162.鑑定士、精霊からバレンタインチョコ貰う
ダンジョンで小悪党を退けた数日後。
王都、ジャスパーの屋敷。
客間にて。
「アイン、さん! 今日は、バレンタイン、です! チョコ、つくり、ます!」
いつもはニコニコぽわぽわしているユーリだが、戦場に赴く兵士のような顔をしていた。
「ばれん、たいん? なんだそれ」
聞いたことのない単語に、俺は困惑する。
そこにユーリの姉妹たちが顕現する。
「美少女たちからチョコレート貰える日だよ☆」
「いいなぁアイちゃん。7人の美少女からチョコもらえるなんて、このこのうらやましいね~」
「とゆーことでお兄さん、アタシたちが作るチョコを期待して待っててね☆」
「は~い、それじゃあキッチンへ移動するよ~ん」
次女クルシュとともに、精霊姉妹たちがぞろぞろと部屋を出て行く。
ポツン、と俺だけが残される。
ソファに座り、ぼけーっとしていたそのときだ。
「おや? どうしたんだい少年」
赤い髪の商人ジャスパーが、俺の元へとやってきた。
俺の隣に、ジャスパーが座る。
「ほかにも座るとこあるだろ」
「大好きな君の隣に座りたいんだ」
ほほえみながら、ジャスパーが俺の腕をギュッとつかむ。
大人の女性の甘い匂いが鼻孔をくすぐり、大きな胸の感触に、ドギマギしてしまう。
俺は恥ずかしくなって、ジャスパーから距離を取る。
「ところで、何し来たんだ?」
「隠しダンジョンの候補リストを持ってきたよ。それと、頼まれていた件の【調査書】ができたから報告しにね」
ジャスパーから書類を受け取る。
ユーリの姉妹は、世界各地に存在する隠しダンジョン内で暮らしている。
今まで7つものダンジョンの居場所を特定できたのは、大商人ジャスパーの力によるところが大きい。
「8つ目の隠しダンジョンの所在はある程度しぼれてきたけど、問題は9人目、長女エキドナの所在だね。正直さっぱりつかめないよ」
「まあもともとエキドナの世界樹は枯れて、精霊核だけがどこかへと消えたって話だもんな。それもだいぶ昔の話だし、見つからなくてもしょうがない」
「ふふっ少年、君は本当に優しいな。ふがいない妻をとがめることなく、フォローするとは。さすが未来の旦那様だ」
「ええっと……それで、【例の件】の調査書はどうなっている?」
「少年の言っていたとおりだった、【魔物の数が減っている】」
ジャスパーの調査書には、ここ数週間で出現するモンスターの数が激減した、というデータが記載されていた。
「ここ近辺だけの話ではない。よその国でも、全国的にモンスターの出現率は格段に減っているね」
千里眼を持つ俺は、敵の出現する未来を見通し、さらには広範囲の索敵能力を持つ。
モンスターが出れば俺に伝わってくるのだが、ここ数日は特に敵の気配を感じなかったのだ。
気になってジャスパーに調査してもらったところ、俺の予感は的中していたらしい。
「魔族の目撃情報もゼロだ。そこで私は、一つの仮説を立ててみたんだ」
「仮説?」
「魔物や魔族たちが、アイン・レーシックという英雄を恐れ、姿を消した、という仮説さ」
至極真面目な顔で、ジャスパーが自分の説を唱える。
「いや、それはさすがにないだろ」
「そうかな? 調査によると、君のいる場所付近ほど、モンスターの出現率が低くなっているんだ。王都周辺は、フィールドもダンジョンもモンスターの数はゼロ」
「フィールドにモンスターがいないなんて、あり得るのか?」
「前代未聞さ。街の外にモンスターがいることは当たり前のことだったんだ。これは大変なことだよ」
ジャスパーは俺を見て、ふふっと微笑んだ。
「君は、すごい男だ。存在するだけで世界を平和にしている。素晴らしいことだよ」
「俺はそんなたいそうな男じゃないけどな」
「ふふっ。やはり君は最高だ。どれだけ強くなろうと謙虚な姿勢を忘れない。君という男のものになれることを、私はとても誇らしく思うよ」
その後ジャスパーは、俺と雑談した後、部屋を出て行った。
ややあって。
「アイン、さーん!」
リビングから、エプロン姿のユーリが、笑顔で駆けてきた。
「でき、ましたー!」
お皿を持って俺の元へとやってくる。
「お、おお……。ゆ、ユーリ。この……黒い物体は、な、なんですか?」
「ちょこれーと、です!」
ふんす、と鼻息荒くユーリが言う。
チョコレートは、知っている。
だが……皿にのっていたのは、黒く焦げた何かだった。
「愛情、ぎゅぅっと、込めました!」
「う、うん……ありがとう」
そう言えばユーリは料理下手だったな。
「じー」
「あ、あとでいただきます……」
「熱いうちに、めしあがれ!」
「え、ええっと……今食べるのは、もったいなくてちょっと……」
「熱々、たべて。ほしい……です!」
一切邪気のない笑みに押されて、俺はユーリの作ったチョコを手に取る。
「えっと……ええっと……い、いただきます!」
気合いを入れて、俺はチョコにかじりつく。
シャリッ……!
今チョコから、しちゃいけない音が!
「おあじ、いかが?」
「お、おおー……うん。いいね!」
灰をかみしめているような味がした、なんて言えない。
「……アイン君」
「アリス。おまえも作ってくれたのか?」
薄幸の美少女が、俺に近づいてくる。
体の後に何かを隠して、もじもじとしている。
アリスはインドア派だ。
お菓子作りとか得意そうだし、期待できるな。
「……アイン君。受け取って」
「……お、おお」
あれ? おかしいな。
アリスが俺に差し出してきた皿には、黒焦げた何かが乗っていた。
「え? ユーリのチョコ間違ってもってきたの?」
「……え?」
アリスは本気で、驚いたような表情になった。
そ、そうか。
自分で作ったのか。
別々に作ったのに、全く同じものになっているのはどうしてだろう……。
「……要らない?」
「そんなことないぞ! うれしい! いただきます!」
シャリッ……!
……また、チョコからしちゃいけない音がした。
味も同じだった。
「お、おいしいぞ」
「……良かった。あなたのために一生懸命作ったの。失敗したらどうしようって不安だったから」
この雰囲気でマズいなんて言えるわけがなかった。
アリスもぶきっちょなんだな。
まあ本の虫だから、料理なんてやったことないか。
「お兄さんめっちゃ困ってる☆ 超ウケる~☆」
「おまえは後で殴る」
「アイン様……わたくしのは、裸にチョコを塗った特別仕様……ですわ。さぁ……食べて」
「おまえも後で殴る!」
メイのチョコは、クルシュと一緒に作ったからかすごい美味かった。
ピナは辛子を入れて来やがった。
マオのチョコは普通だったので特にコメントできなかった。「酷い!」
その後精霊たちのチョコ全て食べ終わった後、クラウディアやジャスパーなど、知り合いが押し寄せて大量のチョコをもらったのだった。




