20. 夢に侵入
黒井はまったく俺に気付かなった。
花凛の実家のアパートを出ると車に乗り、スーパーに買い物に寄り、また車に乗って、自宅へ。自宅に着いた後はトートバッグごと放置された。迂闊にトートバッグから出ると、見つかったときに花凛のぬいぐるみだと思われない可能性がある。
黒井が俺に気付き、花凛のぬいぐるみがいつの間にかバッグに入っていてうっかり持って帰ってきちゃったからしばらく預かるという展開になる予定だったのに、気付いてもらえないと計画が狂う。
誰もいなさそうだし、いっそのことバッグの外に出てしまおうか。でも、見つかったらマズイしなあと、もんもんと悩み続けること数時間。ようやく俺の存在に黒井が気付いたのは、彼女が寝る前に翌日の準備をしているときだった。
「なんだろ、これ」
パジャマ姿の彼女が俺を摘み上げ、しげしげと眺める。
「花凛ちゃんのかな」
俺の身体はドレッサーの上に置かれた。長かった。ここまで長かった。明日、仕事に連れていかれたらどうしようかと思ってた。
黒井は俺を見下ろして、小さくため息を吐いた。
「どうしよう、凛聖」
つぶやくと、指先で俺の身体を弾く。予期せぬ攻撃に声が漏れそうになったが、じっと耐えた。彼女が電気を消してベッドに入る。
部屋が暗くなり、俺はほっと胸をなでおろした。なかなか見つけてもらえなかったので一日無駄にしてしまったけれど、これで少しは動ける。
俺がいるのは黒井の寝室のようだった。
昼に聞いた話だと、彼女には子どもと両親がいたはずだ。子どもは十歳か十一歳か、それくらいのはずで、別の部屋にいるのだろう。両親もこの家のどこかにいるはずだ。バッグの中に身をひそめていたときに時折笑い声が聞こえたから、仲のよい家族なのだろうと思う。
黒井についてきてしまったけれど、計画があるわけではなかった。黒井が何かを隠しているのは間違いない。こそこそと嗅ぎまわって、何か手がかりでも見つけられればという淡い期待しかなかった。
おそらく、花凛がぬいぐるみがないことに気付き、黒井に連絡をし、返してもらうという流れになるだろう。どれくらい時間があるだろうか。大学があるので花凛が向こうに戻るだろうから、直接渡すのであれば、黒井の休みの都合によるけれど、一週間ほど猶予があるかもしれない。宅配で送るなんてことになったら、二、三日だろうか。
……連絡してこなかったらどうしよう。伊織莉は俺の意図を察したような気はするけれど、あの二人が俺がいなくなっても別にいいやと思ってたなら、黒井に連絡してこないかもしれない。そうなると、こっちも成仏できないんだけど。
悩んでいても仕方がない。改めて暗い室内を見回す。俺の座っているドレッサー。黒井の寝ているベッド。服がたくさんかけられているハンガーラック。デスクやパソコンといったものは見当たらない。クローゼットを開けたら何かあるだろうか。
多少動き回ったところで黒井を起こすことはなさそうだけれど、彼女のいない昼間に動いた方が安全だろう。
座ったまま俺は、彼女の話を思い出した。真面目で、みんなからかわいがられていた凛聖。花凛のことを自慢の妹だと話していた凛聖。凛聖が本当に花凛のことを自慢の妹だと思っていたのなら、どうして妹を遠ざけるようなことをしたのだろう。
結局、そこが分からない。都合よく凛聖から黒井に宛てた手紙でも出てこないだろうか。
考えているうちに、一つひらめいた。ものすごく馬鹿げているけれど、何もやらないよりはマシだと思う。俺はドレッサーから降り、フローリングを歩いてベッドまでたどり着くと、ベッドをよじ登った。黒井の寝息が聞こえる。ぐっすり眠っているようだ。
俺は彼女の耳元でささやく。
「黒井さぁん。花凛に全部話してぇ」
反応はない。何度か繰り返す。
「黒井さぁん。花凛に全部話してぇ」
「……う……ん……」
黒井が寝返りを打ったので、俺は慌ててドレッサーへと戻ると、ぬいぐるみのふりをして動きを止めた。
毎晩繰り返していれば、凛聖が夢に出てきて彼女に何かを訴えかけてくれるかもしれない。じっとしていると、だんだんとまどろんできた。ぼんやりとした頭の中で、凛聖が写真と同じように微笑んでいた。




