161.鑑定士、名乗るだけで小悪党を気絶させる
俺がドワーフ国での騒動をおさめてから、半月が経過した。
春も近づいた、ある日のこと。
俺は拠点である国へと、久々に帰ってきていた。
王都近くの、ダンジョンにて。
『アインよ。冒険者じゃ。ガラの悪い連中が、ランクの低いものたちをカツアゲしているみたいじゃ』
地下通路を歩いていると、岩陰に数人の冒険者が、女の子の冒険者を囲っている。
「嬢ちゃん、痛い目みたくなかったら、有り金全部出しな」
「む、無理です……わたし、駆け出し冒険者なので……」
「それでも少しは金持っているだろ? 出せや」
「嫌がるようなら力尽くで出させるぜぇ? なにせこっちには『アインさん』がいらっしゃるんだからよぉ」
男たちの影に隠れて、マントを着た変な男がいた。
「あ、アインさん!? まさか古竜を殺し、上級、特級魔族すらも倒したという……あの!?」
「そうだぁ! アインさんがこっちには味方にいるんだぁ! ちょう強いぜぇ? けがしたくなかったらとっとと金を出しなぁ」
俺はチンピラたちのもとへと近づく。
「おい、弱いものイジメはやめろ」
チンピラたちが俺を見てガンをつける。
「あぁ!? なんだてめえ……」
「おまえら駆け出し相手によってたかっていじめて、恥ずかしくないのか?」
「うるせえ! ガキのくせに命令すんじゃねえ!」
ダッ……! とチンピラAが、俺めがけて殴りかかってくる。
特級魔族と比べると、ハエが止まるような速度だ。
俺はそれを余裕でかわす。
軽く……本当に軽く、俺はチンピラAの背中を指でつつく。
つんっ……。
ドガンッ……!
凄まじい勢いで、チンピラAが壁に激突する。
彼は泡を吹いて、白目をむき気絶する。
頭を強打し、脳しんとうを起こしていた。
「しまった……強すぎたか。大分手を抜いたつもりだったんだが……」
禁術も鬼神化も使ってない状態でも、ただの人間に対してだと、強すぎてしまうらしい。
「な、なんだよ今のは!?」
「き、きっと技能を使ったんだ! そうに違いない!」
「や、野郎ども! やっちまえ!」
チンピラB、C、Dが、いっせいに俺めがけて殴りかかろうとする。
ブンッ……!
ひょい。
ブンッ……!
スカッ。
「攻撃が全くあたらねえ! なんだこいつ!?」
「あいにくと目がいいんだよ」
「くっ……! お、おい魔法だ! 技能も使え!」
チンピラB、C、Dが、俺めがけて攻撃を放つ。
「【火球】!」「【回天斬り】!」「【六連打】!」
ボシュッ……!
ガキンッ!
ボキッ!
「うげえ! 炎が当たる前に消えた!?」
「剣が肌に当たって、どうして刃が折れるんだよ!?」
「うぎゃああ! 腕が! 腕が折れたぁあああああああ!」
チンピラどもは、俺に驚愕の目を向ける。
「「「なんなんだよ、おまえは!?」」」
「ただの鑑定士だ」
「「「おまえみたいな鑑定士がいるかぁ!」」」
そうはいっても、ここにいるんだが……。
「ちくしょう! こうなったらアインさん! よろしくお願いします!」
背後で控えていた、【アインさん】がおれの前にやってくる。
『どうやらこやつ、おぬしの名前を騙って、相手をビビらせて金を脅し取っているようじゃな』
俺の名前を騙るやつなんて出てきたのか……。
『仕方あるまい。おぬしは数々の強敵を倒してきたのじゃからな』
名前は知れているけど、直接会ったヤツは少ないから、顔は知られてないってことか。
「降参するなら今のうちだぜぇ? おれは古竜殺しのアイン・レーシックだからよぉ」
偽アインは、俺を見下していう。
「鑑定士なんて下級職、この【英雄】の職業であるおれと比べたらゴミカスだぜ?」
「……一つ、訂正だ。アイン・レーシックの職業は、【英雄】なんかじゃない。ただの鑑定士だ」
「ハッ……! ふざけたことをぬかすな! いったいどこの世界に、単独でSランクモンスターや特級魔族を倒せる鑑定士がいるんだよぉ!」
偽アインが、俺めがけて拳を振る。
チンピラたちと比べたら、威力の乗ったパンチだった。
こいつくらいなら、まあ耐えられるかな。
「テレジア。力を使うぞ」
『ええ……存分に』
俺の左目が、黄金に輝く。
「【ひれ伏せ】」
【誓約の蛇眼】が発動。
ドガァアアアアアアアアアアン!
「ど、どうしたぁ!?」
「急に何か、重い物が降ってきたみたいに押し潰されたぞ!?」
「うぉおお! 大丈夫かあああああ!?」
偽アインが、潰れたカエルみたいに倒れ伏している。
「すまん。だいぶ加減したんだが、まさかこんなに弱いとは思わなくてな」
チンピラたちが、偽アインを抱き起こす。
「チクショウ! おい! 全員でいっせいに攻撃だ!」
「「「おう!」」」
「それは困るな」
俺は右手に魔力を、左手に闘気を出し、それらを合成する。
ゴォオオオオオオオオオオオオオオ!
「「「ひぃいいいいいいい!」」」
俺から噴出する、禁術オーラの量にビビり、チンピラたちがその場に崩れ落ちる。
「な、なんだこのプレッシャーは!?」
「何か見えるわけでもない! けど、確実にわかる! ヤバいって!」
常人は闘気すらも感知できないって言うからな。
「に、にげ……にげなきゃ……」
「こ、腰が抜けて……逃げられない……」
俺は彼らに一歩、近づく。
「な、なんなんだ……あんた、何者なんだよ……?」
「俺がアイン・レーシックだよ」
チンピラどもが、ぽかーん……とした表情になった……そのときだ。
ドサッ……!
『どうやら名前を聞いただけで、ビビって気を失ったようじゃな。さすがじゃ、アインよ』
「それ、褒めてるのか?」
はぁ……と俺はため息をつく。
同じく腰を抜かしている駆け出し冒険者の元へと、近づく。
「大丈夫か?」
「は、はい……」
俺は彼女に手を伸ばし、引っ張り上げる。
「街まで戻れそうか?」
「え、えっと……ちょっと腰が抜けちゃって」
「そうか。じゃあ連れて行くよ」
俺はチンピラ、そしてこの子と共に、近くの街まで【転送】する。
特級魔族ウーノからコピーしたこの能力は、どこへでも一瞬で飛べるから重宝している。
「す、すごいですアイン様!」
きらきら、とした目を、駆け出し冒険者が俺に向けてくる。
「チンピラたちを余裕で蹴散らして、テレポートまでできるなんて!」
「あ、あの……あまり大きな声を出さないでくれ……」
と、そのときだった。
「アイン様だと!?」「うわぁ! 本物だぁ!」
だだっ、と街の人たちが、俺の元へと集まってくる。
「生ける伝説アイン様がいらっしゃるぞ!」
「アイン様に会えて感激です!」
「握手してください!」
それ以上目立ちたくなかったので、俺はその場からテレポートして逃げたのだった。