第三十三話『恐怖』
マリアーベルさんの部屋はいかにも貴族みたいな感じの部屋であり、ベットはふわふわとした白のレースのような天蓋付きのものだった。さらに先ほどの部屋にも暖炉があったが、こっちの部屋にも暖炉がついているらしかった。一番気になったのは、部屋に置いてあった絵画でマリアーベルさん自身の自画像を置いているらしい。
自画像は自身の権力を示す手段の一つとして用いられたことがあると聞いているが、自身の部屋に飾るなんて、自分の容貌によっぽどの自信を持っているのだろうか。そんなことをしてもいいぐらい美人であることには変わりない。
そして開放的な窓の側に勉強机があった。ペンが置いてあるから、少し大きく感じるがあれば勉強机のようだ。この世界では、ペンとしては羽ペンが使われているらしく、インクをつけて書くそうだ。
マリアーベルさんは相変わらず、ロジェさんの腕に抱きついたままで、ロジェさんの顔を見ていた。ロジェさんは笑顔を浮かべて、そんな上機嫌のマリアーベルさんに対応していた。
ーやっぱり、美人だよね
とマリアーベルさんを見ながら思うと同時に、ロジェさんの方を見た。ロジェさんもとても顔が整っており、世の女性たちは見逃さないだろう。背が高く、性格がよく、頭もよく、子供にも好かれ、体格も太すぎず、細すぎず、どれをとっても完璧だろう。絵が得意ではないこともロジェさんにとって、少しの欠点はプラスの要素になるのだ。
そんな二人が腕を組んでいるのを見ると、恋人なのではないかと勘違いしてしまう。とてもお似合いだと思った。
ロジェさんが勉強机にあった大きな背もたれの椅子をひき、マリアーベルさんにどうぞと手で座席を示した。マリアーベルさんは満足そうに椅子に座る。
「リン!いい?」
私は部屋の入り口の方で勉強の様子を眺めようと思ったが、ロジェさんに手招きをされたので、渋々二人の元へ行くと、やはりマリアーベルさんは私を見て嫌な顔をしたが、ロジェさんが
「roren****。uii mote poritto ****、***car?」
と多分ポリット語教えてもいいですか?みたいなことを言って、マリアーベルさんの方を見た瞬間、マリアーベルさんは笑顔になったので、本当に私だけが邪魔なんだなと思った。
ロジェさんがマリアーベルさんに文字を教えている間、私は正直暇である。いつも教えている子たちの内容よりのハードで聞きなれない単語のオンパレードで、さらに筆記までしているので、文字が読めない私は特に何もすることがなかった。
それに正直、マリアーベルさんとロジェさんが私にはわからない言語で喋っている間、何を言っているのか分からないので一人だけこの空間から外れてしまったようだった。
ー羨ましいな
そんなことを思いながら二人を見つめていた。少し言語を話せるようになったとはいえ、話せる人は小さい子たちやゆっくりとペースを合わせて話してくれる人たちと、ほんの少し話せる程度である。今まともにこの世界で話せるのはロジェさんだけで、もし、ロジェさんが私のこと捨てたら…?役立たずでも置いてくれている今の状況に感謝しなくてはいけない。
ーだめだ。どんどんネガティブになっていく。
突然、少し扉が開いたかと思うと、先ほど私たちをお屋敷に案内してくれた人たちがロジェさんに少し話があるようで、
「je roje ****、***?」
と何かを言った。ロジェさんはマリアーベルさんに少し話て、私にも
「少し、行く、から。待つ、…大丈夫?」
ロジェさんには何かのセンサーがついているのではないかぐらい、私のネガティブな感情に敏感だ。
「大丈夫です。待ってますね。」
というと、ロジェさんは部屋の外へと出てしまった。正直今ここで、マリアーベルさんと二人にして欲しくないという気持ちがあったが、ロジェさんに無理を言うわけにもいかないので、しょうがないと思う。
しばらく、二人で沈黙の時間が続き、気まずいなと思い、
ーロジェさん、早く帰ってきてください…。
と思っていると、沈黙していたマリアーベルさんの方から声をかけてきた。
「rin,****?」
と聞かれて何を言っているのかはさっぱり分からないので、なんて答えていいのか悩んでいると、マリアーベルさんは私のその態度にイライラしたのか。大きな声で
「***、*****、***!**roje*!」
と何かを言った。やっぱり、ロジェさんのことについて怒っているようだ。そしてマリアーベルさんは立ち上がり、私を指さして、何か抗議するように私を怒鳴りつけた。
私は怒鳴りつけられるのは苦手だ。単純に怖い。私は俯いてやり過ごそうとした。相手が怒鳴っている特には無理に何かを言うよりも相手の怒りを収まるのを待った方が穏便に済む場合が多い。マリアーベルさんの声は段々と大きくなる。
ー怖い。
恋愛というのは人の感情をここまで昂らせる。恋愛は少し怖い。初対面の人間にここまで強く否定的な感情を抱かせる。私も人のことを言えるものでもないけれど。
マリアーベルさんは何も言わない私を見てさらにイラついたようだった。そして俯いている私の顔を手で掴み無理やり、マリアーベルさんの方へと向かせた。
ー殴られるかもしれない。何か言わないと、でもなんて言えば、
「マリアーベルさん…。」
そうマリアーベルさんの名前を訴えるように呼んでみる。しかし、その選択は間違いだったようだ。マリアーベルさんはさらにイライラしてしまった。
「***!****!」
と言われ、手で強く押され、後ろにこけてしまった。慌てて、体勢をなんとか立て直し、立ちあがろうとしたが、マリアーベルさんが羽ペンを持った。
ー流石に、それは…
と思ったのも束の間すぐに、マリアーベルさんは私の上の方で羽ペンを振り上げる。
私は痛みに耐えるように目を瞑ったが、ドアの開く音がして、痛みは降りかかってこなかった。




