレだ!
優しい人たちが多い、モリ・ハルド。異世界から来た私を受け入れてくれた。
蝋燭の溶けていく感覚、暖かさ。ティレに気づいてもらえるように、灯すと教えてもらった。
戦争。最後に嗅いだ火薬の匂い、赤ちゃんの鳴き声。
蒸気機関車。電車とは全く違くて、乗るのも大変。とても時間はかかるけれど、とても楽しい旅ができる。
パン。焼きたてのパン。向こうでは、パンが主食で、とても美味しかった。特にbarchenは絶品。
シチュー。私が向こうで作った料理。初めて食べるって言って驚いてた気がする。
全てがどんどんと点のように繋がってくる。
ディーヴさん、私を抱きしめて迎え入れてくれた人。抱きしめた時の暖かさを思い出す。
神父さん、圧が強いけれど、私のことをちゃんと役に立つ人と認めてくれた人。笑顔が少し怖い。
カジェタノさん、明るい人。潮風の匂いを思い出す。海に深い思い入れがあって、ロジェさんの親友。だけど、戦争経験者。
ブレンダさん、女性として、大活躍してた人。ポリット語が話せて、私のことを気にかけてくれた。
黒鉄さん、ロジェさんと敵対しているようなしていないような人。でもちゃんとロジェさんのこと認めてる。
そして
ロジェさん。
どんどんと涙が溢れ出して止まらない。道ゆく人が私のことを眺めているのはわかっているけれど、この涙を止められることができない。
「会いたい……会いたいよ、ロジェさん。」
小さなな声でまじないのように呟く。実際には何の景色も変わらない。
「……ティレ、助けて。」
その声に応えるように一瞬にして、視界が真っ白になった。
この荘厳な雰囲気、蝋燭の止まり方。時間の止まった教会。来たことがある。私は走ってティレがいるところまで向かった。ハープの音がどんどんと大きくなり、ティレに近づいていると確信する。大きな扉をあけ、私は大きな声で叫んだ。
「……ティレ!」
そういうと、ティレはこちらに何も言わずに近づき、私のことを抱きしめた。
「リン、ごめんね。」
「いいんです。あの、ティレ。全部思い出したの。あなたが前、会ったことがあるって言ったことも、モリ・ハルドのことも全部!」
私はそこまで言ってから、安心で泣き崩れそうになってしまった。ティレが私を優しく受け止めていった。
「……そう全部。全部思い出したのね。」
私の頭をゆっくり撫でる。そして、
「大丈夫。あなたが、安心するまで。まだ時間はあるわ。少し、思い出を遡りましょう。」
そう言って、ティレはその綺麗な声で、まるでおとぎ話を読むかのように、私たちの話をし始めた。




